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新学期、新体制

市立五浦中学男子剣道部が初めて区大会で優勝、更に区代表として出場した市大会で優勝、横浜市代表として県大会に出場を果たした。あの全国大会出場の常連校である聖ルチア学園附属男子中学校第1剣道部を決勝戦で破って。


そうなると学校や周囲の人達から県大会でも結果を出す事が期待される。


が、県大会の結果は2回戦敗退。しかも2回戦では先鋒の俺以外の4人は皆2本取られての敗北だった。対戦校が昨年の県大会優勝校で、全国大会でもベスト8入りした強豪校だったから仕方ないとも言えるけど。


試合終了後、俺と主将以外の部員達が悔し泣きする中、俺は県大会での敗因について考えた。結論としてそれは部員達の層の厚さに起因すると俺は思ったのだった。


俗に強豪校と呼ばれる学校は私立中学校で、そうした私立中学校は学業にしろスポーツにしろ学校の名を上げて入学希望者を集めるための手段としている。そのため資金を投入し、設備を整え、入学するにそれまでの成績や成果に応じた優遇制度を整え、良い指導者を雇用する。そうして学区に縛られない私立の特性を活かして全国から学業やスポーツに優秀な児童を優遇して入学させる。そうして実績を積み重ねて伝統が創り上げられて強豪校となる。


そうして集まった優秀な生徒達が部活動で分厚い層を成す。例えばとある運動部でレギュラー部員が何かしらの理由で抜けたとしても、その穴はたちどころにその座を狙う他の優秀な部員により塞がれるのだ。


また、優秀な部員が集まれば軋轢もあろうけど、レギュラーの座を巡って切磋琢磨して技術も高まろう。


それに対して我等が市立五浦中学男子剣道部はどうか?


小学生の頃に地元の剣道道場や剣友会で剣道を習った生徒がいて入部したなら上々。でも多くが未経験の生徒で、剣道をそれこそ竹刀の持ち方から教えなければならない。足の運び、素振り。面・小手・胴といった打突を教え、防具を着装しての切り返しにかかり稽古、そして地稽古が出来るようになるのは中一の二学期後半と言ったところか。私立強豪校とはスタートからして違うのだ。


区大会、市立大会で俺達が優勝出来たのは、まず剣道経験者の部長南先輩と俺がいたから。俺が習う剣術道場の師範が臨時の外部指導者として協力してくれたから。1コ上の先輩達や友之に貴文が目標を高く持って頑張ってくれたから。そして区大会、市大会出場校のどこもが五浦中学男子剣道部を弱小と見くびり注目せず、情報不足の中で俺達がノーマークのダークホースとして奇襲に成功したからだろう。


ただし、そんな手は二度とは通用しない。県大会では市大会で強豪校を降した事で学校によっては既に市立五浦中学男子剣道部の情報を収集していただろうし、そもそも県大会に出場するような学校は対戦相手を侮ったりしない。寧ろ1回戦を勝てた事が僥倖だったんだ。


そう考えると、俺と友之と貴文が掲げた全国大会優勝が如何に困難で大それた目標なのかと思う。


でも目標は高く大きくしないと努力しないし、人間成長しないからな。撤回する気は俺達3人にはさらさら無いさ。


かくして俺達市立五浦中学男子剣道部はクロスチェリオで誓いあった全国大会優勝からはほど遠い神奈川県大会の2回戦敗退でこの年度を終えた。


しかしこれでも先に述べたように俺達が本来持つ実力以上の成果であり、五浦中学男子剣道部はレギュラーも補欠も一年生部員も含めて最大限に頑張った結果である事は確かだ。


〜・〜・〜


県大会からの帰路、三年生をはじめとする部員達は2回戦で負けた悔しさよりも満足気な表情をしていたものだ。


確かに無名の市立中学剣道部が強豪校を退け県大会に出場、しかも1回戦で勝っているのだ。十分な成果で、負けて悔いなし!となっても仕方が無い。内申も良くなるしね。それでも、


