裏切り者の謝罪
公園の街灯が照らすベンチに腰かけた私達。長束さんは黙ったままの私が気になるのかチラチラと私を窺い、その様子がイラッとするので私から先を促した。
「もう暗いし、何か言いたいんだったらさっさと言えば?」
「う、うん。でも美織ちゃんてそんな性格だったっけ?」
長束さんのその発言には更にイラッとしたけど、帰宅が遅くなると母が心配するから「誰のせいよ?」と嫌味を言うに留めた。
「ご、ごめんなさい」
「いいから、早く話して」
しゅんとなる長束さんを急かし、おずおずと彼女が言うところでは、
「私、前から青木君の事、いいなって思ってたんだ。でも美織ちゃんと幼馴染で仲良かったし、私じゃとても美織ちゃんには敵わないから青木君と仲良くなりたくても躊躇しちゃって」
「だけど六年生の運動会のリレーで私が転んだ時、青木君が3人抜きで順位を挽回してくれて。そうしたらもう好きになっちゃって」
うん、まぁ、あれを見たら好きになっちゃうのはわかる。ましてや長束さんの場合は自分が転んで落とした順位をすっかり取り返したばかりか、更に1位になって優勝までしちゃったんだから。
「この時には美織ちゃんから青木君と仲違いしてるって聞いていたから、もしかしたらチャンスなんじゃないかなって思って。でもそれだと美織ちゃんを裏切る事になるから悩んじゃって」
親友だと思ってこちらの悩みを話したら、それを聞いて裏切りを考えていたんだね。
「志望校に合格出来て嬉しくて浮かれてた。そんな時に私が青木君を好きな事に気付いた岡田に「(青木を好きな事を)美織ちゃんにバラされたくなかったら俺に協力しろ」って脅されて。それで青木君と美織ちゃんが和解しないよう岡田に協力させられたんだ」
私が黙ったまま聞いていても長束さんは構わず先を続けた。
「でもわたしも岡田から「青木と美織ちゃんの仲が戻らなければお前も青木と付き合えるかもしれないぞ?」ってそそのかされて、その気になっちゃって」
「その時は志望校に合格して、好きな男の子とも仲良くなれたらもう人生薔薇色みたいに思ったんだけど、レイル交換しても青木君から連絡なんて全然来ないし、私からしても簡単な返事しか来ないし、会えるなんて事無いし。それから、やっぱり進学校だから勉強が大変だし、ちょっと遠いから通学もキツくて」
なんか、愚痴みたくなってきたんですけど。
「実際は自分が思い描いたような事には全然ならなかった。そうしたら私、友達裏切ってまでして、一体何やってるんだろうって思って。それから美織ちゃんを裏切った事、ずっと後悔してたんだ」
言い終えた長束さんは俯いた。
「本当、そんなの今更だよ」
「うん、ごめんなさい」
長束さん俄に顔を上げると消え入りそうな声で謝り、再び俯く。
そんな長束さんを見て思う。この子がした事は岡田にそそのかされたとはいえ利己的で人として最低だ。私を裏切っただけじゃなく、私と長束さんと田村さんの3人で受験勉強を頑張った思い出まで穢してくれたのだから。
でも、とも思う。長束さんは自分の行いを恥じ、後悔してこうして謝りに来ている。私は未だに勇樹に謝れていないのに。
「人が人を好きになる気持ちは誰にも止められないよ。長束さんが勇樹を好きになるのは自由だし、私に遠慮する必要なんて無い。私が長束さんに怒っているのは脅されたとはいえ、よりにもよってあの岡田の誘いに乗った事!」
「うん。本当に後悔してる」
「けど、まぁ、私も言うだけ言ったらすっきりしたかな」
そう、私も自らの愚行を悔いている長束さんに八つ当たり気味に今まで誰にも言えなかった内心を吐露して毒気を抜かれた気分になった。ある意味、長束さんはこの世界でただ一人、秘密を共有して勇樹や岡田について語りあえる相手だ。
結局、私はそれ以上長束さんを責める事は出来なかった。その後、私達は互いの近況なんかを話し、愚痴を言い合い、全部岡田が悪いしあんな奴死んでしまえと罵り、なんだかんだで仲直りしたようになって別れた。
〜・〜・〜
そして、勇樹と会えない、謝れないまま夏が来て秋が過ぎた。クリスマスは学校の友達と過ごし、年を越して初詣。ここで足踏みが続いていた私にも一つの転機が訪れた。
それは家族と出かけた初詣の神社で、勇樹の妹真樹ちゃんとばったり出会したのだ。
その時、真樹ちゃんは女子友達と初詣に来ていたのだけど、私と目が合うとプイッと顔を背け、友達を促してその場から立ち去ろうとした。
「待って、真樹ちゃん!」
私は駆け出した。幸いその日の出で立ちはデニムパンツにダッフルコート、足はスニーカーと動き易い格好、着物姿で動きにくい真樹ちゃんを難無く捉える事が出来た。
「確保!」
「何なの、意味わかんない!」
白いニットのシェールを羽織り、サイドテールに赤い水引の簪。赤地に白梅柄の振袖姿の真樹ちゃんはお世辞無しに可愛いけど、今日ばかりはその着物姿が仇になったよう。
抱き着いた私の腕の中で真樹ちゃんはもがく。
「ちょっ、真樹ちゃん。お願い、話を聞いて」
「お断りします」
そんな事を言う真樹ちゃんにはこうだ!と私は真樹ちゃんの耳にふぅーと息をかける。すると真樹ちゃんは話を聞いてくれる気になったのか大人しくなった。
「もう、わかったわよ。これで満足?話があるならさっさと言いなさいよ!」
暫く会わないうちに、何か上から目線になってるよ、真樹ちゃん…
でも、この機会は逃せない。私は真樹ちゃんに同行する友達に「ちょっとだけ、ごめんね」と謝って真樹ちゃんと話をする少しの時間を貰った。