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婚約破棄シリーズ

【コミカライズ化】「理由は自分の胸に聞いてみろ!」と婚約破棄をされたのですが、納得できません!

作者: 佐崎 一路

【コミカライズ化のお知らせ】

2023年11月15日(水)

マックガーデン様:avarusレーベル『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック③』にて、本作品がコミカライズ化の運びとなりました! 

漫画を担当されるのは 赤城 和 先生です。

なお、コミックシーモアの電子版にて11月1日より先行配信です。

「オレリアッ――いや、ジェラルディエール伯爵令嬢! この私、ウスターシュ・ナルシス・スゴンザックは、貴様のような腹黒で頭でっかち、かつ非常識極まりなく……何よりも長年にわたり私を(あざむ)き、屈辱を味わわせてくれた罪をもって貴様をこの場で告発し、この苦痛と忍耐に満ちた婚約を破棄することと、ここに新たな婚約をこの愛おしいブリジット嬢と改めて結ぶことを宣言する!」


 お昼休み。貴族の令息令嬢が数多く在籍している名門アウァールス学園の中庭に、時ならぬ喧騒が湧き起りました。

 共学とはいえ基本的に男子棟と女子棟とは別棟であるため、男子生徒と女子生徒がつかの間の交流を持てる――恋人同士であれば短い逢瀬を楽しむために、四阿(ガゼボ)で隣り合ってランチを摘まんでいる――ある種、紳士淑女協定により聖域(サンクチュアリ)として学園からも黙認されているこの場所で騒ぎを起こすなど、この伝統と実績作りに尽力してきた、代々の諸先輩方や在校生にどれほど詫びても詫び足りない……という考えはないのかしら?


 そう思いながら私は冷めた目で私の進路を塞ぐ元凶。スゴンザック伯爵家の次男にして、七歳から十年間、私の婚約者――たったいま口頭で破棄されましたけれど――()()()ウスターシュ様を見据えました。


 とは言えマナー違反ウンヌンを指摘するよりも先に、

「――は……?」

 藪から棒の婚約破棄宣言に、思わず淑女らしからぬ声が漏れたのもむべなるかな。

 慌てて軽く咳払いをして威儀を正した私は、ウスターシュ様のまあ整っている部類の顔をまじまじと見据え、それが冗談や悪ふざけの(たぐい)でないのを確認して、続いてその背後に立って悲劇のヒロインぶっている『愛おしいブリジット嬢』こと、私の双子の妹であるブリジットへと視線を巡らせました。


『愛おしい』って言うけど、一卵性双生児なので顔はほぼ同じなのですけどねえ。

 ウスターシュ様から私は一度として、甘い言葉などかけられたことなどありませんよ。

 口を開けば、やれ生意気だ。やれ出しゃばるな。お前は黙ってろ……エトセトラetc.

 最近は言うだけ無駄だと思って放置していましたし、ウスターシュ様の方もこれ幸いにと名目上とはいえ(大抵の婚約者は名目上の関係だと思いますが)婚約者の私を放置して、かれこれこうして間近でお目にかかるのも二年ぶりくらい、という有様となります。


 その久々の邂逅(かいこう)がまさかこのような馬鹿げたものになるとは思いも寄りませんでしたけれど……。


 ともあれ二年ぶりに顔を合わせたウスターシュ様は、チャラかった雰囲気が生理的に堪えられない域に届いていて、さらに心なしかブラウンの髪の分量がまばらに目減りしてきているような……。まあ御父上であるスゴンザック伯爵も見事な薄毛(スキンヘッド)でしたし、最近の研究にある通り、遺伝と食生活の影響って顕著ということなのでしょうねー。不本意ながら私とブリジット同様に。


 そんな私と同じ顔をしている妹ですが、パッと見の印象は全くの逆で、私がぬぼーっとした地味オンナなのに対して、化粧とファッション、そして八方美人な陽キャなカマトトとあって、一見して薔薇とカスミソウくらいに違います。

