この天然野郎が!
夏休みが終わって10月、季節は秋。
秋と言えば食欲の秋、そしてスポーツの季節だ。この季節、俺達を待っていたのは10月に行われる神奈川県新人体育大会、俗に言う新人戦だ。
県大会が終わって三年生の先輩達が引退し、五浦中学男子剣道部も俺達二年生が中心となる新体制となった。先にも触れたけど、部長に山田友之、副部長に中村貴文が決まり、3人いる二年生の中で俺だけ何の肩書き無しに落ち着いた。その結果、男子剣道部は二年生が俺達3人、一年生が3人のこぢんまりとした世帯となった。
この人数だと団体戦で1チーム組むのがせいぜいだけど、まぁ、それはそれで良いと俺は思っている。団体戦には出ず個人戦で、という手もあるだろうけど、団体戦で先輩後輩の垣根を越えてお互い努力し助け合い励まし合い、喜びも辛さも分かち合って勝利を掴むのが中学高校剣道の醍醐味だと思うんだよね。
と、ここで問題となるのが団体戦メンバーの選抜だ。俺達二年生3人は勿論出るとして、チーム5人のうち2人を一年生から選ばなくてはならないのだけど、ここで今までレギュラーのサポートと応援を頑張ってくれていた一年生部員を紹介しよう。
⭐︎ 戸田幹久(通称ミキ)、一年生で唯一人の剣道経験者で、俺の道場での後輩にして弟分でもある。細身で俊敏な動きを得意とし、クリクリした瞳の美少年である。
⭐︎ 清水昇(通称ショウ)、ミキの友人でミキに誘われて剣道部に入部。スラリと背が高い糸目なイケメン。手足も長く、跳躍力と合わせた遠距離からの打突を得意とする。
⭐︎ 三島太地(通称タイチ)、小学六年生までクラブチーム所属の元サッカー少年。小学五年生の時にサッカーでの伸び悩みに直面、その時に運動会のリレーで3人抜きする俺を見て感動した(本人談)らしく、俺を追ってサッカーを辞めて中学入学と同時に剣道部に入部した。ぱっと見が大柄で強面のイケメンだけど八重歯で笑うと可愛い。
この中では剣道経験者であるミキがやはり他の二人より数本抜きん出ている。しかもミキが習っているのは俺と一緒で剣術だ。
とはいえ手足が長く跳躍力のあるショウも、元サッカー少年だけに脚力と持久力のあるタイチも入部してから約半年の特訓で既にさまになっているからなかなかの有望株だ。
そして、この6人で迎える秋の新人戦。俺達の陣容は引き続き外部指導者を引き受けてくれた高遠師範にも相談して先鋒がミキ、次鋒にショウ、中堅が俺で副将が貴文、大将が友之に決まった(因みに顧問の佐藤先生には例によって事後報告)。
今回補欠となったタイチは試合に出られない事にガッカリしてしまった。先輩としてそこはフォローを入れなければならないところ。なので部活の稽古の中でタイチに重点的な指導をしたところ機嫌が治り、新人戦より先に目を向けて闘志を燃やしだしたので良しとしよう。
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大会当日は快晴、気温も10月中旬の平均気温と平年並みとコンディションとしては上々だ。
新人戦は総当り戦でコート毎に5チームにより行われる。五浦中学男子剣道部は初戦を5対0で圧勝、幸先の良い滑り出し。先鋒のミキは初めての公式戦に気負いも無く、持ち前の俊敏さと道場仕込みの技で早々の二本勝ち。次鋒のショウも先鋒勝利の勢いに乗って得意とする高身長・長い四肢・跳躍力を生かした相面で一本先取の一本勝ちを決めた。
一年生が頑張って二年生が負けたではいささか恥ずかしい。俺も二本取って勝利し、今回初公式戦となった貴文もなかなか勝負が決まらない中、試合終了直前に下がり小手で一本勝ちした。大将の友之はすっかりその大柄な体格による豪快な闘い方が持ち味となっていて、やはり大将戦らしく豪快に二本の面を取って勝利した。
一年生は3人しか入部しなかったけど、3人ともなかなかの逸材だ。2回戦は次鋒をタイチと交代させて臨むと、タイチは良い試合運びで引分けた。剣道未経験者で入部して半年の初公式戦としては十分だろう。タイチを「よしよし」と褒めると照れ臭そうにしつつも喜んでいたね。
そんな調子でこの新人戦、俺達五浦中学男子剣道部は3位入賞というちょっと微妙な結果に終わった。だけど県大会が終わって三年生が抜け、新たに二年生と一年生で臨んだ新人戦なのだ。新人戦3位入賞という結果は良い出だしと言えるだろう。
この秋から来年のゴールデンウィーク明けまでの約半年という時間を俺達6人で努力すれば来年度の大会でも十分暴れらるるだろうな。
