美織からの謝罪
猛ダッシュで歩道を駆け抜けて路地裏に入ると、美織は一人のチャラ男に後ろから抱きつかれていた。何やってんだこのチャラ男共は、普通に犯罪だろ、これ。
流石にチャラ男と雖も大学生(多分)二人相手では中二の俺には分が悪い。相手は犯罪行為に及ぼうとしているのだ。手段は選んじゃいられない。それに俺が今からする事は美織を守るための緊急避難だしな。
俺は駆け出して助走をつける。
「マスクドファイターキック!」
跳躍して美織の口を塞いでいる手前のチャラ男Aに飛び蹴りを入れる。俺の蹴りを右肩に食らったチャラ男Aは「ぐあっ」と声を吐き出し、そのまま路地の奥に倒れてゴミ箱に突っ込んだ。
俺は次いで美織に後ろから抱き着いているチャラ男Bに右手の人差し指と中指の第2と第3関節を曲げた拳を作ると、そいつの両目(辺り)を突いた。
「マスクドファイターパンチ!」
「ぎゃっ」
まぁ禁じ手の目突きをした訳だけど、指の関節を曲げているから目突きといっても実際は両目辺りに強い衝撃を与えた程度だ。それでも不意に両目に衝撃を受けたら痛いし、一時的に視覚は障害されるし、第一に顔面に強い衝撃を受けたら普通の人間なら酷く動揺する(是親伯父談)。
チャラ男Bは呻いて美織を離し、両目を手で覆ってしゃがみ込む。
「美織、大丈夫か?」
「ゆ、勇樹!」
美織に声をかけると脱兎の如く駆けて来ると俺に抱き着いた。
「恐かったよ」
「もう大丈夫だから」
俺は抱き着いて来た美織を一度ぎゅっと抱きしめると背後に隠す。すると路地の奥からチャラ男Aがこちらへ迫り、チャラ男Bも目を押さえながら立ち上がり、どうやらチャラ男ズは最初に受けた打撃から立ち直りつつあった。
「クソガキが、こんな事してただで済むと思うなよ」
「どうなるかわかってんだろうなぁ?」
実に三下らしい脅迫だ。俺を餓鬼と思って舐めているのだろう。本当ならこんな連中相手にしないでさっさと逃げた方が良いのだけど、こんな連中とはいえ美織を連れてとなるとそれも難しい。
相手は二人、美織を逃してもチャラ男のどっちかが追いかけ、俺がチャラ男の一人を倒しても美織が捕まってしまえば意味が無い。
(第2撃で大人しくさせるか)
「美織、ちょっと後ろに下がっててくれ」
「どうするの?」
「このチャラ男共をここで倒す。大丈夫、すぐに終わらせるから」
美織は僅かに頷くとゆっくりと後ろに下がる。
これで良し。俺は跳躍して左側雑居ビルの外壁を左脚で蹴ると、その反動に体重を乗せた横蹴りを迫り来るチャラ男Aの顔面に入れる。
「マスクドファイターダブルキック!」
チャラ男Aは「ガッ」と声を上げて右側の雑居ビル外壁にぶつかって倒れた。
俺は間髪開けず、その様を見てビビったのか動きを止めたチャラ男Bの背後に回り込み右腕を頸に回してチョークスリーパーを掛ける。
チャラ男Bは大柄でジタバタ暴れて俺の腕を引き剥がそうとするも、こうして回された腕を素人が外すのは難しい。やがて頚動脈を圧迫されたチャラ男Bは意識を失って脱力した。
どうにか上手くいったな。これらの技は以前に是親伯父さんの警備会社でインストラクター(元傭兵)から護身術として習ったもの。え?護身の範疇を越えてるって?いやいや、護身する"身"が一人とは限らない。今日みたいに二人"身"という事だってある訳で、実際に役に立ったしね。
「死んじゃったの?」
美織が恐る恐る倒れたチャラ男ズを覗き込む。
「いや、気を失ってるだけだよ(多分)」
念のためしゃがみ込んでチャラ男ズの脈を確かめると首筋に当てた俺の三本指の腹に充実した脈動が感じられた。
「取り敢えずここから離れよう」
「う、うん」
俺は美織の手を取ると、進路反転180°を決めて現場から離脱した。
〜・〜・〜
場所は移って、ここは上大岡駅の反対側。大岡川右岸にある川沿いの公園。付近は住宅街だから万が一意識を回復したチャラ男ズが来ても迂闊な事は出来ないだろう。近くにはコンビニもあるしね。
「はい、これ」
俺は公園にある自動販売機で買ったホットの缶ミルクティーをベンチに座る美織に渡した。
「ありがとう」
昔から美織はミルクティーが好きだからな。因みに俺はホットのカフェオレにした。ここは「熱い缶コーヒー」を握り締めたいところだけど、俺は14歳だからまだ無理かな。苦いしね。
