メリークリスマス!
どのくらい時間が経過したものか、長いように感じられてきっと2〜3分くらいだろう。泣き止んだ美織な俺は尻のポケットから取り出した手拭いを手渡す。
「ありがとう」
か細く消えそうな声で礼を口にした美織は、遠慮する事無く手拭いで涙(多分鼻水も)を拭った。
「目、涙で腫れちゃうからな」
「うん。でも、ふふ、何で手拭い?ハンカチじゃないの?」
「まぁ、剣道部だからね」
そうした理由もあるけど、手拭いの方がハンカチよりも吸水性がいいし、触り心地が好きだからだ。それに、前に読んだ妹真樹の漫画で主人公の『俺』が物語の中でハンカチじゃなく手拭いを使っていたのが一番大きな理由だったりして。
「何それ、ふふ」
「ははは」
ひとしきり笑い合う俺達。そして美織は居住まいを正した。
「じゃあ、次は勇樹の番」
「あぁ」
と言って何を話していいのか。言いたい事は沢山あるものの纏まってないんだ。俺は長くなりそうなのでベンチに座り、美織にも座るよう促した。
並んでベンチに座る。さて、何から話そうか。
「とりとめの無い話になるけど、聞いて欲しい」
「うん。何でも聞くし、何でも受け止めるよ」
俺は目を閉じて大きく息を吸い込むと、ふぅ〜と長く吐き出して気持ちを落ち着けると、3年前、小五の頃に抱き今に至るまで引きずっている気持ちを話し始める。
本当にとりとめも無く、思ったままを話す。きっと俺の思いの100%はどんなに言葉を尽くしても伝わらないだろう。言葉にすれば嘘に染まるって言うから。それでも構わない、誤解されてもいいんだ。
「初めに美織が俺から距離を空けるようになって、戸惑った。それから徐々にその距離が開いて喋る事も少なくなって。俺、何か美織を怒らせるような事したのかな、何か無神経何事言って怒らせたのかなって」
登下校なんかは元々並んで歩いていた。それが美織が数歩先行ったり、後を歩いたり。その距離は徐々に開いて登下校の会話は無くなった。
「そのうち一緒に学校に行く事も帰る事も無くなって、学校でも美織が俺を避けていたし、話しかけても無視したよな」
無言で頷く美織。別に責めてる訳じゃない。事実の確認だ。
「戸惑っていたけど、段々と腹が立ってきたんだ。俺が何かして怒らせたのなら言ってくれればいいのに。黙って何も言わないで避けて、無視して」
辛そうな表情の美織。彼女は中学受験を自分一人の力で成し遂げたいから俺から距離を取ったと言っていた。だけど、この表情からも俺を避け始めた理由がそれだけじゃないのが窺えた。
「美織がそのつもりなら俺だって。そう思って俺も美織を避けた。でも美織がいない毎日はつまらなかったし、寂しかった。でも俺にも意地があるから、お前なんていなくったってどうって事無い。俺は一人だって大丈夫。友達と連んで、ゲームして必死で目の前の事実から目を逸らした。誤魔化した」
話しているうちに感情が昂る。鼻の奥がツンとしてきた。
伯父さんに言われて努力して、何でも一生懸命頑張って、美織の事を考える暇を無くした。何かに熱中するのは他の事を考えずにいられたから気持ちが楽だった。
次第に目頭が熱くなって、知らずに両目から涙が溢れて頬を伝うのがわかる。
「俺、美織と一緒にいるのが本当に好きだった。美織と一緒の時間が本当に楽しかった。このままずっと美織と一緒にいられるんだって思ってた。なのに何で俺を避けるんだよ!何で無視するんだよ!何で睨むんだよ!何で、何も話してくれなかったんだよ」
と、ここで美織は一人立ち上がり、座ったままの俺の頭をその胸に搔き抱いた。
「!!」
突然、俺の顔は美織の胸に押しつけられる。柔らかくて、とても良い匂い。
「ごめんね。ごめんね、勇樹。もうあなたを絶対避けたりしないから。あなたと一緒にいるから」
「うん」
その言葉は優しく、俺を安心させる。美織の胸の中で俺は子供のように小さく頷いた。
いつしか俺も美織の背に腕をまわして強く抱き締めていた。美織は俺の頭を抱き締めたまま髪を撫でて頬擦りする。
一頻り抱き合う形になった俺達。互いの温もりを感じ合う。ずっとこうしていたいけど、パァンガタンガタンと不意に京急本線の特急が近くの線路を通過した音にふと我に帰りどちらからとも無く抱き締めていた腕を離す。
見上げる先には美織の恥ずかしそうにしている笑顔。俺も立ち上がって美織の両手を握る。
「戻ろう、俺達。仲の良かった幼馴染に」
もう小さな子供じゃない。既に別々の道を歩み始めている俺達は昔のように一緒にいる事は出来ない。だけど連絡を取り合ったり、たまには会って話をする事くらいは出来るはずだ。それでいい。今はそれで十分だ。
「うん!」と美織み大きく頷いた。
〜・〜・〜
さて、美織の意地と八つ当たりに始まった俺達の仲違い。互いの意地と現実逃避と他者による妨害により拗れに拗れ、3年以上に渡って続き、今、漸く和解の時を迎えた。俺達は幼馴染に戻る事が出来たのだ。
これは俺達のそんな状況を見かねた友人や同窓生達が色々と骨を折ってくれた賜物と言えるだろう。
「はぁ〜」
「どうしたの?急に溜息なんか吐いて」
盛大に溜息を吐いた俺の顔を美織が覗き込む。もう時刻は22時を過ぎ、一緒に帰ろうと俺達は大岡川沿いの歩道を上大岡駅に向かって歩いていた。
「俺達が幼馴染に戻るのにみんな色々してくれたんだと思うとさ、何か自分が、まだまだだねって、思ってさ」
「それは仕方無いわよ。開き直ってるように聞こえるかもだけど、私達まだ中二なんだもん」
「そっか。まだ俺達中二だもんな」
美織が言ったように俺達はまだまだ未熟だ。きっとこれからも間違えたり、迷ったり、失敗したりする事だろう。
でも、今回の事は色々と今後の教訓になった。まず俺が思ったのは感情に流されてはいけないって事。行き違いが起きても一度冷静になって客観視する事が大切だ。それから、互いの行き違いがあったら勝手に思い込まないで誤解が生じないよう疑問は直接相手に尋ねる事。そして、困った時や困難に直面した時に手を差し伸べてくれる友達や仲間って本当に有難い存在って事だ。
あっ、と思い至ってポケットの携帯電話を取り出してみる。電源を入れるとメッセージアプリのレイルには友之や貴文だけじゃなく今回のクリパプチ同窓会に出席した同窓生達から俺達を心配する沢山のメッセージが入っていた。中には
『近くでチャラい大学生達がボコボコにされて警察官が来てたよ。気を付けて帰ってね』
とクラス委員長の洞樹さんかりのメッセージも。
まぁ、俺がやった訳だけど。
「うわぁ、メッセージがいっぱい!みんなに心配かけちゃったな」
「じゃあ、心配かけたみんなを安心させないとな」
「?」
どうやって?と小首を傾げる美織の肩を左腕で抱き寄せると、俺は携帯を持った右手を伸ばして
「よし、撮るぞ」
パシャ
俺は俺達の自撮り画像に『皆さん、ご心配をおかけしました。メリークリスマス!』とメッセージを添えて仲間達に送信した。