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Educator  作者: 槇 慎一


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27 良い教師とは


 僕の母親……『槇るり子』は背が高い。お父さんも、周りの男性より明らかに背が高かった。


 ピアノを習い始めた時のことなんて覚えていない。最初にピアノの音を聞いた時のこともわからない。それくらい小さい頃から毎日毎日ピアノを聴いていた。母親と一緒にいるのが楽しかった。その時期に、僕は所謂ピアノの基礎というものを教わったのだろう。仕上がりの基準には厳しかったが、基準は下げずにあらゆる方法でそこへ連れて行ってくれた。出来ないことを怒られたりすることはなかった。


 僕も真剣に弾く時間が多くなり、母親のレッスンは完全になくなった。初めて他の先生に習った。それは『教授』と呼ばれる先生で、僕が小学校五年生の時だった。


 教授のプライベートレッスンを受け始めたのは、教授が日本で演奏活動をするようになったからだ。教授は後に音大で教えるようになったが、当時は僕以外のプライベートレッスンをしていなかった。


 僕はそれなりに反抗期も出てきた。母親のレッスンから教授のレッスンになり、ロシア語を勉強しなければならず、僕は、何故かその苛立ちを、親ではなく教授にぶつけていた。ピアノが上手くいかない苛立ちも大きかった。


 母親は、自分の子供の頃よりも僕の方が上手いと言った。だが、僕はコンクールを勧められたことがない。ならば、かおりはどうだろうかと考えていた。


「今日の演奏が、一曲だけの自由曲のコンクールで、かおりちゃんを含む前後の学年となら、最高点がもらえると思う。けれど、かおりちゃんは少なくともまだ早い。あなたも」

 母親は嘘をつかない。ハッキリ物を言う。

 僕について、

「長所でもあるけれど、コンクールとなると欠点となる。直してほしいことではないから、言うつもりはない」

という母親の言葉を思い出していた。


 長所と欠点は表裏一体をなす。僕の欠点……。自分を、欠点がない人間だなんて思ったこともない。ただ漠然と『いい奴』とか『性格がいい』と言われる。


 教授に聞きたい。聞いたところで、教えてはくれないだろう。自分で見つけなければ。


 どうすればいい……。

 どうすれば見つかる?


 タケルに相談しようとしたが、未だに打ち明けていなかった。





 かおりが初等部五年になる四月の発表会の曲は、コンクールを意識して選曲した。


 自由曲、一曲のみのコンクールに出せる曲。他の子が選ばない曲。誰も知らない珍しい曲ではなく、王道路線がいい。審査員の評価も知りたい。かおりの得意な技術、かおりの持ち味、かおりの弱点……。僕は今まで以上にかおりのことを考えた。かおりのピアノが更に良くなるきっかけ、より良い練習をするための動機付け、いかに心身良い状態で、良い音に高めさせるか、寝ても覚めても考えていた。


 いろいろ見て、いろいろ試した結果、一つだけ確信した方法があった。僕が、僕の練習している曲をかおりに弾いて聴かせることだった。僕がかおりの練習している曲を弾くことよりも、何倍もの効果があり、僕が失敗しようがしまいが、その効果は変わらなかった。僕はそうして、日々かおりを高めていった。そして、その方法で自分の意識をも同時に高めた。


 発表会は上手くいった。

 僕は、リスト作曲の『ハンガリアンラプソディー 2番』を弾いた。

 かおりは、リスト作曲の『ノクターン 3番』……通称『愛の夢』を弾かせた。

 作曲家を同じにしたのは合わせたからだ。二人でリストについてたくさん勉強した。かおりは同じ年頃の女の子よりも背が高くて、手も大きかった。女の子故か力強さはない。無理して弾くレベルではなく、リストの曲をきちんと弾ける五年生の女子は、さほど多くない。


 僕は、母親にかおりのピアノコンクール出場の許可を取りつけた。母親から、かおりのお父さんに話して、許可をもらえた。


 僕のコンクールには、まだ何も言われていなかった。それに、それはもう母親が言うことではなく、教授が判断することだった。



 ある時、僕はレッスンで教授に生意気な態度をとった。教授は、そんな僕にも慣れたもので、

「そんなシンイチは良いピアニストにもなれないし、良い教師にもなれない!」

と言った。

僕はここぞとばかりに

「僕にも生徒がいます!」 

と言ったら、戯言だと思ったのか、

「今すぐ連れてこい!」

と言った。

 僕は教授の家を飛び出し、僕の家で一人で練習していたかおりを電車に乗せて、教授のところに連れて行った。


 教授は、まさか僕が本当に連れてくるとは思わなかったのだろう、しかも小さくて可愛い女の子で驚いていた。かおりに、僕が教えた『愛の夢』を弾かせた。


 初めてのコンクールが間近で、僕がもう何も言うことがないくらいに綺麗に仕上がっていた曲だった。教授はその場ですぐにかおりにレッスンした。


 そのレッスンの数日後に行われたコンクールでは、かおりの音色の豊かさが誰よりも素晴らしかったと、小学校高学年部門の第一位と、審査員特別賞をもらった。


 その時、かおりのそれは僕の指導力の結果ではないことに気づいた。そして、僕自身がより一層ピアノに真剣に取り組むようになった。教授の言うことを素直に聞き、かおりにも今まで以上に真剣に教えるようになった。かおりも僕と同じペースでついてきた。かおりとは、片想いとか両想いとか、つき合うとは違う、そんな真剣な相手だった。

















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