 まあ、男の前では「いや~ん、わかんな~い」「っていうかウケる~」「だよね~」でやり過ごすアッパラパーを演じながらも、女相手には超辛口で曲者の養殖天然女なのですが。


 いまも――、

「あああ、お姉様の婚約者を奪ってしまった私は何て罪深い女……」

 といった罪悪感に苛まれているようで、口元が(わら)っている――隠していても、鏡を見るより長年見慣れた私の目は誤魔化せません――妹は、とりあえず長女である私の鼻をあかしたことで悦に浸っている精神状態な上に、基本的にブリジット(コイツ)は私が問い詰めたところで、真面目に人生や物事に向き合わないバカなので、説明を求めるだけ無駄だと判断して、私は改めて鼻息荒いウスターシュ様へと向き直ります。


 時ならぬ騒動――それも婚約破棄というスキャンダラスなネタ――に、通りかかったり憩いのひと時を満喫していた生徒たちが、足を止めて鵜の目鷹の目で私たちの一挙手一投足を注目しています。

 私はただでさえ目立つこととアドリブが得意ではないため、居たたまれなさと羞恥心から即刻この場を後にしたい衝動に駆られつつも、必死に背筋を伸ばして貴族の令嬢としての態度を崩さないようにしながら、目の前でウザいドヤ顔を浮かべるウスターシュ様へ問いかけました。


「ええと、婚約破棄とおっしゃいましても婚約というものは家と家との契約であり、個人の裁量で破棄したり、まして勝手に婚約者を変えるということはできないと思うのですが、スゴンザック伯爵閣下と我が父ジェラルディエール伯爵の許可を得ての発言でしょうか?」

「無論、許可なら得ている。すでに司法院へ婚約解消の手続きと、ブリジット嬢との新たな婚約締結の申請は通っている。父上も『いずれにしてもスゴンザック家とジェラルディエール家との関係に破綻がなければ問題なかろう』と快諾してくださったし、ジラルディエール伯爵閣下も『まあ姉が妹に代わっても持参金は変わりませんし、オレリアなら学園卒業後、修道院へ行くにしても市井(しせい)に降りるにしてもなんとかなるでしょう。幸い次の領主は継嗣である長男もいますし』と納得したサインしてくださった」

「…………はァ!?」


 てっきりブリジットにそそのかされたウスターシュ様が、その場の勢いでの無軌道な暴走をしたのかと思いきや、当事者である私を蚊帳の外に置いて、何してくれてるんですか!? 特にお父様!!

『学園卒業後、修道院へ行くにしても市井(しせい)に降りるにしてもなんとかなるでしょう』

 って、卒園後家から放逐する気満々ですよね!? つーか、今回の婚期を逃したらもう後がないと諦めるの早すぎませんか?!? そりゃ貧乏貴族の次女、三女になると持参金を工面するのが無理なので、長女が片付いたら勘当するなんて話は珍しくありませんが、私長女でしかも私が考案し起業した事業のお陰で領地も潤っているのに!


 妹に婚約者を寝取られた上に、自分の浮気を棚に上げて勝手に公衆の面前で罵倒され、婚約破棄を宣言された傷口に塩を塗りこむように、信頼していた家族にまで裏切られるとか、いくらなんでも理不尽すぎやしませんか私!?!


「――言っとくがブリジット嬢とは、お前が邪推するようなふしだらな関係にはなっていないし、そもそも二股でも急な話でもない」

 そこへ苦虫を噛み潰したような顔と口調でのウスターシュ様の弁明が入りました。

「えっ! なぜ私の考えが……!?」

「常識的に考えて不備がないように準備しとくのが普通だろう。つくづく俺ってバカだと舐められてるなぁ」

 思わず素で尋ね返すと、ウスターシュ様が怒りが一周回って呆れに変わった乾いた笑みで自嘲します。


 そんなウスターシュ様に寄り添って、甲斐甲斐しく支えるふりをしてブリジットが聞こえよがしに当てこすってきました。

「そーなんですよ、ウスターシュ様。オレリア姉様(この女)ってアタシのことも『脳味噌の代わりにピンクの綿が詰まっているだけのアーパー』って内心で見下しているんですよ~。隠していても態度や言動からバレバレだっつーの。そーいう性格だから友達もいない学園ボッチなんですよね~」

