美織、逸る心
卒業式。私は祖母に買って貰ったジュニアスーツに身を包み、玄関の大鏡で身だしなみの最新チェック。グレーのチェックスカート、白いブラウスの上にはエンブレムの入った紺のジャケット、シルバー地に赤い斜線の入ったリボンタイ。髪は緑のリボンで束ねたポニーテール。ちょっとだけ母に教えてもらってお化粧もした。うん、ばっちり。
今日は勝負の日!卒業式はもちろん大事だけど、それよりもその後に勇樹と会う事が一番大事。先日は岡田のせいであんな事になったけど、真樹ちゃん情報だとあの日、帰宅した勇樹は気にした様子は無かったって知らせてくれたし。
卒業式の後、勇樹に会ったら素直に謝って赦して貰うんだ。それで絶対に元の仲の良かった幼馴染に戻るんだ。そうしたら中学が違ったってメッセージアプリで遣り取りしたり、たまには土日に会ったり、試験前は一緒に勉強したり、するんだ。
〜・〜・〜
式が終わり、教室に戻る。両親が見守る中、小学校最後のホームルームは担任の立花先生がちょっとだけ感動的な話をして終わった。
教室を出て行くのは出席番号順だから「青木」の勇樹が最初。次は女子の秋山さんが続き、「有坂」の私が3人目。
ふと見れば勇樹は立花先生と二言三言会話を交わすと、何故か先生に髪をぐしゃぐしゃに撫で回されていた。
秋山さんが先生に一礼して教室を出ると私の番だ。
「有坂さん、受験頑張ったわね。合格と卒業おめでとう」
「有難うございます、先生」
「うん。じゃあ先生から有坂さんに小学校最後の指導をするわね。有坂さんはこれからはもっと自分の思っている事を相手に伝えるために行動する事。わかった?」
「行動、ですか?」
「そう。思っているだけじゃ相手には伝わらないからね。絶対に伝えたい大事な事があるなら時には恥ずかしかろうが、恥をかこうが、周りの事なんて気にしないで行動しなきゃね」
確かにそう。勇樹に謝ろう謝ろうと思いつつもそれが出来なくて今日、この時にまで至ってしまった。今まで何かと理由をつけて勇樹から逃げて来た自分がいる。それに岡田の事だって花火大会の時も昨日の事も、もっと毅然と拒絶して奴の言った事を否定すれば良かったのだ。
「はい。そうですね。そうします」
「時には勇気が必要だけどあなたならきっと大丈夫。聖ルチア女子中でも頑張りなさいね」
立花先生はそう言うと両手で私の肩をポンポンと叩いた。
〜・〜・〜
教室から出るとすぐさま勇樹に会いに体育館裏へ行きたかったけど、女子には女子の付き合いがある。一緒に写真を撮ったり、卒業後の情報交換をしたり、思い出話をしたり。
それだけじゃなく、家族も来ているから校門にある「卒業式」の看板前で記念写真も撮る。これだけでも随分と時間がかかる。本当はホームルーム後すぐにという約束だったのに。
真樹ちゃんからの情報によれば、青木家は卒業式の後はそのまま旅行に行ってしまうとの事。実はうちもそうで、聖ルチア女子中合格と小学校卒業を記念して沖縄に行く事になっているからお互いに時間が無い。
4月になれば私と勇樹は私立と市立で進学する中学校が違ってしまい生活リズムも今以上に変わってしまう。だからこのタイミングを逃す事は出来ない。逃せばもう勇樹と話をする機会を作る事は困難だ。
私は両親にまだ少し友達と居たいからと言って先に帰って貰い体育館裏へと急ぐ。きっともう勇樹は来ているだろう。まず、まずは謝ろう。言い訳も釈明もしない。だって私が悪いんだから。
「美織ちゃん」
そんな事を考え早足になろうとしたところで不意に誰かに呼び止められる。
ここでそんなの無視して聞こえない振りをして言ってしまえば良かったのだろうけど、思わず立ち止まってしまった。振り向けば、そこにはスーツ姿の岡田の姿が。湧き起こる不快感に表情が険しくなるのがわかる。
「何?」
岡田は私の剣呑な声に黙り込むものの話しかけてきた。
「美織ちゃん、卒業おめでとう」
「…ありがとう。じゃあ、私急いでるから」
それだけ言ってその場から立ち去ろうとしたのだけど、岡田は尚も私を引き止める。
「青木の奴に会うんだろ?」
青木の奴?本当、何なの、こいつ。
「だったら何?」
「あいつならさっき長束さんと会っていたよ」
「美穂と?」
「あぁ、レイルの交換とかしてた。それでそのまま2人で帰って行ったよ」
田村恵美と長束美穂、この2人はこの2年間を共に中学受験を戦い抜いた仲間。私達は3人とも名前に「美」が付く事もあってすぐに仲良くなり、今や戦友にして親友だと私は思っている。だから勇樹との事を打ち明けていたし、今日の事も話していた。
「きっとあの2人はあのまま付き合うんじゃないかな。だからさ、俺達も同じ中学に進学するんだし、付き合わないか?美織ちゃん」
はぁ?一体こいつ、何を言ってるの?