追う者、追われる者
優雅なワルツの演奏に合わせて踊るステファンの目は、手を取って踊る令嬢ではなく、クレアを捉えていた。
慌てている様子はないが、彼女はただ1人を目指して真っ直ぐに進んでいく。その先にいるのはランバート辺境伯だ。
やがて2人はマリアン夫人を護衛に預けて足速にテラスに向かった。ステファンは続いて躍りたそうな素振りの公爵令嬢に、また今度ねと囁いて、さりげなく2人の後を追うのだった。
*
四阿の2人、謎の女性とエドワードは、2人きりの世界に浸っているように見えたが、それは唐突に終わった。
「エドワード様、こちらをお向きになって。またお会いできる時まで、決してお忘れにならないでね。」
女はエドワードの首に手を回し引き寄せて、口付けをした。
「おや、積極的だね、君は。」
「きっちりと印を残したわよ。これで貴方はわたくしの虜、さあ、いい夢をご覧なさいな。」
女の声がやけに遠くに聞こえると思った瞬間、エドワードは倒れ込んだ。
「エドワード様!」隠れていた護衛が飛び出す。
女は手をヒラヒラと振ると、「また遊んで差し上げるわ。」と言うと、暗闇に向かって走り出した。
いや、走り出そうとしたのだが、彼女の手首は大きな手でがしりと掴まれたのだった。
「なっ、、」
「やあ、また会ったな、偽物のジェマーソン。」
「あら、ヘタレのレスター坊やじゃないの。お嬢さんはもう落とせたの?こんな事してる間に、他の男に手出しされてるんじゃない?」
レスターがムッとしていると、女はスルリとレスターの手から手首を抜いた。
「貴方と遊んでる時間はないのよ。」
周りには護衛騎士たちが集まってきていた。流石に、女も焦っているように見えたが、目の前に現れた男に気がつくと表情を無くした。
*
あれは、髪の色は違うし変装しているが、間違いなく彼女だ。
ステファンは愕然としていた。
ホールから抜け出すランバート辺境伯とクレアの後をつけて行ったステファンは、庭の中にある四阿へと向かっていた。途中、エドワードの護衛騎士が潜んでいるのに遭遇した。
「おい、エドワードは?」
「四阿です。近付くなと命じられ、ギリギリの場所で待機しております。」
「誰といるんだ?」
「何やら、見知らぬ女性に話しかけられた後、大事な話があるから邪魔をするなと言われました。見たことのないご令嬢でした。あの様な方が招待客にいたかどうか……?」
ステファンは考え込む。女好きとして知られる自分達兄弟だから、一夜の寵愛を求めて寄ってくる女は結構いる。しかし、大公家主催の夜会で、大胆にも誘いをかけてくるような無謀な娘は呼んではいない筈だった。
今日の夜会の目的は、クレア・ファインズと直に会って、その為人を確認する事だった。エドワードもその使命を忘れているわけではないだろう。
(どちらかが、クレア嬢を籠絡出来れば良いのだがと、父上はそう言った。俺は好みではなかったから、初めに断りを入れたんだ。
そういえば、エドワードの姿が途中から見えなくなった。)
何やら事態に変化があったらしく、声が聞こえてきた。
「エドワード様!」
エドワードが倒れたようだ。植え込みを掻き分けて一気に四阿の前に出た。
レスターに腕を掴まれていた女がこちらを見た気がした。
「貴方と遊んでいる時間はないのよ。」
レスターの腕から手首の関節を外して抜け出した女は、ステファンを見て一瞬戸惑ったように感じた。
「そこまでだ。」
背後から現れたユーインが女を羽交締めにした。舌を噛み切らないように口に丸めた布を突っ込む。レスターが、女の腕を後ろ手に縛った。
ステファンはよろよろと女に近づいていった。
…………だ、彼女がここにいるんだ………
「ステファン殿、危険です。離れてください。ここは我々に任せて。」
ユーインの言葉も、静止しようとする護衛騎士達の言葉も一切耳に入らなかった。
「シェイラ……」
ステファンは女の前に立った。
*
ゴールディング大公家の家令だったジェマーソンは、大公家の領地経営を任され、王都の邸宅から領地へと赴任して行った。
