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Educator  作者: 槇 慎一


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11/30

11 今日、自分の練習をしていない?


 美桜ちゃんの二回目のレッスンをした。

 そもそも高田さんの生徒だ。でも、前回僕が教えたことを覚えていてくれた。成果があって、練習も継続していた。わかった時の表情、弾けた時の嬉しそうな横顔。僕のレッスンは楽しいと言ってくれた。僕も嬉しかった。


 しかし、今三年生か……。何年間習ってここまで来たんだ?でも、普通だったらもっと前に親が辞めさせてしまうとも聞いた。それを考えれば、タケルと美桜ちゃんのお母さんはおおらかで、すぐに結果や成果が出なくても待ってくれた親ってわけか。


 きっかけは高田先生の卒業祝いコンサートだ。音大卒業後にリサイタルができる人は、そういない。僕のお母さんは「せめて半分でも」と言って社会人デビューコンサートと称して一緒にコンサートに出演した。そのきっかけがなかったら、あのままずっとあのペースでバイエルを習っていたのだろうか。


 それにしても……。


 もちろん、ゆっくり習ってもいい。早く進まなければいけないなんてことはない。だけど、ある程度一人で出来ないと、楽しむレベルまでいかないのでは?ある程度……。これだけ習っていながら何から何まで誰かに教えてもらわないといけない状態だと、ちょっと……。一人で弾くならまだしも、連弾など誰かとアンサンブルをする喜び、誰かと一緒に弾く喜びは……ある程度出来た上でしか楽しめないだろうなぁ。一人で弾くにしても、わからないと弾けない。弾けた方が楽しい。ピアノ習うって、そんなに大変なのかなぁ。お母さんが言うには、お母さんがピアノが弾けるかどうかは関係ないと言っていた。かおちゃんのママもピアノは弾けない。


 ただその時間だけ教えるんじゃなく、上達する喜びも伝えたい。綺麗な音を出せた時の感動も……。かおちゃんが奏でる音は、僕が教えた成果以上だ。かおちゃんが進む以上の速さで僕が進まないと……。僕は早く大人になりたい理由がある……。


 帰宅すると、お母さんいなくて、お父さんがリビングにいた。胡座をかいた中にかおちゃんを座らせ、後ろから本を読んで聞かせていた。そこらじゅうに本が散らばっている。かおちゃんは、僕のところに駆け寄ってきた。かわいくてかわいくてたまらない。頭を撫でると、素肌がサラサラで石鹸の香りがして、髪はシャンプーの香りがした。お風呂にも入ってあるらしい。今日はかおちゃんが起きていられる時間に帰ってきたかったから、間に合ってよかった。


「かおちゃん、ただいま」

「しんちゃん、おかえりなさい。にがくしょう、ひいた」

「え、ギロックの二楽章、一人で練習したの?」

 かおちゃんに、お土産の入った大きな紙袋をわたすと、中をのぞきこみながら頷いたものだから、バランスを崩して前に倒れそうになるのをだっこして支えた。頬があったかい。もう眠いんだな。


「慎一、教えてきたんだって?」

「うん」

「何だ、浮かない顔をして。バイト代もらったか?」


 僕は、封筒をそのままお父さんに渡した。

「頂きました」


 お父さんは中を見て驚いた。封をしてあったし、僕は中身を知らない。

「慎一、すごいな!四年生でこんな稼げる男はいないぞ!何を教えたんだ?」

 お父さんは大袈裟ではなく驚いていたが、明らかに面白がっている。

「……二時間で、バイエルを三曲」

「かおりは一人で数時間、ギロックの二楽章を譜読みしたぞ。慎一は?」

 お父さんは、僕を試しているようだった。僕はすぐに答えられなかった。自分でもわからなかった。お父さんは、今日僕がまだ自分の基礎練習しかしていないのを知っているのだろう。


「るり子は今、慎一の新しい先生を探すために、人に会いに行ってる。かおりも来年一年生になる。るり子は仕事を増やすつもりでいる。わかるか?『スケルツォ』をいつでも聴かせられるように、頑張れよ」


 お母さんは、僕のことを上手いと言ってくれる。新しい先生を探しているらしいのは、本当だったんだ。僕はお母さんの子供の頃より上手だなんて思っていない。ずっとお母さんに習うのはダメなのか?喧嘩するわけでもないのに……。


 あ……お母さんが仕事を増やすのは、僕のレッスン代のため?僕には、誰かを教えるより、もっと練習をしてほしいのだろうか。……確かに、教えるのは時間がかかる。今日だって、朝自分の基礎練習をして、かおちゃんのレッスンをして、美桜ちゃんのレッスンをして、タケルと遊んで、また美桜ちゃんのレッスンをした。


 帰宅後のかおちゃんの進み具合を聞いて、自分の練習をしていないことに急激な焦りを感じた。かおちゃんのためにも、自分が遥か先へ行きたい。いや、自分自身のために。


 お母さんはいないけど、お父さんがいる。かおちゃんの面倒を見なくても大丈夫なら……。


「練習してくる」

「流石、慎一。かおり、おいで。本の続き」

 お父さんは、僕の足元にいたかおちゃんを、ひょいっと抱きあげた。ほっぺをすりすりしている。それは、寝かせる前にかおちゃんが安心する習慣だった。


 マズルカは後だ。寂しさも後だ。

 スケルツォを弾けるようにしなくては。


 僕は自分で決意した。














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