4 タイターニアとオーベロン
ブルブルと口を震わせているロバ男ことボリスの前に、服を来たウィブスが身を乗り出した。
「それじゃあ、おじさんは本当にミミのじいちゃんなのか?」
「タイターニアの孫ってことを信じるなら、俺の孫ってことを信じてもいいんじゃないか? 俺の孫じゃなくたって、カエルの男の孫か、象男の孫かの違いだぜ」
ロバ男はブヒンと鳴いた。馬よりも甲高く、神経に触る声だとは、ミミは知らなかった。
「どうして、そんなバケモノみたいなおじいちゃんばっかりなの?」
ミミが当然尋ねるが、ロバ男は呆れたように天を仰ぐ。まるでロバが遠吠えをしようとしているかのようだ。
「俺の孫は、シェイクスピアも読まないのかい? 事実と違うことも書いてあるけど、本当のことだって書いてあるんだ。オーベロンはタイターニアと喧嘩をするたびに、タイターニアに嫌がらせで惚れ薬をまぶたに塗るんだ。寝て起きて、最初に見た奴を好きになるようにね。その薬を塗るのが、いたずら好きのパックっていう小さな妖精で、タイターニアが色男を好きにならないように、タイターニアが起きるタイミングで、首から上を人間以外の何かにした男を連れて行くのさ。だから、妖精の女王の孫たちのおじいちゃんってのは、俺みたいないい男だらけってわけさ」
ロバのボリスは、いい男という部分を強調して、ロバの頭部をひと撫でした。どうやら本気のようだ。
「それが本当だとして、ボリスおじいちゃんはどうしてミミを探していたですか?」
「おっ……ちっとは話しがわかる奴がいたね。まあ……見た目は似たようなものだけど」
水の妖精で、同じく男子の姿に簡単な服を来たセルキーに、ロバ男はブルルと言った。ミミは黙って妖精とボリスの会話を聞いていた。こういう時は、妖精たちに任せておいた方が間違いないことを学んでいた。
「早く教えてよ、おじいちゃん」
「坊主のおじいちゃんじゃねぇよ。まあ、いいか……」
ニコニコしながら先を促した、これも妖精の一人土のプーカに前歯を見せて威嚇してから、ボリスは話し出した。
「妖精の女王の力が狙われているからさ」
「知っているよ。ドルイドが操るモンスターに何度も襲われたんだ」
ウィスプが言い、ミミは肯定の頷きを返す。
「で、襲われてどうした?」
「や、やっつけたよ」
今度はミミが言った。
「だから、俺が来たんだよ。俺だけじゃない。他の孫たちのところにも、孫を探しにみんなで出かけているはずさ」
「世界は大混乱だな」
セルキーの言葉は、その通りかもしれない。首から上が動物の大人たちが世界中で発見されれば、世間は大騒ぎをするだろう。
「目立ちたいの?」
「そんなわけあるか。俺だって、学校の近くまではお面を被っていたさ。学校に入るのに不審者扱いされたから、こうして晒したくもないイケてる素顔を晒したってわけさ」
「……モンスターを倒して、何がダメなの?」
威嚇されたプーカが話題を変える。ドルイドのモンスターをやっつけてはいけないのだろうか。
「ドルイドは、今じゃ魔王って名乗っているオーベロンと契約をした人間だって言ったよな。そのドルイドたちは、オーベロンから女王の孫たちを殺すように指令を出したってことさ」
「……どうして?」
「タイターニアは、いろんな男に首ったけになっちゃいても、自分が魔法で操られていたことは理解していたのさ。だから……子どもを産むたびに、力の一部を赤ん坊に与えた。その赤ん坊が大きくなって、子どもを産んだ時、その子どもに引き継がれるまで、ずっと隠しつづけられるようにな」
「なんでそんなことするの?」
黙っていられず、ミミが直接尋ねた。
「タイターニアは結局、惚れ薬を塗られて別の男に抱かれて、子どもを産まされても、オーベロンが好きだったんだろう。力のタイターニアに知識のオーベロン、二人が妖精の世界を統治していた。オーベロンが力を欲しがっていたこともわかっていた。だから、タイターニアはオーベロンと争わず、力を分散させたのさ。自分の力が弱まってもいいから、オーベロンに力を渡さないように」
「待って……おばあちゃん、まだ生きているの?」
「妖精の女王に寿命なんかない。分け与えて弱っちゃいるけど、元気だよ。ただし、力を引き継いだ孫が死ぬと、力は元の持ち主に帰る。タイターニアにな。だから、俺は自分の孫に、モンスターに襲われても戦わずに逃げるように忠告に来たのさ。ドルイドに負ければ、タイターニアに力が戻る。完全に力が戻ったら、今後こそオーベロンは、タイターニアの力を奪おうとするだろう。タイターニアからオーベロンに何かをしたってことはない。タイターニアの力は奪われる。この世界は、魔王のものになる」
ミミは、神妙に頷いた。全てが理解できたわけではない。ただ、モンスターがミミを殺そうとしていることだけは理解した。