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お帰りクレア

クレアと辺境の面々、王都へ到着です。

 8年ぶりの王都は目に眩しい。馬車の窓を少し開けて、懐かしい往来を覗き見れば、街の賑わいや人々の騒めきにクレアの心は躍る。全てがキラキラしている。


「ああ、帰ってきたのだわ。」

 クレアがこの街を去った時、まだ16歳だった。遠く辺境の地で慣れないメイドの仕事をして過ごした8年間だった。

 滞在期間中に懐かしい人たちにも会おう、休みの日には街歩きをしよう、と想像するだけで頬が緩んだ。

 雇用主のユーインは使用人に対して約束を守る男なので、10日に一度の休暇は必ず貰えるだろう。今から楽しみだ。


 クレアはまず、乳母のマーサに会う為にノックス家を訪れるつもりだ。ジョシュアとは少し気まずい別れ方をしてしまったが、何しろ()()なのだから、それくらいで壊れる絆では無いはずだ。

 ノックス家へのお土産に、辺境の羊から採れた羊毛で編んだ敷物や、珍しい魔蚕の繭から作る魔絹のストールを持参してきている。ストールは値が張ったが、マーサがクレアのためにしてくれた恩に比べると足りないくらいだし、ラグはクレアが編んだものだ。


(気に入ってもらえると良いけど。)

 そんな事を考えていたクレアの頬は緩んでいたようで、マリアンが微笑ましそうに見ているのに気がついた。


「楽しそうね。クレアさん。」

「奥様、だらしない顔をお見せしてしまいました。」

「嫌だわ、奥様だなんて。他人行儀ね。」

「いえ、そもそもが閣下たちの馬車にわたしが一緒に乗せていただいている事が間違っているのです。わたしは騎士様達と同じ馬車に乗るべきで、

「「いけ(ない)ません!」」


 途中で言葉を遮られた上、2人から咎められた。

「クレアは未婚のお嬢さんなんだ。騎士どもと一緒の馬車?ありえん!」とユーインが。


「そうです!クレアさんをそんなむさ苦しい馬車に乗せるなど許しません。」奥様ことマリアンも言う。


「わたくしも旦那様や奥様と同じ馬車に乗せていただいておりますよ。クレアが遠慮したら、わたくしまでむさ苦しい馬車へ移動せねばなりません。影響を考えて発言すべきですよ。」

 最後の言葉は、やはり辺境伯夫妻の馬車に道場させてもらっている、ランバート家の古参侍女のヘレナだ。


(いやいや、若手の騎士様は騎馬で移動されてるし、馬車に乗っているのは、古参の事務方の騎士様ばかりだし。でもここは、素直に感謝して謝ろう。)


「申し訳ございませんでした。わたくしの浅慮から閣下、奥様、侍女様にご不快な思いをさせてしまいました。」

 クレアは頭を下げた。


「いえ、そういうことでは無くて、貴女は伯爵令嬢でしょう?

 今は閣下の妻ですが元々はわたくしは子爵家の出なのですから、そんな他人行儀では無く、友人のように出来れば姉のように接して欲しいのですわ。」


「それは無理です!奥様、お許しくださいませ。」

 馬車の中で頭を下げると気持ちが悪くなるがクレアは耐えた。それに、()令嬢なのだけど、何度言ってもこの方たちは忘れたふりをするのよね……と、段々面倒になったクレアはいちいち言わなくなった。


「ですから、奥様ではなく、マリアンと呼んでくださらない?」

「マリアン様ですか?」

「執務室ではいつもそう呼んでくれてましたでしょう?

わたくしは、クレアさんを姉のようにお慕いしていたので、本当は呼び捨てでも。」


「奥様!いけません。クレアは元伯爵令嬢であり、今は辺境騎士団のメイド兼ランバート家の臨時侍女でございます。

 きっちり線引きをしていただかねば。」

 ヘレナがマリアンを嗜めてくれたので、クレアはほっとした。


 子爵家出身のマリアンが辺境伯のユーインと結ばれた事を、上手く取りいっただの、玉の輿だなどと揶揄する愚かな人々もいるのは事実だが、彼らは恋愛結婚だ。

 前辺境騎士団長のユーインの専属侍女として2年間側仕えをしている時に、マリアンは見初められた。

 なんら恥じる必要はない。きちんと礼儀作法や淑女の嗜みを躾けられたしっかりしたお嬢さんで、その上美しく聡明とあれば、ユーインが口説き落とすのも当然の事。


(マリアン様はまだ20歳だけど落ち着きがあってお美しくて、32歳の閣下と並んでも、決して引けは取らないわ。)


 元仕事仲間(と言っても自分はメイドでマリアンは侍女だが)のマリアンの事が気に入っているクレアは、彼女の為にしっかり仕事をしようと心に決めていた。



 そうこうしているうちに、王都のランバート辺境伯のタウンハウスに馬車は到着した。

 クレアは恐縮したものの、騎士道精神を発揮したユーインに手を借りて地面に降り立つと、ようやく懐かしい街に戻ってきたのだと実感した。


「ただいま。」誰ともなしに小さくつぶやく。


 タウンハウス前に並んだ使用人達が一斉に礼をした。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様!」

 

 自分に掛けられた声ではないけれど、クレアは嬉しくなった。

 これから数ヶ月、クレアの王都での新しい生活が始める。精一杯自分の仕事をこなして、それから懐かしい人たちに会うのだ。


(そうだわ、レスターはもう落ち着いたのかしら。)


 一足先に辺境伯領を出発して、ゴールディング大公家へ向かった、()婚約者のレスター・エヴァンズを思い遣る。

 レスターとは拉致事件に共に巻き込まれた。その時は危機状態を脱する為に、やたらとレスターからのスキンシップが多くて困ったものだった。

 彼は整った顔立ちをしているし、辺境騎士団の副団長を任されるほど剣の腕も立つ。すらりとしていながらも、騎士服の下には鍛え抜かれた筋肉があって、抱きしめられた時には、ドキドキしてしまったものだ。

 24歳という行き遅れの年齢であっても、男性とお付き合いなどした事のないクレアにとって、レスターやジョシュアからの過多なスキンシップは、心臓に悪いものだった。


 短く切った黒髪に濃紺の瞳、すらりと均整の取れた体型、ゴールディング大公閣下直々に側仕えを望まれる有能な騎士のレスターは、王都に戻ればまた、独身女性から熱い視線を送られる事だろう。そんなレスターに、抱きしめられたり、演技とはいえ、唇を求められたのだから、意識しない方がおかしかった。


 クレアはついレスターの事を考えている自分に気がついたが、わたしには関係のない人と脳裏からレスターの姿を追い払った。

 しかし、翌々日にはそのレスターがやってきて再会する事になるとは、クレアは思いもよらなかった。



お読みいただきありがとうございます。


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