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再会

 クレアは朝からマリアン夫人、侍女のエマと共に、王都のメゾンを訪れている。

 レスターが紹介してくれたドレス製作のメゾンだ。もちろんユーインも同行している。愛しい奥方の為に、納期を無理して貰わねばならないので、そのための辺境伯閣下なのである。

 

 マリアンはユーインの瞳の色に合わせてトパーズ色、クレアはレスターの紺色がベースのドレスに決めて、後はそれぞれ丈や身幅を詰めたりのサイズ調整と、それから飾り付けを加えて10日間で仕上げると約束させたのである。メゾンの女主人は、エヴァンズ伯爵の親戚らしく、レスターの紹介だから仕方ないと言いつつも快く引き受けてくれた。


「ランバート辺境伯家はこれから良いお得意様になりそうですし、何よりレスター様が女性にドレスを贈られるなど初めてですからね。次は一から手掛けさせていただきますよ。」と言われたクレアは、次は無いかもしれないんだけど、と呟きそうになった。


 その後、ランバート夫妻とエマは宝飾店へ寄る事になったが、クレアはそこでマリアン達と別れて懐かしい人の住む家へと急いだ。

 この辺りには一年住んでいたので、よく覚えている。

徒歩で30分ほど歩けば着く筈だ。

 

 比較的こじんまりした屋敷が並ぶ中に、目的の家が見えてきた。クレアははやる気持ちを抑えて、ノッカーを叩く。


 しばらくして、執事が顔を出した。

「ようこそいらっしゃいました、クレア様」

「ご無沙汰しております。クレアでございます。マーサ・ノックス様にお会い出来たらと思って参りました。」

「何を他人行儀な。さあ、中へお入りください。」

 執事はクレアが来る事を予測していたかのように、彼女を中は招き入れた。



 ノックス家は男爵を拝命している。ノックス男爵は文官として王城に勤務しており、妻のマーサはファインズ伯爵家でクレアの乳母として働いていた。

 小さかったのではっきりとは覚えていないが、マーサのお腹にはジョシュアがいて、クレアは生まれてくる子をとても楽しみにしていたようだ。そして一歳歳下になるジョシュアとは姉弟のように育ってきた。常に母代わりのマーサが側にいてくれた。


 クレアの両親、ファインズ夫妻は仕事の関係で留守がちだったので、母親のように愛情を注ぎ育てたのはマーサだったし、ファインズ伯爵家を処分した時に、クレアを引き取ろうとしたのもマーサだった。

 生活に困窮していたわけではないファインズ伯爵家であったが、婚約者の父親という関係でエヴァンズ伯爵が財産の整理を始めたら、意外な事に残った財産はごく僅かだった。

 クレアは両親の形見となるものを少しと、必要最低限のものだけを持って、ノックス家の厄介になったのだった。


 今日は手持ちの衣装の中で1番上等なドレスを着ている。亡き母が残したお下がりで、母を思い出すからと手放さずにいた一枚だ。

 そのドレスを街歩きに使えるように自分で手直しをした。メイド仕事で荒れた手をしていても、貴族のご令嬢らしく見えるから母のドレスの効果は偉大だ。

 

 その母のドレスを着て、ノックス家の応接室へ通されたクレアは、緊張しながらマーサを待っていた。

 世話になっていたのは8年前までだが、執事や古参のメイド達は、久しぶりに会うクレアに、心から再会の喜びを伝えてくれた。



「クレアお嬢様!」マーサだ。

 40代を過ぎている筈のマーサは、8年前と変わらず、少しふくよかな体型に優しげな垂れ目で、その瞳には涙を溜めていた。


 クレアがただいまと口にする前に、マーサにぎゅうぎゅうに抱きしめられて、お嬢様ぁ〜、クレア様ぁ〜と、男爵夫人らしからぬ様子で、物凄く泣かれてしまった。


 ようやく落ち着いたマーサを、執事が引き剥がしてくれて、クレアはやっと、ただいま帰りました、と言う事ができた。



 ランバート邸に戻らねばならないクレアは時間は、マーサに今日の突然の訪れの理由を話す事にした。


 元婚約者レスター・エヴァンズと、辺境で再会した事、この家の嫡男であるジョシュアとも再会した事を話した後で、訳あって、ゴールディング大公家の夜会にレスターのエスコートで出席する事。

