不期遭遇戦、からの次鋒戦
想定外のちょっとしたイレギュラー、だけど確かにあれは美織だ。スラっとしたスタイルはそのままで、背丈は少し伸びただろうか。黒髪のポニーテールは相変わらず似合っているけど、その白いセーラー服の制服を着ている事もあって最後に見た彼女よりも大人びて見え、キリッとした美人だ。
「勇樹、さっさと座れ。試合中だぞ」
思わず美織と思われるセンルチの女子、いや絶対に美織だ、を見つめてしまっていると、俺が立ったままでいる事を訝しんだ友之から注意を受けてしまった。
「すまん、ちょっとボーっとしちまった」
そう、今は団体戦の真っ最中。これから次鋒戦が始まるのだ。美織が対戦相手チーム側にいるからどうしても視界の中に入ってしまうけど、今は美織の事は意識せず試合に注視して仲間の応援に徹しよう。
俺は正座して面小手を脱ぐと、被っていた手拭いで顔の汗を拭ってから気合いを入れ直す意味で両手で頬をパンっと叩いた。
〜・〜・〜
市大会決勝の次鋒戦。葛城先輩はその性格通り実直な試合運びで実力的には先輩よりも上である相手選手に有効打を与えない粘り強さを発揮。試合を引き分けに持ち込む事に成功、五浦中学男子剣道部の白星を中堅の友之へと繋いだ。
友之は面を付けて立ち上がる。そして両肩を上下させてから俺の方へと振り返り、友之と俺は頷き合う。ここで友之は勝ちに拘らなくてもよい。五浦中学男子剣道部が星一つリードしているのだから。でも、友之の性格からすると勝ちを獲りに出るのだろうな。
果たして友之は試合開始から積極的に打って出る。センルチとしてはここは負けられないところだ。双方の打ち合いは続くも互いに有効打は無く、3分を経過して試合は延長戦に入った。
と、ここで互いの技術差が出てしまう。センルチの中堅選手は三年生。体格では勝っても強豪校の三年生選手と剣道を始めて2年目の友之ではやはり技術力で劣ってしまうのだ。
加えて延長戦で流石の友之にも疲れが見え、明らかに動きが鈍っていた。
(焦るなよ、友之。相手も勝ちが見えて必ず隙を見せるからな)
俺は防戦一方となる友之の背中に大声で「相手をよく見ろ!勝てるぞ!」と掛け声を掛ける。するとその声に反応したのは意外にも相手選手。何らかの迷いでも生じたのか、一瞬、ほんの一瞬だけ動きが止まったのだ。
(今だ!)
俺がそう思うと同時に友之は相手選手に体当たりをかまし、突然の衝撃によろめいてしまった相手選手に乾坤一擲の面を放った。
パンッ!と小気味の良い音が鳴ると、主審と副審の一人が赤旗を挙げる。
「面あり!」
おおおー!と会場内は響めく。相手は全国大会出場歴もある私立の強豪校。対する俺達は十把ひとからげな存在するだけで何の実績も無い市立中学の剣道部だ。中堅戦の結果がどうあれ団体戦だから試合はまだ続くものの、この中堅勝利で市立五浦中学男子剣道部は星二つリードとなり、会場内はまさかのダークホースによる番狂わせに湧き上がった。
〜・〜・〜
延長戦の末の一本勝ち。剣道は礼に始まり礼に終わる武道だから俺達は嬉しくてもその喜びを抑えて副将戦に臨む。
副将である三年生の副部長宮下先輩も実は中学から剣道を始めた組だ。しかも我が校の剣道部は顧問はいても指導者がいなかった剣道部だった。だから今の三年生が本格的に剣道を始めたのは実質的には昨年度の5月くらいから。それで市大会の決勝戦にまで勝ち進んでいるのは驚嘆すべき事で、それだけ宮下先輩も一生懸命剣道に打ち込んでいたのだろう。
しかし、強豪校である聖ルチア学園附属男子中学校剣道部の副将ともなると技は元より、試合運びや駆け引きでもこちらより当然一日の長がある。結果として宮下先輩は善戦していたものの、試合終了の3分を前にして面で一本取られてしまった。
これで2対1、次の大将戦で俺達が勝てば市大会優勝となり県大会出場へ。負ければ2対2となって勝負は振り出しにもどって代表戦。どちらかの一本勝ちで雌雄を決する事となる。
大将の南先輩は小学一年生から地元の剣友会で剣道を習っていて、俺が入部した頃には二年生ながら五浦中男子剣道部で一番の実力者だった。そしてこの一年余の間に俺達一年生の特訓に加わり、今年度からは外部指導者に招いた高遠師範の指導を受けて更に実力を上げていた。俺が思うに強豪校剣道部の一軍部員とも比肩出来るんじゃないだろうか。
この大将戦に臨む南先輩、まるで俺達剣道部員の努力の化身のように俺には思えた。