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Educator  作者: 槇 慎一


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3 明日から夏休みだし、ウチに来ない?


 妹のピアノの先生のコンサートに行ってからというもの、僕達の家族は生活が何かが変わっていった。変わらなかったのは、コンサートに行かなかったお父さんだけだ。


 僕は、同級生のシンイチの家族や、シンイチが好きなピアノや音楽というものに触れて、今まで大好きだった読書よりも世界が広がった気がした。


 お母さんは何だかご機嫌になったし、何かと小言を言いながらも世話をやき、小言を言っていた妹に優しくなった。


 何より妹が……そう!妹が家でピアノを練習するようになったのだ。絶対『ピアニストになりたい!』とでも思ったに違いない。お母さんも一緒になって、レッスンの復習につきあったり、何だかんだと言いながらも楽しそうに妹の世話を焼いていた。


 妹は、今までやらなかったことが嘘のような勢いを見せた。レッスン前日だろうがレッスン後だろうがまるで曲になっていなかったのに、「あともう少し、惜しい!」みたいな状態でレッスンに出かけ、レッスンから帰ってくると、明らかに曲を弾いていた。レッスンで練習のコツを教わり、覚えてきたことをお母さんに言うことで、二人で熱血ピアノの道にでも入っていったかのようだった。


 お父さんが、

「美桜はどうしたんだ?」

と僕に聞いた。

「何か、ピアノ聴きに行って頑張ろうと思ったみたい」

 お父さんは、

「あぁ、先生が音大を卒業したのか。まあ

結構なことだ」

と言った。お母さんにも聞こえたみたいで、こちらに向かって明るい声を出した。

「お父さん、美桜の先生も素敵だったし、大先生も素晴らしかったのよ。お綺麗で、お人柄も良くて。美桜にね、大きくなったら一緒に勉強しましょうって言って下さったのよ」

「そんなの、社交辞令に決まってるだろう。美桜を音大にでも行かせるつもりか?」

「それも素敵なんじゃないかって。まだ小学生なんだし、どっちにしても頑張る気になったんだから、いいじゃない?」

「いつまで続くかな?」

 お父さんはあまり本気にしていなかった。


 それでも、ピアノを弾く美桜の横顔は、からかうのをやめさせる程に真剣だった。





 春に行わなれた先生のリサイタルから、月日の流れるスピードが変わったみたいだった。でも、速いとか遅いとかでもないような……。何て表現したらいいんだろう。僕は、美桜が毎日ピアノを練習するのを聴き、毎週新しい曲を練習する美桜を見るのが楽しみになっていった。何年習っていたか覚えていないが、もうすぐ二冊めの楽譜になるらしい。曲が弾けるようになっていくのを聴くのは楽しかったし、いろいろな曲を聴いてみたくなった。



 明日から夏休みだ。

 美桜達……三年生以下の下級生は給食前に授業が終わって解散、僕達四年生以上の学年は、変則な時間割で給食後にクラブがあり、それが最後だった。


 シンイチは毎週のクラブで『読む』だけではなく、初回からずっと何かを調べてはノートに書いていた。宿題でもないのに、よくそんなに調べることがあるなと感心していた。クラブの後、何について調べていたのか質問すると、僕が知らないことを毎週たくさん教えてくれた。僕がそう言うとシンイチは、

「僕も、今日のクラブの時間の前までは知らなかったよ」

と言った。


 今日も、帰りに駅まで一緒に歩いた。

「シンイチ、今日は早いし、明日から夏休みだし、今から僕の家に来ない?」

「うん。お母さんに電話してみる」


 僕達の小学校は、皆いろいろなところから電車やバスで通ってくる。僕の家は30分だけど、シンイチの家は反対方向に一回乗り換えて一時間位と聞いている。行ったことはない。友達の中ではちょっと遠い部類だ。



 シンイチは、一番最初に見つけた公衆電話から電話をした。


「お母さん?今日これからタケルの家に行っていい?あの、高田さんの生徒の美桜ちゃんの……そう。……交通費?入ってる。大丈夫。あ、かおちゃんに言ってない。電話する。……あと一時間ね。はい」


 お母さんの携帯電話にか。高田さんというのは美桜の先生のことだ。もう一度どこかに電話している。


「……もしもし、かおちゃん?僕だよ。電話を取って……かおちゃん、僕、帰るの遅くなるから。……もうすぐお母さんが帰ってくる。多分、あと一時間くらいって。わかった?おやつ食べた?……先に食べていいからね。……じゃあね」


 家だな。やっぱり妹だ。あの時、僕は何かを聞き間違えたんだ。


 僕はそう確信して、シンイチが言った「妹じゃないけど」という言葉の記憶を消してしまった。


 














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