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メリークリスマス!(美織視点②)

その後、勇樹は壁を蹴って反動を付けたキックと後ろから回り込んで腕を回しての首締めで憎っくきチャラ男達を二人ともあっという間に気絶させてしまった。


え、なんで勇樹ってこんなに強いの?普通の中学生にこんな事出来ないよ。


とはいえ意識を失って倒れているチャラ男達とこのままここにいたら面倒な事になりそう。いくらこっちが被害者であったとしても。勇樹もそう判断したようで、私達は現場からさっさと離れた。


勇樹に手を掴まれて雑踏を駆ける。ドキドキした。


二人して逃げた先は駅の反対側にある川沿いの公園。その川沿いの住宅地にある公園は冬の夜の空気の中でしんと静まり帰っていて、遠くのパトカーか救急車のサイレンも微かに聞こえるほど。


私達はベンチに座り、私は勇樹が買ってくれたホットミルクティーを受け取った。私がミルクティーが好きな事、勇樹は憶えていてくれてたみたい。勇樹は早速自分用に買ったカフェオレの蓋を開けて啜ると、はぁ〜と長い溜息を吐いた。


「ホットってほっとするな?」


「…」


こういう下らない駄洒落を恥ずかしげもなく口にするのも勇樹は小学生の頃のまんまだ。でもきっとこの駄洒落も私を気遣って言ってくれたのだろう。


先程の路地裏から離れて少し落ち着くと、私に襲いかかったチャラ男達の姿が思い出され、あの時の恐怖が蘇る。


「その、助けてくれてありがとう」


「うん」


「恐かった」


チャラ男と言っても大人の男の人。しかも色々と悪い事もやっていそうな。そんな男達に襲われかかったんだ。勇樹が助けに来てくれなかったら一体私はどうなっていたんだか。


今更だけど思い出された恐怖に身体が震えた。そんな私を勇樹は肩を抱いて肩き、背中をトントンしてくれる。「大丈夫、大丈夫」その言葉を聞いて不思議と心が落ち着き、安らいだ。


あんな事があったから、勇樹が一生懸命私を気遣ってくれる。二人だけの夜の公園、勇樹の腕の中。とても安らいで居心地の良い時間、空間。ずっとここに居たいと思うけど、これは仮初で本物じゃない。本物の時間と空間を取り戻すため私は声を上げなくてはならない。


「勇樹」


不意に呼ばれた勇樹は何か考え事を中断されたような表情。


「私、勇樹に謝りたい」


結果、私達は勇樹の提案で互いに言いたい事を言い合う事となった。どんな事を言われてもちゃんと聞き、受け止めるという約束で。


先攻は私。


「ごめんなさい。私の勝手な都合で勇樹を避けてごめんなさい。無視してごめんなさい。睨んでごめんなさい。八つ当たりで憎んでごめんなさい。あなたを傷付けて、本当にごめんなさい」


私はひたすらに謝り、そして深々と頭を下げた。


それに聞いた勇樹の答えは


「俺は美織を赦すよ」


「ありがとう、勇樹。本当に、ありがとう」


勇樹が赦してくれた。嬉しで泣いてしまった私を勇樹は優しく抱き締めてくれて。これは勇樹に赦された仮初じゃない本物。


〜・〜・〜


後攻は勇樹だ。


「初めに美織が俺から距離を空けるようになって、戸惑った。それから徐々にその距離が開いて喋る事も少なくなって。俺、何か美織を怒らせるような事したのかな、何か無神経何事言って怒らせたのかなって」


勇樹は私が彼を避け出したのは自分が私を怒らせたからと思っていたようだった。勿論、それは違う。最初の切っ掛けは私が初潮を迎えた事だ。生理の経血が臭ってしまうんじゃないかと怖くなり勇樹から距離を取った。でも、流石にこれは言えない。ずるいとわかってるけど、これは勇樹には言えない。好きな男の子に生理の事なんて誰が言えるものか!