「あ~~~~っ」

 さもありなんと頷くウスターシュ様。


 ほっとけ! 成績では入学以来学年中位中位~下位上位を行き来して、口を開けばやれ流行の服だ演劇だスイーツだ、誰それがイケメンだ、誰と誰が付き合っているとか、同レベルの頭空っぽ(空虚)中身(発展性)のない会話を延々と垂れ流す典型的な『お嬢様』とつるむ意味がないので、こっちから距離を置いているだけだつーの!!

 それと意外なことにブリジット(アホ妹)が私の日頃の態度の裏を見抜いて、不貞腐れていたとは……この娘にも自省心らしきものがあったことに、私は内心で大いに驚きました。


「……つまり、ふたりとも私の態度に普段から不満を持っていて、そのことを直接私へ訴えもせずに、このような公共の場で喚き立て、晒し者にすることで留飲を下げるため、わざわざタイミングを計って婚約破棄宣言などという、本来は内々で処理すべき案件を見世物代わりに上演している――という理解でよろしいのでしょうか?」

 ともあれ話が進まないので要点を噛み砕いて、改めてウスターシュ様に呆れ顔で念押しすれば、

「違うっ! 色々と言いたいことはあるが、万の言葉よりも理由なら自分の胸に聞いてみろ! いいか? わかったか? 理由は自分のその胸に聞いてみろ」

 打てば響くような調子で否定され、『自分の胸に聞いてみろ!』と二度同じことを強調して言われました。


 いやまあ確かに最初に言われた瞬間には現実逃避というか正常性バイアスというか、そんな理由で……と、無意識に聞き流していたので、二回言われてようやく理解できたのは確かですが。


 思わず私が反射的に自分の胸元へ目を落とすのと同時に、ウスターシュ様の断言が呼び水となって、周囲の視線が制服越しに私と、ついでに傲然と胸を張って仁王立ちしているブリジットの胸元へと集中します。


 ブリジットの胸は、制服越しにでもはっきりと自己主張をしている『爆乳』とか『メロン二玉』、『そびえ立つ二対の聖なる峰』と異名をとるにふさわしい、脳味噌の代わりに胸に栄養が行き渡ったまさに男の理想の巨乳と言えるでしょう。

 あざとく小走りをするだけで、双丘が右へ左へ上へ下へとボヨンボヨンと跳びはね、こぼれ落ちるのではないかと男女ともに思わず息を止めて凝視(ガン見)すること請け合いです。


 対する私は同じ双子だというのに、どこまでもどこまで広がる大草原。

 子供の頃は親でさえ見分けが難しかったというのに、思春期を境に違い『ジェラルディエール家の凸凹(デコボコ)姉妹の(ボコ)の方』、『妹に養分を取られたダシガラ』、『玄関扉』、『舌平目』、『ホントは男じゃね?』との仇名(あだな)や陰口を(ほしいまま)にし……不本意極まりないことに恣にしてきた実績があります。


「……え゛、まさか……まさかとは思いますが、胸の大小で私を捨ててブリジット()に乗り換えたんですか!?」

「まさかとはなんだ!? これよりも大事なことなんてなかろうが!!」

 私の悲痛な訴えを一刀両断するウスターシュ様。


「俺……じゃなかった、私の苦悩と屈辱が貴様にわかるか!? 学園でもパーティでも、『今日はあのヒラメの婚約者はご一緒ではないのですかw?』と嘲笑らえ。『いや~、胸のない女なんて男も同然だろう。お前、そっちの趣味あるのか? 悪いけど友人辞めるわ。ケツが怖いから』と真顔で長年の友人が離れていく。――それもこれもお前が……!!!」


