歓迎パーティー
今夜は歓迎パーティーが開かれる為、私は朝から準備に追われていた。
といっても私が何かをすることは無いのだけれどね。
侍女の皆にされるがままの状態で眠りそうになるのを我慢してふと時間を見ればもう十六時を回っていた。
殆ど仕上がってはいるのだけれど、細部まで丁寧に確認を行う皆のプロ魂には恐れ入る。
「仕上がりましたわ!」
「今日もお美しいですわ!」
「他国の方々もお嬢様に見惚れる事間違いなしですわ!」
それは流石に言い過ぎだと思うわ。
だけど、やり切った表情と達成感に浸っている皆にはそんな事は言えない。
此処は黙っているに限る。
準備が整い時間が来るまで部屋でくつろぐのだけれど、お客様がいらっしゃったとの事で応接室へと赴く。
(一体誰がいらっしゃったのかしら?)
疑問に思いつつ応接室へと入ると、そこにいらっしゃったのはクロヴィス様だった。
何時も格好良くていらっしゃるけれど、今日はいつもの比ではない。
それも私と揃いの衣装に身を包まれているので、恥ずかしくもあり嬉しくもあり、もう色んな感情が入り混じっている。
クロヴィス様に目を奪われて立ち尽くしていると、いつの間にか目の前にいて私を下から覗き込んでいた。
「いつもに増して綺麗だな。よく似合っている」
「っ‼ クロヴィス様、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。素敵なドレスをありがとうございます。その⋯⋯クロヴィス様もとても素敵ですわ」
私がクロヴィス様を見上げながらそうお伝えすると、嬉しそうにふわりと笑う姿にまた目を奪われた。
(ダメ! 素敵過ぎて緊張してしまうわ)
「大公殿下、一体いつまで私の前で娘と見つめ合っているおつもりです? 力づくで引き剥がされたいのですか?」
お父様の笑顔の冷え切った声音ではっとなり、私はお父様達とも挨拶を交わすと、私をクロヴィス様から遠ざけて今日の装いを褒めて下さった。
お母様はとても優雅に微笑んでいらっしゃるけれど、その表情は全く読めない。
周囲を見てもお兄様がいらっしゃらない。
お兄様はまだなのかしら。
そう疑問に思っていると、お父様が「ジルは先に王宮へ行っているよ」と教えて下さった。
私はお母様と、お父様はクロヴィス様と話をしているとお父様から声をかけられた。
「時間だ、そろそろ出発しよう。あぁ、大公殿下、先に申しておきますが、私達の可愛いセスに群がる毒虫から護っていただけますよね?」
「そのように凄まなくても勿論だ。セスは私が護るなら心配するな」
「護っていただけることには感謝しますが、殿下? 貴方も近づきすぎませんように、くれぐれも! お願いしますね?」
そのお父様の言葉にクロヴィス様は「相変わらず怖いな」と呟いたが、慣れている為か全く意に介していないのが流石だわ。
そして私達は王宮へと着き、お父様はお母様を、私はクロヴィス様にエスコートされ会場内へと進む。
私はクロヴィス様のパートナーとして一緒に入場するのでお父様達よりも後で名前が呼ばれ、ホールに足を踏み入れれば、その注目度の高さに珍獣にでもなった気分になる。
皆婚約を白紙にされた私を見物にしているのがよく分かる。
内心うんざりしてしまうけれど、表情は妃教育、というよりもお母様の教育の賜物で優雅な笑みを絶やさず、挨拶に応じている。
そうしていると、レイヴェルス女王陛下がクライン大公殿下にエスコートされ会場内に、とマリオネ国王陛下、並びに王太子殿下も颯爽と会場内い姿を現した。
そしてその後に国王陛下と王妃殿下、そしてユベール殿下が姿を現し、歓迎パーティーが始まった。
陛下の挨拶が終わり今はダンスを楽しむ者や純粋に談笑する者、腹の探り合いなど様々だ。
私はというとクロヴィス様と共に国内の貴族達から話しかけられていたのでそちらの対応をしている。
何せクロヴィス様がこちらに戻られてから日も浅いので話がしたくてたまらないのだ。
それだけでなく、側に私がいるものだから皆さんの興味も一入だ。
「皆セスに近づきたくてうずうずしているな」
「まさか。婚約を白紙にされたばかりの令嬢など、ただの興味本位でしょう」
「それはないと断言できるよ。セスは綺麗だからな。それに元々次代の王妃にと選ばれたのだからその能力を加えて近づきたい虫は多いのさ」
