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Educator  作者: 槇 慎一


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29 奇跡


 夢とはいえ、タケルのおかげで欠点に気づいた。


 正解かどうかはわからないが、正解の一つであることは間違いない。これだけグサッときたのは図星だからだ。

 長所と欠点は表裏一体。確かに、長所と言っていいものは直す必要がない。

 しかし、その裏である欠点はどうしたらいいだろうか。ある程度、持って生まれた性格もあるだろう。


 僕は自分で考えた結果、誰にも明かしていない夢と、それを叶えるまでの『葛藤』を、自分との戦いだと思うことにした。


 その過程に、コンクール優勝がある。決して、コンクール優勝が目的ではない。

 権威ある日本ピアノコンクールに、教授に出てみろと言われるピアニストになろうと決意した。



 そして僕は、大学三年でそれを叶えた。

 夢みたいだった。その直前にかおりにキスをした。嫌がらなかった。自信がついたと言ったらおかしいだろうか。クリスタルの盾をもらった。それは大きさの割に、ずっしりと重かった。


 しかし、そこで初めて判った。母親が「大学も大学院も首席だったわ」と事も無げに言うのがわかった。獲った翌日から世界が変わるわけではないのだ。練習と勉強、研鑽の日々は生涯続く。確かに、それを知った瞬間は嬉しかったが、今となっては何だか嘘みたいだった。


 物足りない。


 僕は、自分と戦うハードルを、更に遠く、より高くした。




 かおりにも同じモノを持たせよう。




 かおりは、常々僕よりすごいと思っていた。翌年、かおりを高等部三年生で同じコンクール、同じ部門に出場させた。


 案の定、かおりはコンクールをあまりよくわかっていないようだったが、誰かと競うことなどは耳に入れず、只々自分で自分を高めるように、二人で音楽の美しさを追究するという方向にした。そして、かおりも僕の師匠である教授に教わる幸運に恵まれ、かおりの精神状態を見ながら練習と心のケアをしてやった。


 ステージの前に、ここで最高の演奏をしてほしいと、それだけ伝えた。そして、ゲン担ぎでクリスタルのアクセサリーを用意し、演奏前に髪につけた。


 結果、かおりも同じモノを手にすることができた。


 僕の母親が講師をしている音楽大学では、大学が指定するコンクールで所定の成績を修めると、講師採用試験に応募できる資格となる規定があった。僕が欲しかったのは、これだった。


 僕は、ピアノ演奏科で学年で一人だけの特待生で、卒業試験も所定の成績を満点でクリアしていた。母親と同じく、首席での卒業となる。目標の一つだった母親に並んだ。しかし僕は大学院には進学しなかった。


 タケルには『文化の衰退』という言葉を使ったが、前向きな言葉に直せば『文化の継承』だ。


 母親が僕に、二人の間で理想的な形で教育を施し、僕がかおりに最善を尽くすようにして、自分の持てる全てを授けた。


 また、僕とかおりは、世界の教授と呼ばれる素晴らしいピアニストからその手法と音色を受け継いだ。


 教授の奥様であるピアニストからは、かおりに対して、

「彼女はもう、誰かと競う必要はありません」

という言葉を頂いた。大変嬉しいものだった。


 誰もが上手くいくわけではない。 


 奇跡だ。




 かおりのグランプリが決定した夜。

 僕は先ず、かおりのお父さんの了解を得て、それからかおりにプロポーズした。

 

 真っ直ぐに僕を見上げ、短く「はい」と言ってくれたかおりは、ちゃんと意味をわかっていて、心からの愛情のこもった、迷いのない言葉だった。


 かおりはその時、高等部三年生……17歳だった。


 僕は、経済的に自立して、かおりと結婚するのが夢だった。












 




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