 激昂するウスターシュ様。

 貴族の殿方の大部分は巨乳崇拝者だとは聞いたことがありますが、まさかそこまで露骨に揶揄されていたとは――女性の場合は妙な連帯感があって、若干マウントを取られる程度で済んでいましたし――私も今のいままで知りませんでした。


「私だってでっかい胸が好きなんだ! 両手で抱えきれないオッパイに囲まれてパフパフしたい……だというにの、肝心の婚約者がコレとか詐欺だろう!!」

 コレとか詐欺とか呼ばれ、注目を浴び付続けている胸を取りあえず二の腕でガードしますが、哀しいかな両手で抱えても寄せて上がる肉も脂もありません。

 まだしも筋肉量で勝る男子の方が狭間(はざま)が作れそうな塩梅です。


「詐欺と言われてもこれは体質的なもので、私にはどうすることも……」

 痛む小さな胸を押さえての私の弁解の言葉も聞く耳は持たないとばかりに、ウスターシュ様は激情のままに暴言を吐き続けます。


「私だって鬼じゃない。五年ほど前から父上とジェラルディエール伯爵閣下に婚約の白紙化をお願いしていた」

「えっ、そうなんですか!?」


 道理でその頃から態度がおざなりになってきたなーと思っていましたけれど、意外と周到に長期戦で足場を固めていたのね。


「だが、そのたびに『まだ判断するのは早計だ』『これから思春期を迎えて娘も立派な淑女(オッパイ)になりますよ』と(なだ)めすかされ誤魔化され――が! 五年待ったが一向に成長しないじゃないか、お前の胸は!! 対照的にブリジットはスクスクと……オレリア、貴様はありもしない将来性をカタに私を騙し、十年と言う時間を無駄にし、精神的苦痛を味合わせた! この程度の公開裁判では気は晴れないが、私に一切の非がないことを証明するために、今日この場を借りて婚約破棄を宣言したのだ!! 慰謝料は後でウチの弁護士から請求されるだろう」

 なんかさらにあり得ない宣言がなされたのですけど、さすがに看過できません。

「失礼ながら、(胸が小さいから騙されたとか)勝手な理由で婚約破棄をしておいて、私の有責で慰謝料とか身勝手にもほどがあります! そういうことであれば我が家の顧問弁護士ともども逆に――」

 鼻息荒く逆襲に転じようとしたところで、ブリジットが気楽な口調で口を挟みました。


ジェラルディエール家(うち)の弁護士ならとっくに匙を投げて、領地にあるソース製造工場を人員ごとそっくりジラルディエール家に譲渡することで示談が成立してるわよ、お姉様~」

「はあああっ!?! なに勝手をしてるのよ、あの工場で作られるソースのノウハウは私が研究したものだし、何にでも合う万能ソース――ウスターシュ様の名を取って付けた『ウスターソース』――は、いまや他国にも輸出されているウチの金の卵を産む鶏よ! それをあっさり手放すなんて……」


 衝撃に次ぐ衝撃に茫然自失となる私に向かって、ウスターシュ様とブリジットが何やら騒いでいます。

「だからそういうところも嫌だったんだ。なんだよ『ウスターソース』って!? お陰で最近は初対面の相手や外国からの要人からも『おおっ、貴方がウスターソース卿ですか!』と間違った覚え方をされるし、王太子殿下に『よう、ウスターソース殿。軽食を食べようと思っているのだが、ソースを持っていないかね?』と聞かれた時には悶死するかと思ったぞ!」

 そしてお得意の逆切れ。

 その尻馬に乗ってブリジット(バカ妹)も訳知り顔で、追い撃ちをかけてきます。

「つーか、お姉様って頭いいくせに脳味噌の使い方が間違っている馬鹿よね~。世の男ってのは妻になる女に愛嬌と体と社交性しか求めてないわけ~。頭のいい女なんて『生意気』なだけだし、『仕事ができる女』なんてのは結婚を諦めた干物女だけなの。お父様はお姉様の事業を再三辞めるように言ってたわよね~。だって社交界に出ると『ジェラルディエール伯爵家は娘を働かせなければならないほど困窮されているのですか?』と嘲笑を向けられるから。幸い工場の権利は未成年のお姉様ではなく、名目上お父様のものだから問題なく処分できるし~」

