入学してからの私
私、有坂美織は念願だった聖ルチア学園附属女子中学校に入学する事が出来、現在は二年生。入学試験の点数が良かったので特進Aクラスになり、成績を落とさず維持出来ているから二年A組。
入学してからの私はクラスでもすぐに友達が出来、部活は剣道部に入部した。聖ルチア学園の附属中学校は男子校も女子校も部活動は必修で、それは難関大学を目指す特進クラスといえども例外じゃない。そこは、まぁ、文化部でも構わないという抜け道がある訳だけど。
我が校は進学のみならず、スポーツにも力を入れている。そのため運動部は日本中から、というのは大袈裟だけど、関東甲信越地方くらいからはその道のスーパーキッズ達が自薦、他薦、スカウトにより集っている。
だからセンルチ中高の運動部はガチの第一部と一般生徒達が入る第二部がある。あ、勿論私が入部したのは女子中学校第二剣道部な訳なんだけど、それでも特進Aクラスの生徒が運動部に入るのはあまり無いそう。因みに剣道部入部に関しては誰からも反対されなかったよ。
私が特進クラスだけど第二剣道部に入部したのは勇樹との接点を少しでも作りたかったから。
小学校の卒業式が行われたあの日、岡田の策略によって折角真樹ちゃんが取り付けてくれた勇樹と会える機会が潰されてしまった。あの時は辛くて悲しくて悔しくって、岡田と長束が憎くって、でも自業自得だから泣けなくって。
勇樹はずっと待っていてくれたみたいだけど、あの後は青木家は旅行に出かけてしまった。私の家もそうで、結局春休みも両家はそれぞれ予定があったためタイミングが合わず。私は勇樹と会えないまま中学入学を迎えてしまった。そして入学後も通学する中学が違うから生活のリズムが合わなくて。そうして全然会えないまま一年が過ぎ、今日に至っている。
母が勇樹のお母さんから聞いたところによれば、勇樹はやはり剣道部に入ったそう。しかも小学校の頃からの友達である山田君と中村君も剣道部に入部して3人で剣道で全国大会優勝と県立雪村高校入学を目標に掲げて頑張っているのだとか。
勇樹がやる気を出したなら掲げた目標が高くても何とかなってしまいそう。器用で頭の良い勇樹が一生懸命に努力すれば勇樹自身だけじゃなく、きっと周りも巻き込まれて凄い事になるんだろうな。だって小学生だった頃の山田君と中村君はお世辞にも剣道で全国大会優勝とか県下一偏差値の高い公立高校入学を目指すようなタイプじゃなかったから。そんな二人が勇樹と一緒に、という事はそういう事なんだ。
凄いな、勇樹。本当に凄い。だから私も負けられないよ。いつか勇樹に会って謝る事が出来た時、私も頑張っているんだよって言える私でありたいから。
〜・〜・〜
初めての剣道は憶えなくてはならない事が多くて。でも2年に渡った受験勉強で私は効率的に物を憶えるコツを掴んでいたし、剣道について先輩や指導の先生が丁寧に教えてくれたので勉強との両立は困難とはならなかった。
ゴールデンウィークを過ぎる頃には中学校生活にも慣れ、その後に行われた初めての中間テストでも良い結果を出す事が出来た。そして私は剣道の市大会に臨んだ。
といって私は一年生でしかも剣道初心者だから出来る事は先輩方の手伝いと応援だけ。また、二日間行われる大会で女子の部は二日目なんだけど、一日目の男子の部にも行く事になっていた。というのも、女子中剣道部は男子中剣道部の応援に行くのが聖ルチア学園の伝統なのだそう。その逆もね。
その会場となっていた市立中学校の体育館で、私は二ヶ月ぶりに勇樹の姿を見る事が出来た。正直、それを期待していたのだけど。
たった二ヶ月見なかっただけだけど、少し背が伸びたのかな、学ラン姿の勇樹は少し大人っぽい顔つきになっていた。
(やっぱりカッコいいな)
勇樹は相変わらず小学校以来の友達二人と一緒に居て、他の部員達と一生懸命に個人戦で対戦する先輩選手を応援し、試合の記録を取ったりと忙しそうにしていた。とても生き生きとして見えて。
すぐに駆け寄って話しかけたかった、でも出来なかった。まだ謝ってもいない私にその資格は無いから。
そんなもどかしさと久々に勇樹の姿を見る事が出来、同じ空間に居られ、同じ空気に浸っていられる嬉しさで私はその場に立ち尽くして涙ぐんでしまった。その様子を見た部の友達に驚かれ、心配され、その後で興味津々の体で問い詰められてしまったけど。
〜・〜・〜
その翌日、女子剣道部の試合が終わった帰り際、自宅前に佇む人影があった。辺りは夕暮れで既に薄暗くてその人物が誰かわからないものの、そのシルエットから明らかに制服を着た中学生くらいの女の子である事が見て取れる。
「美織ちゃん」
私がその女の子を訝しく思いながらも近付くと(だってそこは私の家だし)、その子は私の名を呼んで駆け寄って来た。
それは小学六年生の頃の同級生で、同じ進学塾に通っていた元友人の長束美穂だった。
(この女、私を岡田に売って裏切っておいて、よく私の前に顔を出せるよね)
あの卒業式の事を思い出してカッとなったけど、私は彼女を無視してそのまま玄関に入ろうと、
「待って、美織ちゃん。私、謝りに来たの」
「チッ」と思わず舌打ちしてしまう。
「今更何?謝る?謝って自分が楽になりたいだけでしょ?謝るならさっさと謝って、赦された気分になってさっさと帰ってよ。そして二度と私の前に現れないでくれる?」
自分の口から出た冷たい口調の辛辣な言葉に内心驚いた。でもこれが本音だ。
私は当時一緒にこの女ともう一人田村さんと共に中学受験を頑張って、二人を親友だと思っていた。だから勇樹との事も打ち明けていたし、受験が終わったらちゃんと謝ってまた仲良くなりたいとも話していた。
それなのにこの女はその全てを岡田に話し、私を岡田に売って体育館裏に行かせないようにした。あまつさえ、自分は勇樹と会ってちゃっかりレイルの交換までしているのだ。こんな女を親友だと思って信用したあの頃の私をぶん殴ってやりたい。
長束さんの顔にさっと怒りが差しキッと私を睨むも、すぐに表情を改め深々と頭を下げた。
「あの時は本当にごめんなさい。私、どうかしてた。美織ちゃんが言う通り自分が赦されたいだけなのかもしれないけど、謝らせて欲しいの。本当にごめんなさい」
その謝罪の声は真摯なものだったけど、あまりに大声だったため通行人なんかの注目を浴びてしまうし、近所にも丸聞こえだ。仕方無く私は長束さんを近くの公園に引っ張って行った。