中学二年。区大会、市大会
さて、中間試験も滞りなく終わり、いよいよ全国中学生剣道大会の地区予選たる金沢区大会の始まりだ。
え?中間試験はどうだったかって?そりゃあ、俺は県下一偏差値の高い県立雪村高校を狙っているのだから日頃から勉強はばっちりだ。まさに俺の試験対策に死角無し!さ。
一緒に試験勉強をした友之と貴文もいい結果を出している筈だ、多分。
金沢区大会の会場となるのは金沢区にある市立中学の体育館だ。ここでトーナメント戦が行われ、上位3校が市大会に区代表として出場が叶う。まずはここを突破しなければ全国など夢のまた夢だ。
ウチの中学、市立五浦中学校(通称"浦中")の男子剣道部顧問は佐藤という28歳の理科教師だ。この佐藤先生、大学院を卒業して現在
研究職枠の空き待ちで中学の理科教師をしているから剣道部に全く興味が無い。しかも剣道の経験も無く、前任者が異動したため問答無用で後釜に添えられたちょっと可哀想な太っちょだ。
そのため剣道素人だから部活動に指導もしないし余計な口も挟まない。俺達も格技等の鍵の受取りと返却、日誌の提出くらいでしか顔を合わさない。なので練習内容や指導内容なんかを自分達で考えなくてはならないけど、自分達で好きにやれるからある意味俺達としては理想的とも言えた。だから外部指導者として俺が通っている剣術道場の高遠師範を招く案もすぐにOKを出してくれた。幾らやる気が有って一生懸命でも全国大会を目指すには中学生だけじゃ無理だからね。大人の力も借りなくちゃ。
五浦中学男子剣道部からは部員数の関係から団体戦で1チームが出場。先鋒は俺青木勇樹、次鋒に3年生の葛城先輩、中堅が友之。して副将に3年生の宮下先輩(副部長)、大将に南先輩(部長)という陣容だ。
因みに、去年俺達1年生の特訓に
「面白い事してんじゃんかよ。俺達もまぜろや」
と言って来たのが当時2年生だった現部長の南先輩だった。
この南先輩は細目で一見何を考えているのか読めないのだけど、男気があって面倒見の良い兄貴スキルの高い先輩だ。その背の高くもがっしりとした体格と優れた腕力を生かした試合運びは大将そのものと言える
思えば俺達は先輩にも恵まれているな。これが先輩風吹かすだけの連中で、1年生が勝手な事すんじゃねぇ!なんて絡んで来られたら全国大会に臨むのに俺達が3年生になるまで待たなくてはならなかった、からな。
そして始まった金沢区大会。俺達五浦中学男子剣道部は危なげなくトーナメントを勝ち進んで優勝し、横浜市大会へと駒を進めた。
〜・〜・〜
市立五浦中学男子剣道部が金沢区大会で優勝したのが初めてなら、横浜市大会に出場するのも初めてな事、らしい。
流石に市大会ともなれば区では当たらなかった所謂強豪校と呼ばれる私立中学の剣道部とも対戦する事となる。
野球やサッカーもそうだけど、剣道は競技人口が多くてその底辺も広い。従って人口が多くて中学校も多い関東地方では地区予選を突破するだけでも大変な事なのだ。
そうして区大会を突破して出場した市大会。初戦を勝利した市立五浦中学男子剣道部はここでも危なげなくトーナメントを勝ち進み、遂に市大会の決勝戦に進出した。だがしかし、決勝戦の相手は聖ルチア学園附属男子中学校剣道部。神奈川県における剣道部の強豪校の一つに数えられている強敵だ。
この聖ルチア学園、勉強だけではなくスポーツにも力を入れている。なので競技毎に優秀な児童が関東地方各地から集まって強豪チームを形成し、勿論剣道部もその一つ。去年の俺は1年生だったから当然試合に出場なんて出来なかったけど、我が校市立五浦中学男子剣道部は区大会2回戦敗退でセンルチ男子中剣道部の姿を見る事すら叶わなかった。