「あー、それは私にも返って来るな。万一婚約破棄しなかったら、『女房に働かせて食わせてもらっているヒモ男』認定されたわけだ」


 くわばらくわばら……と身をすくませるウスターソース様じゃなかったウスターシュ様を慰めるブリジット。

 あれ? あれれ? なんか立ち位置がおかしくないですか? 私、胸が小さいからという阿呆(あほう)で理不尽な理由で婚約破棄され、巨乳の妹に元婚約者を奪い取られた悲劇の令嬢ですよね? 何の落ち度もないはずなのに、なんとなく諸悪の根源扱いされてません?


「いやいや、待ってください。不可抗力ではないですか、胸の成長など。ウスターシュ様の生え際が危険レベルに突入しかけている毛髪と同じで、手の打ちようがないですよね?!」

 そんな私の訴えに嫌な顔をしながら、ウスターシュ様は隣のブリジットの胸元へと視線を飛ばします。


 その視線の意を受けて傲然と言い放つブリジット。

「私はお姉様と違って成長期に努力しましたわ~。大胸筋のエクササイズ、毎日大ジョッキ一杯の豆乳を飲み、りんご、キャベツ、レーズンそして卵やお肉を食べ、かぼちゃやアーモンドといった豊胸に効果的と言われる食事を心がけ、マッサージ専用のメイドを雇ってこの胸を手に入れたのです」

 その予想外の告白に、思わず「――えっ!?」と驚きの声が漏れました。


 私はもともと食に興味がなかったし、当時バカバカと馬みたいに食事を摂っては食休みをしてマッサージをしてもらうブリジットを、どちらかと言えば見るに堪えない享楽的な生活を送っている刹那主義者として、さっさと食事を切り上げて目にしないようにしていたのですが、まさかそんな目論見があったとは!


「結果は火を見るよりも明らかだな。こうして比べて見れば一目瞭然! つまりオレリア……ジェラルディエール伯爵令嬢っ。貴女は私の婚約者と言う立場に胡坐をかいて、女としての研鑽を積む努力を怠った! しかるべき努力を放棄し、自分の趣味嗜好にだけ没頭し、婚約者を蔑ろにしていた。双方の弁護士も公平な判断を下した結果、お前の有責での婚約破棄となったのだっ!」

 鬼の首でも獲ったかのような態度のウスターシュ――ウスターソース野郎と、ここへきて捲土重来(けんどちょうらい)というか、下剋上を果たしたブリジットが勝ち誇ったドヤ顔で、打つ手をなくした私を見下します。


 周囲の生徒たちも男子生徒は、「いやぁ……しょうがないよな。あの胸は無理だわ」と大半がウスターソースに同情的で、女子生徒は女子生徒で「ブリジット様ならお似合いですわ」と――日頃の縦と横の付き合いの違いから――大部分がブリジットを祝福する側にまわり、思いっきり私はアウェーで針の筵です。


 終わった。私の人生終わった……。

「あたしメリーさん。いま高校の見学に来ているけど、どいつもこいつも色ボケなの……」

 幼年部らしい金髪でなぜか包丁(ナイフ)を持った幼女が通り過ぎていくのを無意識に目で追いながら、咄嗟に幼女を小脇に抱えてテイクアウトして包丁を武器に鐘楼にでも立てこもり、何もかも滅茶苦茶にしてやろうかしら――という刹那的な衝動が湧き起りました。


