嵐の前
この国の名前を初めて出しました。
ゴールドバウム王国です。
クレアたちが王都にやってきてから3ヶ月、社交シーズンも残りわずかとなった。
はじめは早々に辺境に帰る予定にしていたランバート辺境伯家の面々は、残り少ない王都の日々を楽しむべく過ごしていた。
この間に変わった事と言えば、クレアの身分が正式にファインズ伯爵令嬢に戻った事、そしてレスター・エヴァンズ伯爵子息がその婚約者となった事だろうか。レスターはファインズ家へ婿入りし、クレアは女伯爵となる事が決まっている。女性で爵位を賜る事は珍しいことだが、クレアの後見人はアルフレッド国王であり、クレアの母が国王の妹のアリア王女である事から、すんなりと認められた。
ゴールドバウム王国民の目下の話題は、次期国王が誰になるのかという事だった。
国王の後見を得たクレアは、可能性は低いものの王位継承権利を有する。また、ゴールディング大公家には優秀な男子が2人いる。そして王女達は婚約者を決めておらず未婚である。
当然のごとくクレアは継承権を返上した。クレアはあくまでファインズ伯爵の娘であり、自分の居場所は辺境であると宣言していた。そして婿として迎えるレスターと共に、辺境の地で生きると決めていた。
もとより領地を持たないファインズ家であるので、国王の好意で、ランバート辺境伯領に隣接した小さな領地―その場所はランバート辺境伯が代理で管理をしていた―を賜る事となったのは思いがけない幸運で、クレアは何よりその事を喜んだ。
全てが解決した後で、秘かに生存を知らされているファインズ夫妻を辺境に呼び寄せるという目標が出来たのだから。
*
そんな中、いよいよ王都の社交シーズン最大の行事である、王家主催の舞踏会が近づいてきた。
転機というものはいつやってくるかわからない。
後継者問題が勃発しそうな中で、ゴールドバウム王国の同盟国の第二王子と、リリアン王女が見合いの席でお互いに恋に落ち、婚約したのである。2人は一年後に結婚して、第二王子は王配になる為に婿入りし、リリアン王女が次の統治者になることが決定した。
あまりにも急に進んだ話に慌てたのは、王弟であるアルヴィン・ゴールディング大公だった。
王家とは違い大公家には息子が2人いる。そのどちらかに王女を娶らせ、次期国王として即位させるという目論みはあっけなく潰えた。
それならばと、隣国ブロイセンの王女であるクレアを担ぎ出し、彼女の婿に息子をあてがってブロイセンを支配するという野望も、クレアとレスターの婚約で儚く消えてしまった。
クレアはアルフレッド国王を通じて、隣国の国王に連絡を取ってもらった。今の国王はクレアの実父の弟である。王太子だったクレアの父は、母の命が奪われた政変時に命を落としていたのだった。
彼はアリアが小さな命を産み落としていた事も知らず、妻の死に絶望していたところを、第二王子派閥の貴族に毒を盛られた。
しかし、第二王子は兄を深く慕っていたので、第二王子派閥の傀儡になる振りをして、国王として即位した後、兄夫妻の命を奪った人間たちを全て葬り去ったのである。
有力な貴族達が減りまっさらになった国で、新しい国家を作るためにブロイセン国王は孤軍奮闘していた。能力のあるものは下位貴族や平民からも採用していった。とにかく人手が足りないのである。実際、現在の宰相は数年前にふらりと現れて、みるみる間に頭角を表した人物だが、その出自はよくわかってはいないのだった。
そのような人物を国家の中枢に据える事に反対していた旧派閥の貴族達は、過去の罪を問われ断罪される事になる。
ブロイセン国王は、兄とアリア妃の一人娘が生きているという知らせを受け取り、姫を正当な王位継承者として迎えるべく張り切っていたが、その姫自身が、王位継承の火種になりかねない事から、自分は死んだものとして欲しいと願い出た。
そもそも、クレアが生まれてきていた事を、ブロイセンの王家の人間は誰も知らなかったのだから、アリア妃が命がけで出産していた事はまさに青天の霹靂だった。
クレアを不幸にしたくないゴールドバウム王国と、余計な争いを避けたいブロイセンの、両国の思惑が一致した結果、クレアはただのクレア・ファインズとして生きてゆく事になった。
クレアを利用して、ブロイセン国を乗っ取るつもりだったゴールディング大公は、一見飄々と過ごしていたが、腑の煮えくり帰る気持ちを抑える事が出来なかった。
(こんな筈ではなかった)
漆黒の旅団事件を契機として、更なるテロ攻撃を偽装するつもりだった。そしてその不始末不手際を理由に、兄を追い込んでやるつもりだったのに、兄の治世は安泰で、首謀者のジェマーソンが行方不明のため真相は闇の中。しかも最近では、怪しいビラが王都のあちこちでばら撒かれている。
『アルヴィン・ゴールディングの偽善と罪を暴く』
『漆黒の旅団事件は冤罪であり、大公の自作自演である』
黒い紙に白抜き文字で書かれたビラはそれでなくとも目立つ。そして真偽が分からないが故に、人々に不信感を植え付けるのに効果的だった。
アルヴィンの苛立ちはピークに達しようとしていた。
*
アルヴィンは権力欲の強い人間なので、兄である国王の事を凡庸な人間だと見下している。
(アルフレッドは弱すぎる。切り捨てるべきものを、切り捨てられないのは為政者として失格だ)
側妃から生まれたというだけで、権力を掴み損ねた男は、人好きのする笑みを浮かべながらも、内心はドス黒い嫉妬心で満ちていた。何とかしてあの兄を国王の座から引き摺り下ろす、それだけを願って生きてきた。
妻は元々兄の婚約者だったが、兄に絶望させるために奪い取ったし、息子達2人には英才教育を施し、お前たちのうちどちらかが、次期国王になるのだと言い続けた。それなのに。
地下牢に入れたはずのジェマーソンの娘シェイラが失踪してひと月たつが、消息はまだ掴めない。あの娘が何かを手土産に生き延びていると考えると怒りが込み上げてくる。
子飼いにしているエヴァンズに、シェイラを探させるもいまだ見つからない。そもそも、エヴァンズは真面目に捜索を続けているのか?