「お父様も仰っていましたけれど、その虫って男性の方を差していらっしゃるのですか?」
「そうだが、私は除外してくれると嬉しいな」
「勿論ですわ。大公殿下をそのように思うなどあり得ません」
「嬉しいな」
クロヴィス様と話をしているとロース様とクライン大公殿下がいらっしゃったので会話を止めて挨拶を交わす。
「これは、女王陛下の美しさが一際目立ちますね。皆の視線が陛下に釘付けです」
「そのような見え透いた世辞は良い。それよりもセレスは優美だな。フォルジュ大公には勿体ない」
「それはどういう意味ですか?」
「腹黒な大公には勿体ないと言っているんだ」
クロヴィス様は笑顔で聞き返すがそのお声は何処か棘がある。
陛下もそれにはいに返さずさらっとクロヴィス様を腹黒呼ばわりしているし⋯⋯仲がいいわ。
そんな事を思いながら陛下にお返事を返す。
「陛下、お褒め頂き恐縮です。陛下の美しさには負けてしまいますわ」
「そのような事はない。叔父上はどう思われますか?」
まさかそこでクライン大公殿下に話を振るとは思わず、ちょっと緊張する。
この間初めて挨拶を交わしたばかりなので、緊張しながら殿下に視線を移すと、すっと私に視線を向けて表情の変わらない冷えた視線で言葉を発する。
「陛下の仰る通り年齢にそぐわぬ美しさを兼ね備えておりますね」
「ほらね」
「ありがとう存じます」
表情からはどう思っているか分からないわ。
お世辞でしょうけれど。
世間話から段々と政治の話へと変わっていくが、そこにマリオネ国王太子であるベルティーニ殿下とユベール殿下がいらっしゃった。
陛下はお父様とお話をされているわね。
「皆様お揃いで、私達もご一緒させて頂いて宜しいですか?」
「勿論です」
「陛下は相変わらずですね。僕に対して素っ気ない。ユベール殿下は陛下をどう思いますか?」
「僕は陛下や殿下にお会いするのは今回が初めてですので推測になりますが、陛下が殿下に対してだけ素っ気ないのだとしたら、殿下が何かなさったからなのではないでしょうか?」
「その通りだ! 兄と違ってユベール殿下は聡明だな」
「確かに、ユベール殿下は何というか、可愛がりたくなるタイプですね。これから仲良くやっていきたいものです」
「そう言って頂けると恐縮です」
ユベール殿下は臆する事も無くそう言ってのける所を見るととても頼もしく成長されているので嬉しく思う。
次代はユベール殿下で進んでいっている。
側近の二人も陛下やベルティーニ殿下の側近方と話をしているのを見ると安心するわ。
「話は変わりますが、クレージュ嬢は今お相手がいらっしゃらないのですよね」
「お恥ずかしながら⋯⋯」
「いいえ、僥倖です。私が名乗りを上げても宜しいでしょうか?」
(何故急に?)
私が内心驚いているとクロヴィス様が私の代わりに拒否してくださった。
「ベルティーニ殿下、クレージュ嬢は現在相手を求めていません。それに、彼女を求めるのなら先ずは公爵に話をしないといけませんよ」
「クレージュ公爵か。彼、ほんと良い性格をしているよね。話していて面白いけど、令嬢をとなると目の色変わりそうですね」
「目の色どころの話ではないと思いますよ。お覚悟なさった方がよろしいかと。そうそう、私も彼女をそうやすやすと変な男に渡す気はありませんよ」
そういうクロヴィス様の瞳が一瞬剣呑さを帯びた。
護られている事に嬉しく思うが、殿下を変な男呼ばわりした事に対して少し心配になる。
甘えていると言われたらそれまでなのだけど、実際まだ何処にも嫁ぎたくないので何と思われようが素直に甘えておく。
「怖い二人だね」
「二人だけじゃない。彼女の兄弟や夫人をも相手どらないといけないから、大変だと思いますよ」
「それはかなり手強いな」
そういうとぼそっと「令嬢は婚姻できないのではないか」と呟いた。
いずれは結婚するつもりだからそれはないわ。
他国でもお父様達の評判は国内と一緒なのね。
話が一区切りついたところで私達はまた別の貴族達と言葉を交わすが、ある程度落ち着いたところでクロヴィス様に断りを入れて席を外す。
会場を出て化粧直しにいき一度頭の中を整理する。
そして会場に戻ろうとした時、何か視線の様なものを感じた。
好意的な視線ではなく敵意に満ちたもの。