 そう覚悟を決めたその瞬間――。

「待て! ウスターシュ卿、貴殿が婚約を解消するというなら、私はずっと心に秘めていたこの恋心を解放するぞ!」

 野次馬の列を掻き分けてひと際端正で他を圧するオーラを纏った金髪の美青年が、迷いのない足取りで騒ぎの中心であるこの場へと真っ直ぐに歩いてきました。


「タルタリア第二王子殿下!」

「なぜこの場へ!?」

「いや待て待てっ、直前の宣言って……どう聞いても愛の告白だよな?」

「あの方って女嫌いを公言していなかったか?!」

「秘めていたこの恋心って……ウスターシュ卿相手か?」

「アッ――――――!!」


 周囲の雑音も何のその、真っ直ぐに私に向かってやってきたこの国の正式な第二王子であるタルタリア殿下は、その場で最上級の礼をしながら私の手を取って、真剣な眼差しでかき口説くのでした。

「ジェラルディエール伯爵令嬢。城のパーティで偶然貴女を目にしてから、一日たりともその若鮎のように清涼で鮮烈、流麗な艶姿を忘れたことなどありませんでした。しかしながらすでに貴女には婚約者がいたため、この思いは生涯胸に秘め、醜い脂肪の塊をぶら下げた――」

 一瞬その切れ長の目がブリジットのたわわに実った胸に向けられ、汚物でも見たかのように「けっ!」と小さく舌打ちをしてから、一転してどこまでも優しく慈しむような眼差しを私の胸元へと向けながら続けます。

「どこぞの令嬢と政略結婚をせねばならぬのかと人生を諦めかけていた――だが、なんという天祐! まさかこうして貴女に真心を伝えることができる日が来るとは!! ジェラルディエール伯爵令嬢、私は貴女の囚われ人。どうか私の将来の妻になってくれませんか?」


 さすがは本物の王子様。とうとうと語る告白の言葉が荘厳なオペラのように全身に染み渡り、思わず反射的に「はい」と答えようとしたところで、

「えっと~。タルタリア第二王子殿下ってつまり、噂通りの男好きってわけじゃなくて、お姉様みたいな胸のない女好きってこと~? うわ~、ちょっといい男かと思ってたけど、あり得な~い」

「わっ! 口を慎め。殿下を相手に不敬だぞ――ま、正直タルタリア殿下が変質者の集団である“小胸派”だったとは衝撃的だが」

 ブリジットの空気を読まない発言と、それを(いさ)めるウスターソース卿の続く言葉で、のぼせ上っていた頭が若干冷えました。


 ちなみに『小胸派』というのは、巨乳を是とする大多数の男性貴族に反して、

慎ましい胸(ちっぱい)こそ正義!」

「巨乳など不自然。いわば神の造形への背徳」

「ありそうでない胸がハアハア……!」

 という性癖を持った紳士たちの一派の事で、宮廷貴族の三割ほどがそれに該当すると言われています。

 少数派なのは確かですがそれなりに身分や立場のある方々も多く、大多数である巨乳主義者たちとは水と油――どころか不俱戴天の仇のように反目しあっていると、世事や宮廷政治に疎い私でも知っているほどです(ちなみにジェラルディエール伯爵家の基本スタンスは中立。「どっちでも好きにすればいい」と公言しています)。


「――あの殿下、まことに僭越かつ失礼ながら質問をよろしいでしょうか?」

 本来であれば私から口を開くなど以ての外なのですが、場所と場合――何より、「さっさと聞け!」という周りかの重圧に屈して、おずおずとお尋ねいたしました。

「ふっ――そんな他人行儀な。私の事は“タルタリア”と気楽にお呼びください」


 正式に婚約を結んだわけでもないのに、そんな不敬ができるか~~っ!!!