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この新人戦の結果に校長先生は再び大喜びで、垂れ幕が追加されたのは言うまでも無い。いささか閉口したものの悪い事ばかりじゃ無い。なんと男子剣道部の部費が若干増えたのだ。その増えた部費で今まで買えなかった素振り用の重い竹刀や昇段審査用の木刀、自腹で購入していた竹刀の弦や柄なでの消耗品を買う事が出来るようになったのだ。まぁ、あの垂れ幕代も部費にしてくれればいいのに、などと言っていたのはここだけの話。
県大会や新人戦の結果に顧問の佐藤先生はいつも通りな感じだったけど、校長先生を始めとする先生方の男子剣道部への評価は高く、期待もされているっぽい。
そして、更に男子剣道部の市大会、県大会、新人戦の結果は五浦中の他の部活動にも影響を与えているようだった。男子剣道部もそうだったけど、五浦中は広い学区で生徒が多い割に部活動は活発ではなくて今まで顕著な成果を出していなかった。生徒達も部活動が必修だから仕方なくどこかの部に入部して顧問や外部指導者に言われてダラダラとメニューをこなしていたという。
そこへ来て男子剣道部がやる気を出し、そして徐々に成果を上げている。まずそれに触発されたのが女子剣道部。五浦中の格技棟は玄関から入って左右に練習場が分かれて向かって右側を男子が左側を女子が使用しているのだけど、以前に比べて明らかに女子部の練習が活発になっていた。
それまでは殆んど無かった男子剣道部との合同練習なんかも女子剣道部から申し入れられ、今では週一で行われるようになっている。
それから、意外と言っては失礼だけど男子よりも女子の運動部が先に影響を受けていた。バレー部、バスケット部、テニス、陸上部等々、皆女子部かそれまでより練習に熱が入るようになっている。そして、女子がそうであるなら女子にいい格好見せたくなるのが男心というもの。必然として男子の部活動も活発化している。
どうしてだろう?俺達男子剣道部と他の女子運動部とは直接的な接触なんて今まで無かったというのに。
なんて事を体育の授業が終わって校庭の水道で顔を洗いながら友之と貴文とで話していると、その答えが意外な人から齎された。
「それ、多分私らが喋ったからかな」
それが女子の声だとはわかるものの、俺はこの時ちょうど洗って濡れた顔を着ていたTシャツの裾で拭いていたため誰だかわからない。
「ちょっ、青木!女の子にお腹とかお臍とか見せないでよ!(キャー、腹筋すごっ!)」
顔を拭き終えて顔を上げてみると、そこにいたのは同じクラスで女子剣道部の部長になった吉澤明美さん。俺が短パンで且つTシャツの裾を半ば捲り上げた半裸に近い格好であったためか、吉澤さんは焦って顔を赤くしてちょっと引き気味だ。
「吉澤さんか。変なもの見せちゃったな、悪い悪い。でも、それってどういう事?」
「べ、別に変なものじゃない、けど。それはね、」
黒髪ショートな髪型が似合うボーイッシュ美少女な吉澤さんが言うには、最初は俺達の一生懸命練習に打ち込む姿を女子剣道部は冷ややかで白けた目で見ていたという。公立中学の運動部が何したって私立中学には敵わないでしょ、と。
だけど格技棟で垣間見る熱心に練習に打ち込む俺達の姿と実際に出した成果に影響され、練習をサボったり適当にダラダラ練習する自分達を恥ずかしく思うようになったそう。
「だから私らも一生懸命練習する事にしたの。それを他の部の子達に話したら彼女達も部活動に思うところが有ったみたいでさ。みんな今までの練習メニューを見直したり、目標立てたりして一生懸命取り組む事になったって訳」
「そうか。俺達の取り組みが学校のみんなに多少なりとも良い影響を与えられたのなら嬉しいよ。俺達剣道部もお互い切磋琢磨して頑張ろうぜ」
俺はそう言って右手を短パンの尻で拭いてから差し出す。すると吉澤さんは再び顔を赤くして俯くと俺の右手を両手でぎゅっと握り、すぐに離してそのまま駆けて行ってしまった。
「どうしたんだ、吉澤さん?」
吉澤さんが駆けて行く後姿を見送り、隣にいた貴文に振り返って尋ねると、何故か深い溜息を吐かれ、更には友之に尻を蹴られた。
「痛えな、何すんだよ!」
「黙れ!この天然野郎が!」
後で貴文が言うには、どうも友之は同じ剣道部の部長である吉澤さんを好きなんだそうだ。
「なんだ、そういう事なら俺が一肌ぬ」
「勇樹、お前は何もするな。いいか、振りじゃないからな、絶対何もするな」
何故か友人のために一肌脱ごうと思ったら貴文に止められた。
帰宅してこの事を妹の真樹に話したら、真樹からも溜息混じりでこう言われてしまった。
「いい?お兄ちゃんはその二人をくっつけようとか余計な事は絶対しちゃダメだからね!」
まぁ、二人からそうまで言われたら、俺だって流石に何もしないけどさ。