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通い合う心

 その知らせを聞いた時、目の前が真っ暗になった。身体中から力が抜けてへなへなとしゃがみ込む。

「お父様とお母様が……嘘でしょう?」

「お嬢様!」

 マーサの声が聞こえる。誰かが支えてくれている。心配そうに覗き込む青い瞳、ジョシュアだ。


「神よ!なぜお嬢様の大切なご家族を奪い続けるのです!」


 場面が変わると、どこかの客間の椅子に座っていた。

「どうか、よろしくお願いします。」少女は目の前の男性に頭を下げた。あれは15歳のわたし(クレア)だ。

「貴女が決して困ることの無いようにする。使用人たちの事や屋敷の処分については安心して任せて欲しい。」


 15歳のわたしはお礼を述べるとマーサに連れられて帰ろうとして、ふと庭先に立つ黒い髪の少年を見た。青い目がわたしを射抜く。わたしは視線を逸らしたが、目の前に扉が現れた。

 開けてはならないと思うのに勝手に手が動く。


 扉を開いたらそこにいる執事のような男がニヤリと笑い、瞬時に黒髪の女に変化する。


「漆黒の旅団?何、それ?貴女達それを信じているの?

 何が真実で、誰が嘘をついているか、よおく考えなさい。」


 女の顔が変化して溶けてゆく。あれはセリーナ?


「利用価値があるから優しくしてるだけ。この家の男はみんなそうなのよ。」

 セリーナは憎々しげに吐き捨てた。



 クレアは暗闇の中で目を覚ました。悲鳴は辛うじて飲み込んだ。見慣れぬ天井、ふかふかのベッドは天蓋付きである。


 王家の人々との対面は和やかに進み、従姉妹達に請われてこの日は王家の居住区である奥宮に泊まることになったのだった。レスターとヘレナは帰されたので、クレアはたった一人で敵地に乗り込んだ気分だった。せめて護衛のレスターだけでも側にいて欲しかったが、国王は近衛騎士の中から護衛を見繕うと言い出したので、クレアは全力で拒否した。


「どうか護衛に付けてくださるのなら、レスター・エヴァンズ様をお願いします。辺境でも苦難を共に乗り越えました。心から信頼している方なのです。」


 さらには国王一家の一員とするという提案に対しても、丁寧に断った。

 自分の出自を知り、本当の両親を知った事は喜びであるけれど、生まれて間もないわたしを見つけ大切に育ててくれたファインズの両親の事を誇りに思うのです、と。


「わたくしは、出来ることならば、陛下にお許しいただけるのであれば、ファインズ伯の名を継ぎたいと願っております。

 陛下がわたくしを姪だと思い憐れんでくださるのあれば、わたくしの望み、王家の皆さまのお心を煩わせることの無いよう、平凡に生きたいと、ただそれだけでございます。」


「まあ、どちらでお暮らしになっても、どんな身分でも、クレア姉様はわたくし達の従姉妹であることには変わらないわ。」

「お父様、そうですわよね?」


 クレアの味方をしてくれたのは2人の王女だった。アルフレッド国王は、うーん、はぁ、、とため息をついていたが、やがて、諦めたようだった。


「今まで放置しておいて今更何だ、と思う気持ちはよくわかる。我々も君が生まれファインズが育てている事を知らなかったのだ。

 クレアの存在を知ったのはファインズ夫妻が事故死した後なのだ。本来ならブロイセンへ知らせるべきであったが、クレアの身の安全を考えるとその選択肢はなかった。

 つまり、君を密かに見守り然るべき時に、我が国の王族の一員として内外に知らしめて、ブロイセンや国内で君を狙う者たちに手出しを出来ぬ様にするつもりだった。」


「勿体ないお言葉でございます。」


「護衛の件、承知した。エヴァンズの息子は単なる当て馬ではなかったわけだな。いつの間にそんな仲になっていたのかい?

伯父さんは妬けてしまうなあ。」

 

 アルフレッドの軽口にクレアは真っ赤になり、そんな関係ではございません、と慌てて弁解するのだが、


「悪いようにはしないつもりだよ。アリアの娘には幸せになって貰いたいのだ。

 ただ、レスター・エヴァンズだけでは不安なのでもう少し護衛をつけさせてくれ。伯父からの頼みだと思って欲しい。」


「はい、有難きお言葉感謝いたします。」

「そこは伯父様ありがとう、じゃないかい?」

「伯父様、ありがとうございます。」


 アルフレッド国王は漸く満足な顔になった。



 翌日、王家の馬車に乗りランバート辺境伯の屋敷に帰ってきたクレアは、ユーイン・ランバート辺境伯に王城での出来事をかいつまんで説明した。

 ファインズ伯を復活出来そうだ、ただし婚姻が条件なので婿に来てくれる奇特な人を探さねばなりません、行き遅れの自分には難しそうですと笑いながら言うと、

「レスターでは駄目なのか?」と真顔で返されて、言葉に詰まった。


「それでクレアはファインズ家を再興してのちはどうするつもりなのだ?」

 ユーインは後見人だと自負しているので、クレアの将来についても問いただした。


「王都に住む必要はないと思っております。もとより領地を持っておりませんので。両親の仕事を引き継ぐわけにも参りませんし。」


「それならば、婚姻相手にはショーン・ブレナーはどうだ?あいつは良い奴だぞ。ブレナー家は伯爵で同格だ。ショーンとの間に生まれた子にファインズ伯を継がせば良いのだ。辺境にはたくさん土地があるし、ファインズ伯爵家を受け入れるのは造作ない。仕事はたくさんあるからな。」