 と、全力で叫びたいのを無視して、私は貴族らしく迂遠な言い回しで気になっていたことを口に出しました。

「ええと、我がジェラルディエール伯爵家は歴史は古くとも田舎貴族であり、最近ようやくソースの売り上げで持ち直してきたばかりの貴族家としては、ハッキリ言えば斜陽の十把一絡げ(じっぱひとからげ)の存在でございます。まして私は先ほど婚約者として不適格と烙印を捺されて、婚約破棄をされた傷物でございます。輝く太陽にして英邁かつ高貴なるタルタリア第二王子殿下には、到底釣り合う相手とは思えないのですが……?」


「そんなことはない!」

 間髪入れずに即座に否定をするタルタリア殿下。

「空虚な虚言を弄し、流行に群がることを知性や教養とはき違えた御婦人や令嬢と違って、揺るぎない自分の芯を持ってなお揺るがない貴女のその謙虚さ。そして自らの才覚でひとつの食の革命を成し遂げ、平々凡たる父親以上の才覚を示したその聡明さ。そしてどこから見ても非の打ちどころのない美しい立ち姿――」

 と言いつつ殿下の視線は、すとーん! と断崖絶壁のように目を落とせば爪先まで遮蔽物なしに見下ろすことができる私の胸に、慈しみを込めた眼差しを向けて微笑まれるのでした。

「まさに美神の化身。胸は大きければ大きいほど良い? ふん、美の何たるかを知らぬ俗物どもが! 女性の胸と言うのはあるかないか微妙なところを手探りで確認することこそが至高! 巨乳など乳輪もでかくて褐色でグロテスク極まりないわ。その点、小胸は木苺のような……」


 ――結局オッパイかい!


 滔々(とうとう)と夢を語るように目を輝かせて、ちっぱいの良さを力説するタルタリア殿下を前にして、方向性こそ逆だけど本質的には婚約破棄を突きつけたウスターソース卿と同じなのでは? という疑念と言うか確信が湧き上がります。

 そうなるとつまり――。

「あの、殿下。例えばの話、婚約、もしくは結婚後、私の胸が急成長したあかつきにはどのような処遇……」

 確実に目障りだとして捨てられる将来しか見えません。


 そんな私の懸念を、

「「「はははははははははっ、ないない(ヾノ・∀・`) 十七歳でそれなんだから、将来性なぞ考えるまでもない(わ)」」」

 同時に笑って払拭するタルタリア殿下とブリジット、ウスターソース卿。

 立場や主義主張は違うはずなのに、なんでこんな時だけ一致団結するんでしょうかこの三人。


「……お姉様、まあ色々あったけど、別にお姉様の事は嫌いじゃないので~、ここでこんな上玉逃したら一生後悔すると思うわよ~。玉の輿よ、超玉の輿。それにさっき通りかかった幼女に言われたんだけど『結婚に必要なのは、まだいい人がいるかも知れないという自分との別れと、大いなる妥協なの』だそうよ~。含蓄があるわね。最近の園児はためになること教えてくれるわ」

 苦悩する私のもとへとやってきて、ブリジットがいつもの調子ながら姉を案じる妹としての助言をしてくれました。


「……いや、そこでためになることを教えるのは高等部生徒のアンタの方の役割なんだけど」

 思わずいつもの調子で言い返した私の肩から、何か色々と……しがらみとかプライドとか自信とかが、すとーんと落ちたような気がします。


「お姉様って考えすぎて何もできなくなる馬鹿なんだから、考えないで行動したほうがいいわよ~」

「私はブリジット(あなた)こそ後先考えずに馬鹿な事するために、ずっと尻拭いさせられていたと思っていたわ」

 お互いがお互いを内心でバカだと思っていたわけですか。なんだかんだでやっぱり双子なのかも知れません。


「ともあれ」

 私は威儀を正してタルタリア殿下に向き合いました。

「私の一存では何とも言えませんので、まずは父を通して正式な手続きをお願いいたします。――私個人としましては願ってもない良縁であり、事が成ったあかつきには今考案中の新しいソースに殿下の名を冠させていただき、新たな商会を立ち上げて販売させていただければ望外の悦びと存じ上げます」