このまま会場に戻ったら流石に何もしてこないだろうが、捨て置いていいものか⋯⋯
いや、一旦会場に戻ろう。
お父様とお会い出来たら一番なのだけれど。
会場内に戻り、お父様を探しつつクロヴィス様の元へ向かおうとするのだけれど、その間にも私が一人だった為にダンスのお誘いを受けたり会話をしようと寄ってくる人達が多数いてやんわり断りを入れつつ進むが、敵意に満ちた視線が無くなることは無い。
(これは、私に対してかしらね。ずっと視線が追ってくもの)
その視線にうんざりしつつも漸くクロヴィス様の元に辿り着いた。
「お帰り。相変わらず虫が沢山集ってたな」
「あの程度でしたら問題ありませんわ。クロ⋯⋯」
「フォルジュ大公殿下! やっとお話しできますな」
私がクロヴィス様に報告しようとするとマリオネ国の外交官がいらっしゃったのでそちらに意識を向ける。
これは暫く報告できなさそうだわ。
集中して話を聞く一方で頭の片隅にはあの視線を気に留める。
漸くお話が終わり、私はクロヴィス様に敵意に満ちた視線の事を報告する。
「その視線はまだ感じるか?」
「はい。ただ視線だけでその人物が誰なのかまでは分かりません」
「落ち込むことは無い。が、少し私に付き合ってくれるか?」
「勿論ですわ」
クロヴィス様に連れられて訪れたのは会場から少し離れた庭園だった。
そうは言ってもまだこの場所は招待客なら来ることが出来る場所。
中には秘密の密会として使用する者もいればただ単に休憩に出てくる者もいる。
私達はそのどちらでもないけれど、クロヴィス様と二人でこのような場所にいるとそう見られても不思議ではない。
「セス」
徐に立ち止まったと思えば、私の名を呼びそっと抱きしめられた。
その思いがけない行動に動揺してしまう。
(えっ⁉ どうしてクロヴィス様に抱きしめられてるの⁉)
耳元で囁かれるクロヴィス様の息遣いとこの状況に身体を硬直させてしまう。
こんなことされると勘違いしてしまいますよ! と冷静なら声を大にして言っているところだけれど、今の私は少し冷静さに欠けている為にただされるがままになっている。
クロヴィス様の逞しい身体に優しく包み込まれる様な安心感はあるが、どうしていいか分からず手が彷徨う。
私の動揺を知ってか知らずか耳元で名を呼ばないで欲しいです!
ドキドキが止まらず恥ずかしい⋯⋯
「あ、あの、クロヴィス様?」
私が呼びかけると漸く身体を離してくれたが、何故か少し寂しく思う。
恥ずかしさに私の顔はきっと赤くなっているわ。
私はどうしてこのような事をしたのかとクロヴィス様を見上げると、いつもと違う表情にまたドキッとする。
なんというか、色気が凄すぎる!
(どうしてこうなったの⋯⋯)
内心疑問だらけで如何して良いか分からずにいると、クロヴィス様の手が私の頬を撫でる。
それだけで私はまた内心荒れ狂う。
(あの視線の話からどうしてこうなったの⁉)
そう本来の目的を思い出すと、少し冷静になれた。
冷静になると思考が動き出す。
(もしかして⋯⋯)
そう思っているとクロヴィス様のお顔は目の前だった。
今にも口づけされそうな⋯⋯
「クロヴィス様‼」
はっとして私がそう叫んだ時、それは弾かれていた。
そう、クロヴィス様に口づけされそうになった時、私達にというか私を狙って攻撃した者がいるのだ。
それと同時に叫ぶ声。
女性特有の甲高い声は私を狙った者。
その声には聞き覚えある⋯⋯が、どうしてこのような場所にと、彼女はまだ牢屋にいるはず。
「どこで出てくるかと思ったが、遅かったな」
(クロヴィス様はご存じでいらっしゃった?)
片腕で私を抱き寄せている姿を見た彼女はそれはもう私を殺してやると言わんばかりの表情でこちらを睨んでいた。
が、はっきり言って怖くもなんともない。
周囲にはもっと怖い方々がいらっしゃるので、あの程度何とも思わない。
「さて、自分が何をしたか理解しているか?」
優しいとも思えるような声音で彼女に問いかける。
彼女、ラスティ・ピマン・フィセル子爵令嬢いえ、今はただのラスティ嬢ね。
優しいクロヴィス様の問掛けにラスティ嬢は表情を一変させ、悲劇のヒロインかのように目を潤ませてクロヴィス様に訴え掛けた。
「わ、私は決してクロヴィス様を狙ったわけではなく、そこのセレスティーヌ様から守ろうとして⋯⋯」
(誰が誰から守るって?)
