クレアと辺境騎士
出立の日はいつも晴れている。
随分長くこの地にいたのに、持ち出すものはほんの少し。思い出はその何倍もあるのに。
「クレアさん、寂しくなるわ。行って欲しくない。」
ソフィは目を真っ赤にして縋り付く。
「わたしもここに残っていたいのだけど、雇用主である閣下のご命令だからね。泣かないでソフィ。」
「あたしがショーン様と結婚する時に花嫁付き添い人になって欲しかったのに。」
「まあっ、ソフィったら。そういうのは若い子に頼むものよ。
それよりいつの間に、ショーン様とそんな関係になったの?」
「違うわよ、残念ながら、未だよ。
でも、ショーン様攻略に成功した暁には、婚姻式には必ず出席してよね。」
クレアには、この明るく陽気なソフィが眩しかった。恋心を隠そうともしない彼女の素直さが羨ましい。
*
元々、辺境騎士団の寮付きメイドのクレアは働き者で身体も丈夫だ。いち日休んだだけで仕事に復帰した。
副団長執務室で魔法陣によって飛ばされた事を重く見たランバート辺境伯とショーン団長が、クレアを副団長付きの補佐役から解放してくれたので、肩の荷が降りた気分だった。
その分、若手の団員が補佐として駆り出される事になって、すれ違う度に、補佐役に戻ってくれと泣きつかれてはいたが。
レスターはエヴァンズ家へ復籍した。
その手続きとアトキンズ家への挨拶のため、休みを取り王都に戻る予定にしていたところ、予想外の辞令が出てそのまま王都に留まる事になる。
ゴールディング大公が、自分付きの護衛としてレスターを指名したのである。大公家の家令だったジェマーソンをどうあっても捕らえて、犯罪組織『漆黒の旅団』との関わりの真実を暴きたいという大公が願い、実際にジェマーソンとやりあったレスターを引き抜いた形になる。
レスターは辺境騎士団所属のまま、大公の護衛を務める事になった。期間は未定だ。
*
エヴァンズ伯爵からすると、次男が貴重な『魔力持ち』である事を隠すために、養子という形でエヴァンズ家から遠ざけていたつもりが、騎士団に入った事でレスターの運命は変わってしまったと言える。
何故能力を隠す必要があったのか?王家の影として働くエヴァンズ伯爵ならばレスターの能力はむしろ喜ばしい事だったのではないのか?
秘密主義の父親は圧倒的に言葉が足りず、父の意図などレスターにはわかりようがない。
レスターは、クレアとの婚約時代に交流を制限されていた事や、実にあっさりと婚約が解消されたその理由を知りたいと思った。
クレアを追いかけて辺境までやってきた事を、執着と呼ぶにはクレアの事を知らなさすぎた。なぜ、彼女の事がこれほど気になるのだろう?
自分の事を忘れていたクレアに、俺を見ろとでもいうように、無理やり補佐役につけた。その結果彼女と共に転移陣で飛ばされた。が、2人の距離は近付いたと思う。抱きしめたりしたのは、あれは脱出作戦のための演技であって不可抗力だ。
しかし、思惑のある演技だとしても、クレアに触れて抱きしめた時に感じた胸のときめきは本物だ。
26歳にして思春期の少年のような事を思うレスターは、充分に初恋を拗らせた面倒な男だった。
*
クレアは団長室に呼び出されて、困惑している。
「何故でしょう?」
平民であり薹が立つ年齢の自分が、ランバート辺境伯家の侍女達を差し置いて、何故ランバート辺境伯夫妻と共に王都に行かねばならないのだろう?
ユーイン・ランバート辺境伯、現在は辺境騎士団の総長をしている男に呼び出され、今回の事件の後処理のためにしばらく王都に滞在するので、侍女として共に来るようにと告げられたクレアは、大いなる疑問に首を傾げていた。
しかも社交シーズンなので夏の終わりまで3ヶ月ほど王都に滞在する、とユーインは宣言した。
「王都の辺境伯のタウンハウスは人手が足りなくてね。ああ、こっちにも人手が足りていなくてね。こっちの人員を連れて行けないのだよ。」
「恐れながら閣下、現地で人をお雇いになる方が連れて行くより容易いかと。」
「そう思うだろう?でもそんなに簡単にはいかなくてね。マリアンが……」
「マリアン様に何かあったのですか!」
クレアは、最近まで同僚として騎士団本部で仕事をしていたマリアンの顔を思い浮かべた。
マリアンは子爵令嬢でユーイン・ランバート辺境騎士団長付き侍女として働いている時に、ユーインに見染められ妻となった女性だ。
そのマリアンに何かあったのか?と、クレアが顔を青ざめていると
「マリアンが嫉妬するのでね。王都の女性が、俺を狙って粉をかけてくるんじゃないかと……」と、ユーインは実に恥ずかしそうな顔で答えたのだった。
「マリアン様は閣下の事をとても愛してらっしゃるのですね。」
クレアの言葉にユーインは破顔する。
「同じくらい俺もマリアンを愛しているぞ。
で、マリアンが、王都のタウンハウスには知ってる者がいなくて不安だが、新たに侍女を雇うのも不安だ。こちらの城から連れていくには移動時間が長く、年寄りの体に負担がかかりそうだし、そういうわけでクレアに自分付きの侍女となって欲しい、と言っている。」
確かに辺境伯城の使用人達はユーインが子どもの頃から勤めている高齢の侍女達が多くて、それは大変そうだと、クレアは納得した。でも、、、
「でも、わたしは平民です。マリアン様の侍女とは畏れ多いですわ。」
「なあに、元伯爵令嬢の君よりマリアンの方が爵位は下だったのだから、君の方がしっかり淑女教育を受けているだろう?
その知識で彼女を助けてやって欲しいんだよ。」
そこまで言われるとクレアとしては頷くしかない。
「かしこまりました。辺境伯夫人の側仕えをさせていただきます。」
こうして、レスターとクレアは別案件で王都に滞在する事になった。
クレアに本気で求婚するつもりだったショーン団長の失意は計り知れない。周りの者達にバレバレの好意は、クレア本人だけに伝わっていなかった。
いや、薄々感じていたが、ソフィがショーンに寄せる恋心を知っているクレアにとって、その恋を応援すべき相手であって、自分が恋する対象にはならなかったようだ。
事件から3ヶ月。
クレアと辺境の騎士達はそれぞれの思いを胸に王都へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
第一部、最後の部分となりました。
更新が遅れ気味でしたが、読んでくださる方がいらっしゃるのが励みでなんとか書けて良かった!
第二部は王都でのクレア、レスター、ジョシュア、謎のエヴァンズ(笑)、など登場いたします。少しストックを溜めてから更新いたします。
引き続きお楽しみいただけますれば幸いです。