 ま、王族からの婚約の打診を断れるわけもないですけど。

 そんな存念のない私からの返答に、目を輝かせて喜びに沸くタルタリア殿下。


「勿論だとも! すぐに離宮に戻って必要な手続きと――ああ、国王陛下に了解をいただかねば。もろもろをひっくるめて二週間ほど必要だが、可能な限り可及的速やかに終わらせて、薔薇の花束を持って挨拶に伺うので、オレリア嬢。その時には私の名を冠するというソースをぜひ味わわせてくれ」

 私の両手を取って感動に打ち震えていた殿下ですが、名残惜し気にその手を放すと付き人に言って学園を途中下校する申請と、帰宅のための準備をさせに走らせ、ご自身も身支度を整えるためにこの場を後にされました。


 それと同時に昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴り、まるで嵐が通り過ぎた後のように中庭にいた誰も彼もが、

「俺たちは何を見せられたんだ……?」

「情報量が多すぎて処理しきれないわ……」

 妖精にでも騙されたような顔で三々五々と自分たちの教室へと戻っていきます。


「――なんか最後はよくわからなかったが、まあそういうことで」

「お姉様()お幸せにね~~」

 すっかり毒気が抜けた顔でウスター――ウスターシュ卿とブリジットもこの場をあとにしたのでした。


 そうしてひとり取り残された私は――。

「うわああああああああああっ、いま教室に戻ったら注目の的だわ! 居たたまれない! かと言ってサボるわけにもいかないし……!!」

 頭を抱えて悶絶しまくりです。





 ともあれその後紆余曲折を経て――父であるジェラルディエール伯爵が王家からの婚約の申し入れに、その場で泡を吹いて倒れたり――数年後にはタルタリア第二王子殿下は、第一王子である王太子殿下がすでに結婚をして(お相手は富国のお姫様だったとか)ご嫡子もいらっしゃることから、臣籍に降りて侯爵位を賜り(領地はほとんどない法衣貴族のようなものですが)、私は新たに軌道に乗せた商会を手土産にしてその隣に寄り添うことになったのでした。

 タルタリア殿下、いえ侯爵の名を冠した『タルタソース』は魚介類のフライに抜群に合うということで、ウスターソースとも一部競合しつつも独自路線で販売経路を地道に伸ばしています。


 なおウスターシュ卿とブリジットもまあ似たもの夫婦で、円満に暮らしていると風の噂に聞いていますが、何しろお互いに小胸派と巨乳派の先鋒みたいな立場になってしまったため、お茶会やパーティなどで一緒になる機会も少なく、以前と変わらずにお互いに距離を置いて棲み分けしている感じに収まったのでした(お互いに気楽なので不満はありません)。


 また幸いなことに(?)当初危惧した体形の変化もほとんどなく、夫になったタルタリア様は今日も今日とて私の胸に頬ずりしながら幸せそうに愛を囁いてくれます。


 これは私が理不尽な理由で婚約破棄をされてからの一連の物語。その概要と結末です。

2023/9/6 諸般の事情により、人物名を若干修正しました。

× ジラルディエール → ◯ ジェラルディエール

× タルタリヤ → ◯ タルタリア



8月1日、その日は金曜日に接種したコロナワクチンの影響で、微熱と体全体の痛みがあったため氷枕をして横になっていますた。

 熱も土曜日38℃、日曜日39℃、そして三日目の月曜日は37.5℃と落ち着いてきていたのですが、大事を取って休んでいたところ、なぜかこの話が天から降ってきて「さあ書くのです。書かねばなりません」という誰かの意志に従って、体調が戻ったところで一気に書き上げました。

 ちなみに8月1日は「おっぱいの日」だったそうで、あの幻聴はいったい……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 尻派はどうしたら
[良い点] どっちもクソなタイプの婚約破棄かと思ったらw [気になる点] しれっと混ざるんじゃない包丁幼女w [一言] その幻聴はきっとおっぱいの神様(DxD)だよ…
[気になる点] この後実家はどうなったのでしょうか… というか流石に扱いが酷すぎません? [一言] つまり巨がジルで微が緋ゆ(ここで文章はry)
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