言われた意味が分からないわ。
それよりも、クロヴィス様を名前で呼ぶなんて⋯⋯私も彼女に名前呼びは許してない。
そこはクロヴィス様も同じで心底嫌そうな顔をしていた。
「何故セスから守るという発想になるんだ? それよりも、令嬢に私の名前を呼んでいいと許可は出していない。不敬もいいところだな」
「で、ですがセレスティーヌ様も名前で呼んでいらっしゃいます!」
「セスは私が許可をしているからだ。お前は本当に元貴族か? 全く教養がないんだな。呆れるよ」
「何故ですか!? 私は、クロヴィス様をお助けしたいだけですのに⋯⋯」
「咎人が何故私を助けるなどと突拍子のない発想になるんだ? 話すならまともな事を話せ」
「ちゃんと話しています! クロヴィス様はセレスティーヌ様に騙されているんです。それに、クロヴィス様の隣りにいるのは本当は私でなければならないのです」
「居葉が通じているとも思えない。話にならないな」
クロヴィス様に同意するわ。
話が全く噛み合っていないし彼女が何を言いたいのか全く理解できないのだから。
「どうしてセレスティーヌ様のような悪女をそばに置くのですか? 人を人とも思わないような自分勝手な振る舞いをされるのですよ! それに、弱い者苛めをするような人です。そんな方がクロヴィス様には相応しくありません! 私ならクロヴィス様をお助けすることができます。癒やして差し上げれます。セレスティーヌ様もクロヴィス様から離れてください! 貴女がそばにいればクロヴィス様が穢れます!」
私、すごい言われようね。
この場にお父様達がいなくてよかったと心底思うわ。
彼女は一体何が目的なのかしら。
分かる事と言えば、彼女はクロヴィス様や私に対して分かり易い失言の数々と無礼な振る舞いは許されるものではない。
それを指摘しているにも関わらず直す素振りもない。
そもそもこちらの話を聞く様子がないからね、罪を重ねることも頷ける。
クロヴィス様はとてもお怒りなのは見て取れるが、口を挟もうとしない。
「何故何も言ってくださらないのですか!? 悪役令嬢はさっさといなくなればいいのよ! 本当は国外追放されているはずなのに!!」
今の発言は⋯⋯彼女も前世の記憶があるのかしら。
⋯⋯それにしては発言が可怪しいわね。
というか、彼女の発言はあれよね、まるで物語があり私達がそれに沿っていないからと怒っているのね。
という事は⋯⋯前世で言う彼女は異世界転生とかヒロインとかの部類になるのかしら。
それを言うと、私も前世の記憶があるからそうなるのかしらね。
そうだとしても、現実を精一杯生きている私にとっては迷惑な話でしかない。
あちらの物語なんて関係ないわ。
地球なんてちっぽけなもので世界は広い。
色んな世界があっても不思議でもなんでもない。
私はここに生を受けて生きているのだから。
「言いたいことはそれだけか?」
「クロヴィス様! 私を信じてください!」
クロヴィス様は大きな溜息をついた。
「寝言は寝てから言え。そもそもお前は使用してはいけない薬物を使っていた時点で犯罪者だ。それだけ演技ができるなら学園ではなく劇団に行くべきだったな」
「演技ではありません!! 何故私を信じないのですか!?」
「これ以上お前と言葉を交わす必要性は感じない」
そういうとクロヴィス様は魔法であっさりと彼女を拘束した。
それだけではなくて言葉を発することないように彼女の声も封じたようだ。
そして何処からともなく現れたクロヴィス様の手の者に連行されるのを見届けると私はほっと一息ついた。
歓迎パーティーが裏でこんな事になるとは。
パーティー自体に影響が出なかっただけ良かったと思うしかないわね。
それにしても⋯⋯何というかお粗末だわ。
私は先程の事を思い返してはぁと溜息をついた。
ご覧頂きありがとうございます。
ブクマ、いいね、評価をいただきとても嬉しいです。
次回は来年一月中に更新出来るように頑張ります!
今年も沢山読んでいただき、本当にありがとうございます。
来年もよろしくお願い致します。