「有難いお言葉ですけれど、それなら尚更ショーン様でなくても宜しいのでは?閣下はご存知ないかもしれませんが、ショーン様は辺境の女性の皆から大変人気があるのですよ。」


 クレアは心優しい大男の辺境騎士団長のショーンを思い浮かべて、微笑ましい気持ちになった。メイド仲間のソフィはショーンが大好きなのだ。 


「そうだよな。それならレスターで決まりだ。クレアもあいつの気持ちを知っているのだろう?過去の経緯は水に流して受け入れてやれ。」



(わかっているのよ。意固地になっているって。)


 婚約者というのが単なるカモフラージュだった事も理解している。交流が無かったのだから、好きもなければ嫌いもない。

レスターを深く知ったのは魔法陣で飛ばされた時なのだから。


 自分の気持ちはよくわかっているのだ。確かにレスターに惹かれているし、守られている安心感がある。彼が自分を好いてくれている事も嬉しいと思っている。


(でもそれで良いの?)


 小さな棘のように痛むのは、レスターの義姉だったセリーナが残した言葉だ。

(わたしは、エヴァンズ家に利用されているの?

 確かに伯爵はいまいち信用出来ないところがあるわ。)


 何故、死んだはずの両親が生きている事を早く教えてくれなかったのか?

 そして、生きているなら何故会わせてくれないのか?


 侍女ではなく客人として扱われるようになったクレアは、手持ち無沙汰から屋敷の図書室にいた。

 隣国ブロイセンについて調べようと思ったのだ。とりわけ、実の父親だという元王太子と、亡くなった王太子妃について知りたかった。

 

 窓際の椅子に座って、何冊かの本を巡ってみるものの、頭になかなか入ってこない。つい考えてしまうのはレスターの事だった。

 そんなクレアの前に、脳裏を占めている、まさにその人が現れたのだから、驚きもする。


「ランバート閣下から呼び出されていたんだ。君は何を?

ああ、隣国について調べているのか。」


 思わず顔が赤らむ。貴方の事を考えていたとは言えない。


「陛下からのお申し出を断ったそうだね。クレア殿下と呼ばれる立場を捨てて、ファインズ伯爵家を再興したいと?」

「ええ。」

「そうか。それでショーン団長を夫にどうかと勧められたと?」

「そうなの。あり得ないわ。ショーン様は兄のような存在で。」

「……俺は?俺はどんな存在?」

「レスター様は、護衛についてくれているわ。頼りになる人よ。」

「レスターでいいさ。近づいたと思えば君は遠ざかってしまう、酷い人だな。こんなに君に焦がれて心も伝えたと言うのに、のらりくらりと逃げるばかりだ。」

「酷い?酷いのは貴方の方じゃない。名ばかりの婚約者時代に、少しでも目を向けてくれていたらこんなに拗れなかったわ。」

「拗れるほど君を悩ませているのだとしたら本望だよ。」

「悩んでなどいないわ。」

「じゃあ俺の目を見てちゃんと答えてくれ。俺の気持ちが重い、迷惑だと言うのなら諦める。君の前から消える。」


 勇気を出して聞くのよ、クレア!


「…レスター、その前に知りたい。貴方とエヴァンズ伯爵は、わたしに利用価値があると思っているの?例えば、伯爵やゴールディング大公閣下は隣国との折衝にわたしを使おうと思ってらっしゃる。

 わたしを繋ぎ止めるために、レスターは、わたしを、あ、愛してるふりをしてるの?」


 その時のレスターの落ち込んだ表情をクレアは二度と忘れないだろう。


「君には何も伝わっていなかったのか。俺の気持ちは空回っていたのか。」

「そういう訳ではないわ。ただ、わたしには愛してもらえる様な価値がないもの。若くもない、誰もが振り返る様な美貌もない、財産だってないわ。」

「そんな事っ……。

 人を好きになるのにそんな理由が必要だと思っているのか、君は?」

「じゃあ、わたしなんかの何処が良いのか、説明してみてよ。」


 レスターは口を開かない。ただ瞳に切なさを滲ませてクレアを見下ろしていた。そして、クレアをそっと抱き寄せてその華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。


「言葉が要るのなら何度でも言う。ずっと好きだった。今もずっと。

 お前の為なら命だって投げ出せる。」


「じゃあ何で逃げたの?ひとりぼっちのわたしを見捨てて。」

「子どもだった。何の力も無かった。すぐに養子に出され、その家の娘と結婚するのだと言われ、諦めるしかなかった。」

「知っているわ。貴方の意思は関係なかった。」

 

 背中に回された腕に力が入り、クレアはぐっと引き寄せられた。


「愛しています。どうか俺の愛を受け取って欲しい。」


 そっと近づいた唇にクレアは抵抗しない。何故なら彼女もまた、意固地になって頑なだった心が解れて、ようやく自分の心に素直になれたのだから。


「わたしも、レスターが好き…。」


 初心な2人はそっと唇を重ねた。


「ありがとう。一生、君を守る。俺は君の騎士だ。」






 


お読みいただきありがとうございます。

24歳になるまで求婚されたことのないクレアは、自分の複雑な生い立ちを知り余計に疑心暗鬼を拗らせました。

レスターには最大の難関、「伯父様」の攻略が待っています。

次回から第三章に入ります。

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