「戸惑っていたけど、段々と腹が立ってきたんだ。俺が何かして怒らせたのなら言ってくれればいいのに。黙って何も言わないで避けて、無視して」


「美織がそのつもりなら俺だって。そう思って俺も美織を避けた。でも美織がいない毎日はつまらなかったし、寂しかった。でも俺にも意地があるから、お前なんていなくったってどうって事無い。俺は一人だって大丈夫。友達と連んで、ゲームして必死で目の前の事実から目を逸らした。誤魔化した」


私を責めるような勇樹の言葉が続く。漸く勇樹も心の奥に封印していた私への怒りや悲しみを解き放つ事が出来たようだった。


そうしているうちに勇樹の声は少しずつ感情的になり、彼の両目からは涙が溢れて頬を伝っていた。


勇樹が泣いている。いつも冷静で静かに強気で、何でも卒なくこなし、何でも出来て頭が良くて、めちゃめちゃ強い勇樹が私を思って泣いている。


更に勇樹から激しい言葉が続く。


「俺、美織と一緒にいるのが本当に好きだった。美織と一緒の時間が本当に楽しかった。このままずっと美織と一緒にいられるんだって思ってた。なのに何で俺を避けるんだよ!何で無視するんだよ!何で睨むんだよ!何で、何も話してくれなかったんだよ」


こんなに、こんなにも勇樹は私の事を求めていたの?勇樹はそんなにも私を大切に思っていてくれていたの?


私はそんな勇樹を傷付けた罪悪感を抱くと共に、ぞくぞくするような言い知れぬ満足感、幸福感、陶酔感を自覚した。


(勇樹が、私を、勇樹が!)


この多幸感できっと表情が崩れているはずだ。そんな顔、勇気には見せられない。私は咄嗟にベンチから立ち上がり、勇樹の頭を掻い抱く。


「ごめんね。ごめんね、勇樹。もうあなたを絶対避けたりしないから。あなたと一緒にいるから」


声も上ずっていつもとは違った声色になってた。


「うん」


私の腕の中、胸に顔を埋めて子供のように「うん」とか細い声で頷く勇樹。


(はぁ〜、もうキュンキュンしちゃう。可愛い、可愛すぎる。これが母性愛って奴なの?ねぇ、そうなの?)


勇樹もいつの間にか私の腰に抱き付いていた。更に勇樹への愛おしさを増した私は、勇樹の髪を撫で、髪に頬擦りをする。誰かに見られたら恥ずかしいけど、離れたくなかった。


それでも楽しい時、大切な時間にもやがて終わりが来る訳で。強く抱き合う私達は京急本線の特急が通りかかって出した大きな通過音が合図となってお互いを抱き締める腕をはなした。


でも立ち上がった勇樹は私の手を取ると、ちょっと照れ臭そうな表情で言ってくれたのだ。


「戻ろう、俺達。仲の良かった幼馴染に」


私は勿論「うん!」と大きく返事をしたよ。


〜・〜・〜


帰り道は幸せの道。こうして二人して家に帰るのは何年振りだろう。勇樹が横にいる幸せ。私はこの幸せを当たり前の物だと軽く考えて自ら捨ててしまったんだ。本当、何て馬鹿だったんだろうと思う。


人は失って初めてそれが大切な物だと知るもの。私は一度自ら勇樹との縁を手放してしまったけど、幸運にも友達や元クラスメイト達の助力もあって取り戻す事が出来た。もう絶対に離さない。離すものですか。


(でも、結局"幼馴染"に戻っただけなのよね…)


そう、私は勇樹が好き。勇樹が好きな自分にとっくに気付いている。カッコいいイケメンで、何でも出来て頭が良くって優しくて強い勇樹はこれから色んな女の子達からモテる事でしょう。いえ、面に出ないだけで本人の知らない所では既にモテモテなはず。幸い、今のところ勇樹は恋愛に興味無いようだけど決して油断出来ない。これからは取り戻した幼馴染ポジションを足場にガンガン責めて行かなくては。


(これは勇樹には是が非でも男子校である県立雪村高校に合格して貰わないとね)


まずは勇樹が女の子と接触する機会を極力減らすようにしなくちゃ。


それに勇樹は頭が良いけど、受験も受験勉強にもコツやテクニックがある。入試に真っ向勝負するより中学受験を経験した私ならアドバイスとか出来るから。


(一緒に勉強するって口実で堂々と勇樹の家にも行けるし、部屋にも入れるよね)


帰り道、大岡川沿いの歩道で勇樹がさっき私の肩を抱いて取った二人の写った画像を見ながら、私はこれから進む二人の道に思いを馳せた。














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― 新着の感想 ―
[一言] 小学校時代にそのまま仲が良ければ同じ学校に通えた可能性もワンチャン有ったかね?
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