僕は幼馴染に避けられる
放課後、今日も僕は一度家に帰ってから近所の公園に向かう。そこには既に同じクラスの山田友之と中村貴文が待っていて、合流した僕らは早速ゲームだ。
梅雨明けの午後は蒸し暑いし蚊も出るんだよね。だから本当はエアコンで涼しい誰かの家でお菓子摘みジュース飲みながら、なんてしたいところなんだけど、どこの家も「ゲームばっかりして!宿題は?」って煩くってさ。仕方なくこうして公園に逃げて来てるって訳。宿題なんてすぐ終わるっての。
僕は青山勇樹、小学五年生だ。横浜市の金沢区って所に住んでいる。家族は警察官の父さんと薬局でパートの薬剤師してる母さん、僕と真樹っていう一つ歳下の妹の4人だ。
家は住宅地にあるのだけど、この辺りは海と人工の砂浜があって、その向こうには遊園地や水族館がある。それに少し遠いけど山もあって、都会でもない田舎でもない、自然豊かで都会も観光地も近いとてもいい場所だと僕は思ってる。
僕達が集まっているこの公園は住宅地内に幾つかある公園の一つ。この住宅地には大小合わせて20もの公園があって、子供もお年寄りも一ヶ所に集中する事は無いんだ。お年寄りはなんとかゴルフみたいな競技をするから広場のある公園に行くしね。
今僕達がいるのは広場の無い比較的小さな公園、言ってみれば“穴場“な訳で。だから僕達がタコ型の滑り台を占領してゲームをしていても誰からも文句は言われない。
と、そこへ3人組の女子が通りかかった。見覚えのある3人は僕達と同じクラスの同級生。しかもその内の一人は僕の幼馴染だったりする。
彼女の名前は有坂美織。長い黒髪を後ろで束ねたポニーテールがトレードマークでよく似合っている。すらっとしていて身長は女子の中では高め。色白でちょっと目付きがキツいけど僕は可愛いって思ってる。
美織とは家が近所で保育園から今までずっと一緒だ。僕は美織と仲が良いって思っているんだけど、何故か最近は避けられているんだよね。そうなる原因に思い当たる節は無いんだけど。
美織達は3人とも同じロゴの入ったバッグを持っている。美織は五年生なってから進学塾に入っているから、これから3人で塾に行くのだろう。
「おーい!」
いきなり友之が大声で美織達に声をかけた。友之は背が高くキリッとしてカッコいい奴で、クラスの女子達から人気があったりする。だからか、こうして平気で女子に声をかけるんだけど、僕にはちょっとそういう真似は無理かな。貴文も「うわ、こいつ信じらんねえ」って顔してるし。
イケメンの友之に呼びかけられて美織以外の女子2人はそわそわし始めた。だけど美織は僕達3人にチラッと視線を向けると一瞬僅かに顔を顰めた。次いで「フンっ」という感じで顔を背けると他の2人に「行こう?」と促して足速に公園から立ち去った。
「ふっ、ダセェ。友之シカトされてやんの」
貴文がゲームから目を離さないまま友之を揶揄う。
友之も「うるせぇ」と言いながらも再びゲームの画面に目を落とす。
きっと友之は見知った同級生の女子が通りかかったからゲームに誘おうとしたんだと思う。まぁ塾通いの美織達にしてみたらそれどころじゃ無い訳だけど。友之にしてもその後すぐゲームに集中したあたり大して期待はしていなかったんだろうな。
でも、僕は気になった事がある。美織が僕に寄越した嫌悪感と憎しみが込められた一瞥。僕はあの時美織とばっちり目があってしまったからそれに込められた感情も読み取れてしまった。
僕と有坂美織は所謂幼馴染。家は近所で保育園から一緒。親同士仲が良く、母親同士は元から友達なんだとか。
僕達はそんな両親公認の元で小さい頃から一緒に遊び、お泊まり会なんてしょっ中。お風呂だって一緒に入ったし、一緒の布団で寝た事だってあった。
両家で旅行に行ったり、キャンプもしたり。クリスマスプレゼントの交換、バレンタインデーのチョコとかいつも一緒だった気がする。流石に「大人なったら勇樹と結婚する!」みたいなイベントは無かったけど、僕達は仲の良い幼馴染同士だと思っていた。
でも、五年生になってから僕は美織に避けられるようになっている。何が悪いのか、何か美織に嫌われるような事を僕はしたのか、全く身に覚えは無かった。
そんな事が続くと流石に気になったから、僕は、恥ずかしかったけど、母さんに相談してみる事にした。そうしたら母さん曰く
「そういう年頃なのよ」
との事。
その時は「そういう」ってどういう?って思ったし、母さんにも尋ねてみたけど惚けて教えて貰えなかった。
まぁ理由はわからないけど、実際避けられているものはしょうがない。それ以降僕は男友達と遊ぶ事が多くなり、今に至っている。
(でも、あんな汚い物を見たみたいにしなくたっていいじゃんか)
僕は美織の態度に少し腹立たしく思ったのだけど、その日はそのままゲームを続け、アニメやサッカーの話をしてから家に帰った。
〜・〜・〜
それから1ヶ月が過ぎ、遂に待ちに待った夏休みが始まった。僕は早速友之や貴文なんかとプールに行ったり海に行ったり、それぞれの家に遊びに行ってゲームをしたりと楽しく過ごしていた。
でもほぼ毎年恒例となっていた有坂家との旅行は行われず。僕は何となくそうなるんじゃないかと思っていたけど、夏休みの両家合同旅行を楽しみにしていた妹の真樹が母に理由を尋ねた。
「美織ちゃんは今年から進学塾に通ってるでしょ?夏休みは夏期講習なんだって」
母の言葉でも諦められないのか、真樹の矛先が僕に向く。
「お兄ちゃん、美織ちゃんの夏期講習なんて知ってた?」
「いや、僕は美織に避けられてるからな。何も聞いてないよ」
すると母からの矛先も僕に向けられる。
「美織ちゃんは中学受験するんですって。将来のために一生懸命勉強してるの。勇樹もうかうかしてるとそのうち美織ちゃんから口も聞いて貰えなくなるわよ?」
いや、もうとっくにそうなっているんだけどさ。
美織、中学受験するんだ。そんな事今まで一言も言ってなかった。僕は美織が中学受験について何も話してくれなかった事や理由も知らされずに避けられている事に寂しさを覚えつつ腹立たしくも思った。
結局、その後の夏休み中に僕は美織と会う事無く2学期を迎えた。だけど夏休みから何かモヤモヤした思いが心に残り続けている。それが何なのかはわからない。
それから、僕は2学期から美織を避けるようになっていた。だって僕にだってプライドって物があるからね。美織が僕を避けてあんな目で僕を見るんだったら僕だってそんな相手を避けるよ。