「負けて満足って、それじゃダメなんだよなぁ」


大会会場から最寄駅まで歩く道すがら、友之が周りに聞かれないようボソッと呟いた。俺も同感だし、貴文も大きく頷いている。でも流石にこの空気の中


「みんな、そんなんでいいのか?悔しく無いのか!」


なんて言えるもんじゃない。


今回の県大会で三年生の先輩達は部活動を引退し、2学期からの部の主導権は俺達二年生に移る事となる。


「取り敢えずここからどうモチベーションを上げて次に繋げるかが俺達の最初の課題だな」


この秋から副部長となる予定の貴文がやはり小声で呟いた。


因みに部長には友之が就任する事になっている。え、俺?俺は二人が面倒事は引き受けるから勇樹は自由にしていてくれ、なんて言うものだからお言葉に甘える事にしたりして。


〜・〜・〜


県大会出場、2回戦敗退という結果は学校にとっては十分な成長であったらしい。部長の南先輩は臨時の全校集会で部を代表して満面の笑顔を湛えた校長先生から表彰されたものだ。


そして時は過ぎ季節は冬を迎える頃、俺達3人は中学校前の駄菓子屋みつば屋から校舎に掛かる長大な垂れ幕を見上げていた。それは屋上から長々と垂れ下り、そこには


『祝 市立五浦中学校男子剣道部 横浜市中学校剣道大会優勝!神奈川県中学校剣道大会出場!』


とデカデカとプリントされてある。


これは男子剣道部の市大会優勝と県大会出場を記念して校長先生が学校の予算で製作し、こうして屋上から垂れ下って道行く人々に男子剣道部の成果を知らしめているのだ。


「あ〜、あれ、止めてくんないかなぁ、マジでさぁ」


そう嘆くのは新部長の友之だ。


「まぁまぁ、来年はもっと上の内容で作り直して貰おうぜ」


「そうだな。今年が県大会出場だから来年は最低でも全国大会出場くらいにはしないとな」


俺の言葉に貴文が続く。


全国大会優勝が目標の俺達が全国大会出場を目指すとは如何なる事なのか?


まぁ、流石に全国大会優勝はデカ過ぎる目標だと悟ったのだ。なので現実と折り合いを着け、元々の目標は取り下げず段階を踏もう、という事にしたのだ。


「来年、俺達は三年生で、言ってみれば一つの区切りだ。全国大会出場を目指し、そして更に優勝を狙うんだ」


友之が部長らしく場を締める。


「高校受験があるから今年より忙しくなるな」


「お、おう!」


俺が混ぜっ返すと友之がちょっと嫌そうに頷く。でも高校受験は大事な事だからな?


「よし、じゃあアレやろうぜ!」


貴文が言うアレとは、俺達が何か大事な約束をしたり、勢いを上げる時にやる「クロスチェリオ」の事だ。


「よし、やるか!」


中一の頃にここみつば屋で初めてやって以来、今や「クロスチェリオ」は俺達3人だけじゃなく男子剣道部のお馴染みとなったポーズだ。


「いいか?」


「「おう!」」


今日も今日とて飲み干したチェリオの空き瓶を右手に持つと、友之の合図を待つ。


「俺達は全国大会出場、そして優勝を目指す。そして受験勉強も頑張って3人で雪村高校に入学するぞ!」


そう言って友之が空き瓶を持った右腕を高く掲げる。これが合図だ。


「「「クロスチェリオ!」」」


俺達の頭上でチェリオの空き瓶が交差する。ここに新たな誓いがなされたのだ。


そして暫しその余韻に浸っていると何やら視線を感じる。恐る恐る振り向いてみるとみつば屋のおばあちゃん店主が呆れ顔で俺達を見ていて、振り向いた俺達を見るや「ヤレヤレ」といった感じで両肩を竦めてみせた。

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