霧が晴れるように
「事情は理解しました。だけど……どうして、わたしには何一つ教えてくださらなかったのですか?
わたしはお父様やお母様の仕事すら知りませんでした」
クレアは母に寄り添いながら、泣き腫らした目で、父ウィリアムを責めるように見たのだった。
母カリンナはそんな娘をぎゅっと抱きしめると、ごめんなさいクレア、違うのよ、貴女を騙すとかそんなつもりなどなく、、と嗚咽を漏らした。
「クレア、君に責められても仕方ない。私達がいなくなった後、君には散々苦労をかけたと聞いている。済まなかった……本当に済まない、許してもらえるとは思えないが、謝らせてくれ」
ウィリアムもまたクレアの側に寄り、その腕で妻と娘を抱きしめた。
「ただ、クレアが狙われる事だけは避けたかったのだ。敵は大物、しかも隣国も動いているとなれば、クレアを守るためには、何もかも秘密裏に動かねばならなかったんだ」
*
クレアが困らぬ様にと、私はジョージ・エヴァンズに後の事を頼んだ。
乗っていた馬車が襲われた時、ジョージは御者として付いてきていた。敵は相手にならぬほど弱かったが偽装工作は必要で、その後始末をしたのがジョージなのだ。
私はジョージに、クレアの後見人となる事を頼み、レスター殿の婚約者として我が娘同様に扱って欲しいと懇願した。
しかしジョージがしたことは、爵位の返上手続きと、館の処分に使用人達の解雇、そして婚約解消だった。
後からその事実を知った時、友人だと思っていたジョージに裏切られた事に少なからずショックを受けたんだ。
ただ、我々のような仕事をしている者は、私情で目を曇らせる事はあってはならない。その事に思い至った時、ジョージに取っては、本来ならブロイセンの王女であるクレアですら、出自を隠している以上は捨て駒にしか過ぎなかったのだろうと思い至った。ましてやジョージは、あのアルヴィン殿下の腹心なのだ。たまたま利害が一致したので私に協力しただけなのかもしれない。私はジョージにまんまと騙されていたのだと、当時はそう考えていた。
それにしても後悔ばかりが残るのだよ。
大切な娘のクレアが、平民となって辺境でメイドの仕事をしていたのだから。
本来なら姫として敬われ大切に扱われるはずのクレアが、辺境の荒くれ男どもの中に放り出されて、怖さと寂しさで震えてやしなかったかと、今でも胸が痛む。
しかし、クレアが辺境へ行ったのは、全ては陛下の采配であったのだ。私が許せないと思ったジョージの行動も全て、陛下の指図に寄るものだと、後から知らされた。
敵を欺くにはまず身内からと言う。
我々はすっかり陛下の掌の上で踊らされていた。
ブロイセンへ渡り、変装し偽名を用いて、町の修理屋として市井の住民達から情報を集めている時に、ゴールドバウム王国からの使者がやってきた。そこで初めて、クレアが平民となり辺境の地へ追いやられたことを知った。しかしその使者は、ランバート辺境伯からの親書も携えていたのだ。
ランバート殿は、クレアは預かり守るので安心されたし、と力強いお言葉を伝えて下さった。
クレアはランバート閣下によって守られていたのだよ。
また、アリア様の暗殺に関しても、ゴールディング大公が関わっている可能性が高い事を知らされた。
そうだ。血の繋がった妹君の死を、大公は望んだのだった。
第二王子派閥と手を組んだのだ。そこら辺の詳細は本人から聞きたいところだが、多分、第二王子に姫が生まれたら子息のどちらかを王配として受け入れる、とでも約束したのではないだろうか。
アルヴィン・ゴールディングという人は、歪んで屈折した劣等感を持ったお人だから、我が国のみならず、ブロイセンの王権も手中に入れたかったのだろう。
そんなゴールディング大公にとってはクレアは生きていては都合の悪い人間だった。
勿論、大公はクレアの存在を長らく知らなかった。私達は巧妙に隠し続けていたから。
レスター殿との婚約も隠れ蓑であり、ゆくゆくは解消するつもりではあったが、まさかあの状況で解消されるとは思わなかったがね。
いや、レスター殿が謝ることではない。貴方もまた犠牲者と言えるだろう。婚約解消後、アトキンズ伯の養子になったと聞いた。
貴方は魔力持ちなのだろう?ジョージはアルヴィン殿下の興味が貴方に向くことを恐れて、家から出したのだろう。
*
話を聞き終えたレスターは項垂れていた。
「父がしでかしたクレア嬢への仕打ち、言葉もありません。
自分の不甲斐なさが悔しい。本来なら俺が守らねばならなかった人を、陛下のご差配とは言え、不安な気持ちのまま彼女を辺境へやってしまって事が悔しいのです」
父の告白に、理解と納得の狭間で揺れていたクレアは、レスターもまた辛かったのだと知り、全てを水に流そうと決めた。
「レスター様。過ぎた事はもう忘れませんか?わたし達は子どもでしたもの、どう足掻いても自分の力では何も出来ませんでした。
でも、今のわたし達には未来があるのです。両親も戻ってきてくれました。ファインズ伯爵家を再興させて、ランバート閣下が招いて下さった辺境の地で、家族水入らずで新しい生活を始めませんか?」
「クレア……」
「まだゴールディング大公は見つからないし、リリアン王女殿下のご様子も気になります。ランバート閣下や屋敷の皆さんにもお礼を伝えたいですし、マーサやジョシュアにもちゃんと説明したい。しんみりとしている時間はありませんわよ」
「そうだな。俺は君を幸せにする為にこれから生きていくと決めたのだもんな」
レスターは面を引き締めると、ファインズ夫妻に向いて膝をつき頭を下げた。
「貴方がたの大切なご息女クレア嬢を、一生の伴侶として娶り愛することを許していただけますようお願いいたします。
もう2度とこの手を離す事はありません。わたくしのこの命にかけて、一生守りぬきます」
「レスター・エヴァンズ殿、どうか娘を、クレアを幸せにしてやってください。よろしくお願いします」
ウィリアムはレスターを立たせると、静かに深く頭を下げた。
「お父様、お母様、わたしはとても幸せです。レスター様がどんな時も守ってくださいますもの」
クレアとレスターは顔を見合わせて微笑み合った。
お読みいただきありがとうございます。
クレア父による説明回でした。




