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Educator  作者: 槇 慎一


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9/30

9 ブンカの、スイタイ?


 お母さんから言われたことはともかく、僕はシンイチと会いたかったし、シンイチと遊びたかった。


 数日間考えた末、シンイチと遊べる日、美桜がレッスンをお願いして、シンイチがOKしたらレッスンしてもらうつもりで、お母さんに相談した。


 勇気を出して電話するとシンイチが出た。約束は明日になった。美桜のレッスンをお願いできるかも聞いてみたら、

「僕もまた聴きたいと思ってた」

という返事が返ってきた。側で聞いていた美桜の喜びときたら……。


 美桜はその後また練習をしに行った。お母さんが喜ぶのがわかる。お昼は早めに家で食べてから来ると言っていた。




 翌日、一時すぎにチャイムが鳴った。

シンイチの私服は、いつかのコンサートで感じたように、中学生のように大人っぽく感じた。シンイチは学年一背が高いのは間違いない。また伸びたみたいだ。

「何センチになった?」

「わからない。膝とか肘とか、あちこちいたいよ」

「あ~わかる。どうぞ」

「お邪魔します。これ、母からです。どうぞ」

 シンイチは、紙袋をお母さんに渡した。

「まあまあ、すみません。美桜のことも、ありがとうございます。シンイチくんのおかげで、頑張っているんですよ」

「僕も楽しみにしていました。早速聴かせていただいても?」


 美桜は緊張していた。お母さんはビデオ係、僕もシンイチのレッスンを聴かせてもらうことにした。


「美桜ちゃん、皆に頑張ってるって言われるってすごいね。美桜ちゃんは、自分でできることが増えたと感じる?どんな曲が弾きたいとか、こういうふうになりたいとかある?」

「うん、すごく練習が楽しくなった!すぐにはできないんだけど、その分、できた時が楽しいっていうか!」

 シンイチは優しく頷いた。


「あとね、音符は下から数えないとわからなかったのが、いちいち数えなくても何となくわかるようになったの!」

「すごいね!大進歩だ!」

 シンイチは心から嬉しそうだった。


「クラシックの有名な曲とか、スゴーイ!って言われるような曲とか、弾けるようになりたい!」

 シンイチは頷きながら考えていた。


「自分の考えていることが言えていいことだね。じゃあさ……」


 シンイチはピアノの椅子に座って、何かの曲を弾いた。聴いたことがある。すごく有名な曲だ。でも、なんだかバラバラで、煩くて、いやな感じがした。

「この曲は、聴いたことある?」

「ある!でも題名は知らない」

「知らなくてもいいよ。じゃ、さっきの曲、いい演奏だったかな?」

 シンイチは意地悪そうに聞いた。

「え……」

 美桜は困っていた。

「正直に言って?」

「あの、なんか、下手、かも?」


「じゃあ、これは?」 


 シンイチは、さっきと同じ曲をもう一度弾いた。今度は間違いなく上手い!美桜も顔を輝かせた。

「すごく上手!」

「ありがとう。同じ曲だけど、何が違うのかな?」

「え~、全然ちがう。ちがいすぎる。私も上手に弾きたい」

「それ。こう弾きたい、という気持ちを持ってね。それから、僕が言うことを聞いて真似するだけでなく、何が違うのか、どうしたらそうなるのか、考えて。だんだん質問は難しくしていくからね」

「はい!」


 すごい。甘ったれでワガママな美桜が、素直にシンイチの言うことを聞いている。


「今はどの曲?次のレッスンはいつ?」

「バイエル60、61、62です!次のレッスンまで、あと4日です!」

「わかった。ヘ音記号はわかる?」

「ヘ音記号が出てくる、っていうのは聞きました。読み方も教えてもらいました。でもまだ、すぐに読めません」 

「正直に教えてくれてありがとう。今日はヘ音記号を中心に頑張ろう」

「はい!」


 美桜とお母さんが頑張っているとはいえ、毎日喧嘩しながら練習していることに辟易していたから、僕はとても気分が良かった。僕は自分の勉強道具を持ってきて、リビングのテーブルで進めた。


「まず61番ね。見ながら聞いてて」

 シンイチは、楽譜の音符を差しながら、ゆっくりと歌った。最後まで終わり、今度は少し速いスピードで歌った。

「右手にスラーがついているね。このスラーが一息に歌えるような速さで弾くんだよ?」

「そんなに速く弾けないよ?」

「まだ弾けなくてもいい。でも、本当はどんな速さの曲なのかをわかったうえで、ゆっくり練習して、慣れたらだんだん速く弾けるようにするんだよ」

「ふうん?」

「でも、すぐに弾けると思うよ。手を置いてごらん?」

「姿勢もいい。手の形もいい。よく練習しているんだね。前回より安定している。覚えててくれたの?」

 美桜はとても気分が良さそうだった。そして、実際にすぐに弾けるようになった。


 60番は、右手も左手もすらすら歌えるようにして、シンイチが右手を歌い、美桜が左手を歌う。美桜が右手を歌い、シンイチが左手を歌う、ということをしていた。これは、相当苦戦していたが、ついに歌うことができた。


「お疲れ様。後は夕方、帰る前にもう一度見るから、休憩したり遊んだりして」

「はい!」


「ありがとうございました」

 お母さんが言った。僕も、

「ありがとう。シンイチのレッスン聴くの、楽しい」

と言った。

「こちらこそ。僕も楽しいよ」



 シンイチと一緒に二階の僕の部屋に行って、読んだ本の話をしたり、ボードゲームをして遊んだ。美桜は、少ししてからまた練習をしていた。

「美桜ちゃん、すごく進んだね」

「絶対シンイチのおかげだよ。普段のレッスンは30分だし、何年間も習ってたのに、この3ヶ月がすごすぎるよ」

「僕のおかげなんて……弾くのは本人だから……」

「シンイチは、お母さんに教えてもらってるって、そんなに上手いのに、何を教わるの?」

「お母さんは……指導者よりも生徒が上手になるように育てるんだって。そうでなければ、文化が衰退するからって。お母さんの子供の頃より、今の僕の方が上手いって言ってくれるけど、それはあたりまえだって。お母さんが良いと思った教育をしているからだし、僕が素直に吸収する時期に基礎は身につけさせたからって。だから、もうすぐお母さんじゃない人に教えてもらうかもしれない。お母さん、普段は煩いんだけど、お母さんとのピアノの時間は好きなのにな……」


 想像以上の話だった。

 文化の、衰退……。


 シンイチが大人っぽい理由がわかったような気がした。














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