美織の横に腰掛け、ペットボトルの蓋を開ける。早速口を付けてズズズと一口啜りはぁ〜と息を吐くとスチームのように白い息が夜空へと伸びる。
「ホットはほっとするな?」
「…」
う〜ん、駄洒落で空気を和ます作戦は失敗か。
「もう大丈夫だかろさ」
「うん」
再び漂う沈黙。さて次は何作戦にしたもんかな。と思っていると美織が俺の名を呼んだ。
「勇樹」
「ん?」
「その、助けてくれて、ありがとう」
「うん」
「恐かったよ」
美織はあの時の事を思い出したのか、両腕を抱いてガタガタと震えだした。
こういう時って映画や小説だと肩を抱いたりとかするべきなんだよな。俺は意を決して美織の肩を抱くと、美織は一瞬ビクッとなるも俺が「大丈夫、大丈夫」と言いながら肩をトントン叩くとやがて震えは止まった。
「あ、ありがとう、勇樹」
「ミルクティー飲みなよ。落ち着くぜ」
「うん」
美織もミルクティーの蓋を開けて一口啜る。
「さっきはごめんな。心無い事を言って」
「ううん、私が悪いから。勇樹は謝らないで」
再び俯いて黙り込む美織。抱いていた肩からは既に腕は外している。訪れた沈黙にカフェオレを啜って時間を過ごすもやがて飲み干してまった。
さてどうしよう。美織は俺に謝りたいと言い、俺は謝る必要は無いと。
「勇樹」
不意に名前を呼ばれ俺の考えは中断される。
「私、勇樹に謝りたい。自己満足って言われても、無意味って言われても自分のやった事に落とし前をつけるにはそれしか出来ないから。謝ったから赦してなんて言わないから」
好意の反対は憎しみではなく無関心だと言われる。それをどう思うかは人それぞれの感じ方だから万人に当てはまりはしないと俺は思うけど。
プチ同窓会で俺は美織が俺を避けたりした事を「気にしてない」から「謝る必要は無い」と美織に言った。美織はそれは俺が美織に関して無関心であると受け取ったのかもしれない。だから美織は俺への謝罪に固執しているのだろうか?
いや、無関心なんかじゃない。そう、避けられた頃は無関心を装った。やたらゲームをしたのだって美織から避けられている事実から目を背けるためだった。仕方無い、そんなもんだ、大した事じゃない、美織なんかいなくったって問題無い。それはきっと自分の心を守るため。
そしてそのタイミングで是親伯父さんから努力しないと器用貧乏になるぞと言われ何にでも一生懸命に当たるようになった。でも、勉強や剣道や何でも、それらに努力している間は美織の事を考えないでいられて都合が良くて。
何の事は無い、俺も小五のあの頃から全く前に進めていなかった。俺の心は今も自分に背を向ける美織を呆然と見送ったあの頃にあるんだ。
俺も美織もいい加減前に進まなきゃ。思い出も大事だけど、未来はもっと大事だ。俺と美織は道を違えているかもしれないけど、ここから歩き始めれば良い。未来は未知数なんだから。
「じゃあ、お互い言いたい事を言い合わないか?」
「言いたい事?」
「そう。謝罪だろうが愚痴だろうが悪口だろうが言い合ってさ、言われた方はちゃんと聞いて受け止めて」
「うん、わかった」
ベンチから立ち上がって向かい合う俺達。まずは美織から。
「じゃあ私から行くね?」
「おう、どんと来い!」
美織は目を閉じて一度深呼吸すると俺を見据えた。
「ごめんなさい。私の勝手な都合で勇樹を避けてごめんなさい。無視してごめんなさい。睨んでごめんなさい。八つ当たりで憎んでごめんなさい。あなたを傷付けて、本当にごめんなさい」
謝罪を繰り返した美織は深々と頭を下げた。
「うん、わかった。俺、青木勇樹はここで有坂美織の謝罪を確かに受けました」
俺の大袈裟な物言いに驚いたのか、美織は下げていた頭を上げて俺を見る。
「美織の謝罪を受けた」
「うん」
「俺は美織を赦すよ」
「ありがとう、勇樹。本当に、ありがとう」
美織は両手で顔を覆って泣き出した。やっぱりこういう時って優しく抱きしめた方がいいのかな。さっきチャラ男ズから助けた時に一度抱きしめているけど、状況と意味合いが違うからハードルが高い。でも漸く前に歩き出せる大切な幼馴染が泣いているのだから、ここは抱き締めるの一択だ。
俺は美織に身を寄せると幼馴染の身体をそっと抱き締めた。