 そして、ドレスは手配してもらったが、アクセサリーは母の物を使いたいと思っていると伝えた。

 マーサは眉ひとつ動かさず話を聞いて深く頷いた。


 若い女性が、高価な宝飾品を持って辺境に行くのは非常に心許ないので、クレアは母の形見の装身具を貸金庫に預けていて、その手配をマーサに頼んでいた。


「ドレスは、レスター様が作ってくださったので、紺色なのよ。断りきれなかったの。

 その上アクセサリーまでレスター様のお色に合わせたら、わたし達に何か関係があるみたいで困るでしょう?

 お母様の形見の中にブルートパーズの一式があったから、それを使おうと思うのだけど、どうかしら?」


「そうですわね。お嬢様のその美しい瞳のお色より少し薄めなお色ですが、バランスは宜しいですわ。わかりました。明日にでも手配いたします。

 その他の装身具も全てご用意いたしましょうね。これから夜会に出る機会があるかもしれませんもの。」


 あら、そうだわ!とマーサは手をパンと合わせた。

「ブルートパーズと言えば、ジョシュアの色でもありますわね。あの子の瞳、水色ですからね。」


 クレアが返答に困っていると、マーサは楽しそうに付け加えた。

「わたくしは、お嬢様が誰をお選びになっても、お嬢様を幸せにしてくれるなら何の口出しも致しませんわ。それがジョシュアだとしても。

 ただ、エヴァンズ伯爵には一言文句を言わねば気が済みませんけどね。

 アクセサリーは、辺境伯閣下のお屋敷にお届けに参ります。辺境伯様と奥方様にご挨拶せねばなりませんから。」


 マーサには敵わない。マーサがいれば万事安心出来る。

 クレアは、なぜマーサがこれ程自分を大事にしてくれるのかわからない。

 しかし、他人から大切にされて心配されたり、愛されている事は、こんなに温かく感じるものなのねと思うと、知らずしらずのうちに涙が頬を伝っていた。


 辺境で慣れないメイド業をしている時だって、人前では泣かなかったし、先日悪漢らに拉致された時も泣く事はなかった。

 どこか、他人が演じるクレアという役柄を、俯瞰して見ているような気持ちでいた。両親を亡くした時からずっと、クレアは自分が偽物のような気がしてならないのだ。

 本当の感情を常に隠して、どれが本当の気持ちなのかわからなくて、望まれているように振舞う、そんな偽物の感情に支配されていた気がするのだった。


 両親は優しかったが、彼らがしばしば視察で留守にする()()()()()は教えて貰えてはいなかったし、母にはどこか他所よそしい所があったと思う。

 母からの剥き出しの愛情に触れた事はない。母はいつも穏やかで優しかった。叱るのはいつもマーサの役目。母はそれを困ったような顔で見ているだけだった。


 大事に大切にされていたのは実感しているが、貴族子女なら必ずあるお茶会のお誘いや、ファインズ家で開催するお茶会も無かったと、今更ながら気がついた。

 それにレスターの事。婚約しておきながら、手紙の交流を妨げ、会う事も叶わなかったのは、両親の指図だ考えれば納得がいく。


(もしかするとわたしは、両親の本当の娘では無いのかもしれない。)

 何度も想像してその都度打ち消してきた疑問が、再び脳裏をよぎった。


 真相は今や闇の中だ。 

 それに過去はどうであれ、今もなお、自分を我が子のように慈しんでくれるマーサがいるのである。


 次は装身具を持って、クレア様をお訪ねしますわと言うマーサと、ちょっとした涙の別れがあって、ノックス家の馬車で送られて戻ったクレアは、レスターから贈られてきたというリボンの掛かった小箱を渡された。


 中に収まった濃い色のサファイアの装身具一式に、ため息をつくクレアだった。




お読みいただきありがとうございます。

マーサと再会しました。

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