リリアン王女が婚約を発表する舞踏会まであと2週間。
このまま王弟として朽ち果てて良いのか?
知力も剣の才能も見栄えも、あの兄と比べて劣っているところなど一つもないのだ。寧ろ兄より優秀な自分が、ただ側妃の産んだ王子というだけで、何故このような屈辱を味わねばならぬのだ。
いっその事、王家全員を始末するか、、
アルヴィンの赤い目に不吉な光が宿った。
*
舞踏会前日のランバート邸では上を下への大騒ぎ中である。
この大舞踏会で、身内のクレアとレスターの婚約が発表されるのだ。辺境伯夫人のマリアンと、クレアが着るための豪華なドレスや装飾品などが運び込まれ、王宮からは侍女達が手伝いにやってくるし、普段はひっそりしているタウンハウスは、賑やかで華やかであった。
男性陣は役に立たないからといって、当主のユーインとクレアの婚約者であるレスターは談話室へ追いやられていた。
「いよいよだな」
ユーインの声にレスターは頷いた。
「これ以上なく完璧な舞台です。腕がなります」
「いや、大立ち回りは近衛に任せるよ。なあ?」
ユーインの問いかけに、隅に控えていた男が姿を現した。
「わたしは近衛ではないのですが」
特徴のある銀色の髪をした男、ジョシュア・ノックスは面白くなさそうにその美しい顔を歪めた。
ジョシュアは、本来第三騎士団の特殊部隊に所属しており、主な任務はスパイ活動だ。数年前より、王国を震撼させた漆黒の旅団を探っている。今回、大舞踏会には王族や高位貴族を警護するための、近衛騎士に扮装して潜り込むことが決まっている。
「それにしても、僕が調査している間に、あんたは何やってくれてるんです?まさかクレアと縒りを戻すとか、正気なのか?
あんたは、クレアを捨てたくせに」
「捨てた訳ではない。父に妨害されてただけだ」
「だからといって、婚約破棄したやつが、今更なんだ?2度目の婚約とか笑わせんなよ」
一触即発のジョシュアとレスターに、ユーインは笑った。
「お前たち。喧嘩は外でやれよ」
はっとしたジョシュアは、すみませんと頭を下げて、話を続ける事にした。
ジョシュア達特殊部隊の下した結論では、ジェマーソンは冤罪であり、首謀者は別にいて、それはゴールディング大公に他ならないという事は地道に集めた証拠から判明している。
何より証人のシェイラ・ジェマーソンを確保している。
しかも大公は、レスターの兄マイケルの妻だったセリーナの実家の男爵家の犯罪にも関わっていたという。
男爵家とセリーナを見張る為に、エヴァンズ家にその役目を押し付けたのである。
エヴァンズ伯爵は、いわゆる王家の影を担う一族なのだが、同じく影のファインズ伯爵が兄のアルフレッドを支え、エヴァンズは弟のアルヴィンに仕える事になったのは、亡くなった前国王の采配によるものだった。
そして、自分の計画に気付いたファインズ伯爵夫妻を、エヴァンズに命じて始末したのも大公なのだが、実際はファインズ伯爵夫妻は生存しており、身を隠して潜んでいる。
エヴァンズ伯爵は敵なのか味方なのか?
レスターは養子に出された時から実家とはほぼ縁を切っていたので、父の思惑を知りようがなかった。
女たちが明日の舞踏会の準備に余念が無い中、男たちもまた、其々が願う最善の結果に向けて動き出していた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、大舞踏会です。




