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有頂天な男 

 レスターがやってきた。辺境で別れて以来である。


 ゴールディング大公家専属の青い騎士服にレスターの黒髪はよく映える。腰にはレイピア。辺境騎士時代はもっと実用的な太めの剣だったが、流石に王都では野蛮だと思われかねないし、大公の趣味なのだろう、凝った飾りのついた剣を持つレスターは凛々しかった。


 レスター登場に、ランバート家の女性使用人達は色めきたった。


「あの方が辺境騎士団副団長のレスター様なのねぇ。

辺境騎士といえば、旦那様のような筋骨隆々とした方ばかりかと思っていたら、随分と優男で素敵な方なのねぇ。」


 クレアは屋敷の侍女エマと共にお茶の準備をしている。エマはクレアより2つ歳下らしい。愛らしい顔をした子爵家の娘だ。


「じゃあ頼んだわよ、クレア。」

「え、わたしがですか?エマ様はレスター・エヴァンズ様を素敵だと仰ってませんでした?」

「それとこれとは別よ。これはクレアに頼むように言われているのよ。」

 エマは勝ち誇ったように笑った。

「レスター様情報は後でたっぷり聞かせて貰うからね。」


 ランバート家のタウンハウスは最低限の使用人で回っている。そもそも当主のユーインが滅多に訪れないので、無駄な人員を雇っていない。

 侍女はエマがひとりきり、あとは家事担当のメイド達がいるのみだったので、領地の本邸から有能なベテラン侍女のヘレナと騎士団メイドのクレアが送り込まれた。


 しかし、そもそもクレアは騎士団付きのメイドの筈。クレア本人は全く納得していなかったが、ユーインの妻マリアンが、元同僚で気心も知れているクレアに付いてきて欲しいと切望した。辺境の田舎貴族の娘の自分が、王都のご婦人ご令嬢達と渡り合えるように、知恵をつけて欲しいと懇願されたのだ。しかも、辺境伯閣下から直々にお願いされたとあれば断るわけにはいかなかった。

 それにクレアは元々メイドなので家事一般はお得意である。裏方に回って家事を手伝い、時々マリアン様の話し相手をすれば良いと思っていたのに、いきなりのこれだ。


「聞いたわよ。レスター様とは旧知の間柄で、窮地を共にしたのでしょう?あら、我ながら上手い言い回しだったわ。」とエマは満足げだ。

 クレアは諦めてワゴンを押して、応接室へと向かった。



「本日は、ゴールディング大公家にて開かれる個人的な夜会に、ランバート辺境伯ご夫妻をお招きしたく招待状をお持ちいたしました。」


 レスターは美しい透かし模様の封筒を取り出して、ユーインに渡した。


「ふむ。これは個人的な夜会へのお誘いなのかね?」

「大公閣下からは先日のお詫びだと伺っております。つきましては辺境伯ご夫妻とともに、クレア嬢にも是非いらして頂きたいとの事なのです。大公は、ジェマーソンの秘密を暴いたクレア嬢に感謝しておられます。直々にお礼がしたいと、仰ってます。」


 レスターとユーインが同時にクレアを見た。


(冗談ではないわ!そんな事を受け入れるわけにはいかない。)