だけど今年の我等市立五浦中学男子剣道部は破竹の勢いで区大会を制し、市大会も勝ち進んで遂に決勝戦にまで到り、強豪校であり去年の全国大会出場校と対峙しているのだ。
「何気に感慨深いよな」
決勝戦の試合開始直前の事。コートで両校が向かい合う中、次鋒の葛城先輩が誰に言うとも無く呟く。
「そうっすね」と先鋒として横に立つ俺は応じた。
葛城先輩は中肉中背、坊主頭のイケメンだ。基本に忠実、真面目で実直な剣道をする人で、まさに次鋒に適任と言える。まず先鋒の俺が決めた勝利を中堅に繋ぐ事が期待されている。
主審に促されて対峙する両校が互いに礼をするとそれぞれのサイドに戻って行く。俺達五浦中学男子剣道部の背中には赤い襷、俺達に背中を見せるセンルチ男子中剣道部員の背中には白い襷が結び付けられ。
先鋒の俺はすぐに面小手を付け竹刀を持って立ち上がる。それから同じく立ち上がった葛城先輩が小手をはめた右手を突き出したので俺と先輩でグータッチ。背後からは今回補欠となった貴文と一年生部員達の声援が聞こえる。
対戦相手に一礼して三歩進み竹刀を中段に構えて蹲踞。立ち上がって相手と対峙すると主審の「始め!」の声が会場に響いた。
「せやぁ!」
センルチ男子中剣道部の先鋒が俺を威嚇する様に気合いを発する。俺はそれに付き合わず、相手の目を見据えたままずいと一歩踏み込むと、相手は気後れしたようにやや後ろに退がる。俺が更に切先を挑発するように小刻みに上下に揺らすと相手はその動きに釣られるように仕掛けて来た。
俺の面を狙ったその打突を右に躱しつつ左頭上竹刀で弾くと、俺は相手のガラ空きとなった胴を払い抜いて残心をとった。
俺が放った抜き胴に、手に持つ赤旗を挙げる主審と二人の副審。振り返って相手に中段の構えで切先を向けると、
「胴あり!」
と主審から声が上がった。
五浦中学男子剣道部の歓声を背にコート内の元の立ち位置に戻る。そして再び中段に構えて試合再開だ。
相手は一本先取されて積極的に打って来るか消極的となるか。果たして彼は前者のようで、いきなり俺の竹刀を叩き落としにかかって来た。ここはその挑発に乗り、俺は一気に距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込んだ。
相手は鍔迫り合いを嫌がって俺を押したり、はたまた後ろに下がろうとするも、俺はしつこく鍔迫り合いに持ち込んで離れない。
俺の試合運びにセンルチ男子中剣道部からは激しいブーイングが飛ぶ。だけど打ち合うばかりが剣道じゃなく、これも戦法の一つだ。
しつこい俺からの鍔迫り合いに苛立った相手、俺に一気に体重をかけて竹刀の柄で俺の柄を払いにかかった。
チャンス到来、俺は待ってましたとその一瞬だけ空いた相手の小手を後ろに飛びながら打つ。
「小手あり!」
再び三人の審判が赤旗を高く挙げ、俺の二本勝ちが決まった。
負けるつもりなど毛頭無かった。だけど勝負の世界に絶対は無い。俺はこの決勝戦で無事先鋒の役目を果たし得た事に面の中でホッと一息吐く。そして相手選手に一礼してコートから下がると、これから次鋒戦に向かう葛城先輩に目礼し、俺と先輩はすれ違いざま再び小さくグータッチをした。
振り返ると次鋒戦が始まろうとしていた。対戦相手である次鋒を見るとその向こうにコートに沿って一列に正座してセンルチ男子中剣道部の出場選手達が並んでいる。ふと思ってその奥に視線を向けると白いセーラー服、センルチの制服を着た女子生徒の姿が目に入った。
男子中だけど女子中からのマネージャーでもいるのだろうか?ふと興味を抱いてその女子生徒を見てみると、艶のある黒髪をポニーテールにしたちょっとつり目気味の気が強そうで綺麗系なその女子を俺はよく知っていた。まぁ最近は知らないけれど。
(美織…)
そこには紛れもない、疎遠になった俺の幼馴染、有坂美織が立っていた。