真面目で勤勉なジェマーソンは、大公家族から絶大な信頼を得ていたので、漆黒の旅団事件が明るみになった際には、何故あのジェマーソンが?と、理解に苦しんだし、誰もが納得出来なかった。
しかし、捕まえた者、助けられた領民達の証言によって、ある人物の関与が確定した。それがヴィルヘルム・ジェマーソンだ。
ところがジェマーソンは拘束に向かった騎士達を煙に巻いて逃走、それっきり杳として行方がしれないのであった。
ジェマーソンには一人娘がいた。名前はシェイラ、事件が起きた時は15歳であった。
家中を探索され、家具も思い出も破壊された。亡き母の形見の品も調査の為に持ち出された挙句、シェイラ自身も首謀者の娘という事で関与を疑われ、見せしめとして罰せられる寸前を、ゴールディング大公が助けた。
一足遅ければシェイラは拷問に遭っていたかもしれないし、人知れず処刑されていたかもしれない。
嫡男ステファンの捨て身の懇願に根負けした大公は、シェイラを密かに修道院へ預ける事にした。
ステファンが最後に見たシェイラは、馬車に乗せられているところだった。
さよならも言えないままだった。
*
「シェイラ?」
女は俯いたまま黙っている。
「クレア嬢から聞いたんだ。犯人は黒髪の女だと。そのブルネット、染めているのか?それとも魔力で変えているのか?」
護衛騎士が彼女の顔を強引に上げさせて、猿轡を外した。レスターとユーインもその場から離れる事なく、対峙する2人を見つめていた。
「エドワードに何をした?」
「何も。口付けただけ。」
「では、何故倒れている?」
「さあ?」
ステファンは護衛騎士達にシェイラを別室へ連れて行くよう命じた。
「待ってください!」
隠れていたクレアがやってきて女の怪我の手当てをしたいと言う。
「あの時、わたし達の怪我の手当てをしてくれたんです。だからせめて手首をこれで冷やしてあげてください。」
クレアは濡らしたハンカチをステファンに渡した。
*
庭園での騒ぎがあったものの、夜会は続けられた。不安を煽るより、下手に騒がない方が良いのだ。
レスターはクレアと漸く踊ることが出来た。
「クレア、今のままでは君を守りきれないかもしれない。君の周りには不穏な事が多すぎる。さっきの女の事もそうだ。
なあ、俺と結婚しないか?爵位目当てと思われてもいい、君を守る為には、エヴァンズ家の力があった方が良い。」
レスターは真剣だ。
「婚約時代に君を放置しておいて、再会した途端に結婚を申し込むなんて、非礼にも程があるよな。君が俺に良い印象を持っていないのもわかる。
それでも2人で飛ばされた、あの囚われの場所で少しは心が近付いたと思ったんだ。
俺は辺境で再会したあの日からずっと、君の事を想い続けている。自分の中にこんなに執着心があるとは思わなかったくらいに、君の事が好きなんだ。」
クレアは困った様に微笑んだ。
「レスター様。お気持ちは本当に嬉しく思います。過去は過去。それに縛り付けられていては、未来なんて見えて来る筈がないのはわかっていますわ。
だけど、どうしてなのでしょうか、わたしの中で心がせめぎ合うのです。」
「それは、ジョシュア・ノックスを愛しているからなのか?」
「ジョシュア…様ですか?
あの方の事は弟としか思えませんし、それにこれ以上ノックス家を巻き込むわけにはいかないでしょう。」
「では何が障害なのか?」
「レスター様は、義務感や責任感から仰っているのではありませんか?
危険な時を共に過ごした事で、何か勘違いなさっているとか?」
「俺が信じられない?俺は君がステファンと踊っている姿に嫉妬したよ。あいつはただの女たらしだ。君に近寄るのも、何らかの意図があるだけで。
それがわかっていても、嫉妬した。君の手を取るのは俺だけだ、と思った。
愛しているんだ、クレア。」
クレアは頬を染めてレスターを見上げた。
お読みいただきありがとうございます。
ちょっぴり恋愛要素が進みました。