「申し訳ございません。ご遠慮させていただきたく……」

「心配はいらない。エスコートは俺がするし、ドレスも贈らせて欲しい。ああ、アクセサリーと靴も必要だな。」

 レスターはクレアがドレスを持っていないから断るのだと、自分に都合の良い解釈をしたようだ。


「それはよろしいですわね、エヴァンズ様!ドレスにエヴァンズ様のお色を入れるとしましても、どこか一部だけ、わたくしとクレアさんとお揃いの部分を入れたいわ。」


「それは良い考えだな。辺境伯家の人間の仲の良さを見せつけてやろうじゃないか。マリアンのドレスも一緒に作ろう。」


「2週間後ですわよ。オートクチュールは無理ですわね。プレタポルテに手を加えて間に合うギリギリでしょうか。」


「実家の遠縁に、メゾンを構えているものがおります。そこでしたら多少の無理がききますが。」


「まあ、エヴァンズ様!素晴らしいですわ。」


 とんとん拍子に話が進み、クレアは一言も口を挟めないまま、ゴールディング大公の私的な夜会というものに参加させられる羽目になったのだった。



「身分を気にしているのならそれは心配いらない。」

 レスターはクレアに話があると呼び出し、2人は今、ランバート家タウンハウスの庭園にいる。


「ですが。平民がそのような場所に。それにわたし、社交界デビューもしておりませんし。」

「そうか、、本来なら俺が君をエスコートしてデビューしていた筈だったのにな。

 時間はかかったが是非エスコートさせて欲しい。君のファーストダンスのパートナーを務める栄誉を、俺に与えて欲しい。」


 クレアは困ってしまった。レスターはこんなに熱心で押しの強い男だとは知らなかった。


「気にしているのは爵位だろう?クレアには知らせていなかったが、実はファインズ伯爵の爵位は返上されていないんだよ。今は後継者が空白のまま残してあるんだ。

 だから君は、堂々とクレア・ファインズと名乗っても良いんだ。」


 レスターの話によると、クレアの両親の功績を高く評価した国王陛下によって爵位は保留されており、ひとり娘クレアが婿を取った時にファインズ伯爵家を再興する、という事らしい。


 クレアには衝撃的な話だった。この8年、貴族令嬢では無くなった事で、辺境の地にあっても蔑視に晒されたり、不当な虐めにあったりしたのだ。それほどまでに、元貴族という肩書きが面白おかしくクレアを苦しめたのに、今更何を言うのだと思った。

   

「それならば何故、エヴァンズ伯爵様はその事を教えてくださらなかったのでしょう?

 当時わたしに残ったものはほとんど何もなく、わたしは生きる為に辺境へと向かったのです。」


「父が隠していたのは、君を守るためだったと思う。

 後見を名乗り出た遠縁とやらはどれも疑わしい人間ばかりで、屋敷ごとファインズ伯爵を乗っとろうとしていた。それは君も知っているだろう?

 俺にも父の考えはわからない。婚約しているのだから、父が後見人になれば良かったと思っている。俺たちの交流を妨げていた事も含めて、全くわからないんだ。」


 レスターの説明に、クレアも頷いた。


「それでも、君が事あるごとに、平民だから、と言うのを聞くのは辛かった。 

 ファインズ伯爵夫妻はこの国の為に働いて謀殺されたのに、何故爵位を取り上げひとり娘を路頭に迷わすのかと、父に対して腹立たしかったんだよ。」


「レスター様……」


「俺は伯爵の息子と言っても次男で継ぐべき家もない。だから君のファインズ家を狙っていると思われても仕方ない事だと思う。

 しかし、辺境で再会してからずっと君の事を考えているんだ。」


 レスターはクレアの手を取った。これは不味い状況かのではないかと、慌てるクレアを逃さないように、レスターは手を握って離そうとしない。


「再び婚約を申し込む権利は俺にはない。クレアは俺の事を忌々しく思っているかもしれない。好意を伝えられたら迷惑だとわかっている。それでもクレアが良いんだ。

 魔法陣に飛ばされて2人で過ごした時間、俺にとってはご褒美のような時間だった。君が怪我をした俺を心配してくれたから、頑張れた。

 だから、友達からでいい。もう一度、挽回の機会を与えてはくれまいか?」


 レスターはありったけの勇気を振り絞って跪いてクレアを見上げた。騎士として戦う時には恐怖心より高揚感で溢れるというのに、この難敵クレアに立ち向かう自分の心は、弱気に苛まれ、不安に揺れている。


 そんなレスターを見つめていたクレアは、彼の真摯な態度に、自分もきちんと返事をしなければと思う。


「レスター様。とても嬉しいです。こんな行き遅れの女に、立派な騎士様がお心を寄せてくださるだけで光栄な事です。」  


 レスターは期待に満ちた目でクレアを見上げた。


「お付き合いと言われましても、わたしは男の方とお付き合いした事がないのです。だからきっとレスター様にとってはわたしは物足りないと思います。年だけ重ねても、恋愛というものに対して疎いのです。

 ただ、友達としてなら、歓迎いたしますわ。だって昔からの知り合いですものね。」


 クレアは精一杯の笑顔で答えた。

 ジョシュアへの返事もまだなのに、レスターに、はい付き合いましょうと言えるわけがない。

 それに、レスターはブリトニーと結婚すると思っていたしブリトニーの恋を応援していたので、心の整理がつかないのも事実だった。


(レスター様のその言葉、8年前に聞きたかった。それならわたしは……)


 込み上げてくる様々な感情に、少しだけ胸が痛むクレアだった。



お読みいただきありがとうございます。

レスター決死の告白。

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