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THEM-正体不明-  作者: 柏木祥子
7/11

パラライザー”麻痺” 7

 猫殺しは、一つの説によれば、監視者を殺すことを意味している。猫はひそやかにこちらを見ている。人が来れば隠れ、死ぬときはどこかへふらりと姿を消す。自意識過剰で人の目を気にする手合いの人間は、じっさいにこちらを見ているわけではない人の目に対し、真実こちらを窺う目として、猫にその役割を転嫁するのである。猫を殺すものは秘密を持っている。その秘密は、猫を殺しさえすれば内側にとどめておくことができるのである。


 殺された猫は全部で十三匹確認された。積み上げられた死体は、下へ行くほど腐敗が進んでおり、判別が難しかったが、頭蓋骨の数で十三匹だとわかった。

 彼らの死因については、電撃を流されたということだけわかった。猫は内側から破裂していた。骨や肉に焼き目のようなものがあり、外側にはあまり見られなかったので、電撃で殺したのだろうというところで警察の見解は一致した。


 不思議なのは、彼らが呼吸麻痺や心室細動で死んだわけではないことだった。電撃が過度に脳幹や心臓を刺激して、その動きを止めさせたのではなかった。その電撃は一瞬で猫の身体を沸騰させ、爆発させたのだった。それほどの電撃は、市販のスタンガンではどれだけ改造しても不可能だった。たとえ車のバッテリーを直接つないだとしても実現しないだろう。これは一種の不可能犯罪だった。

 だが、警察にとっても、地域住民にとっても、その点はそれほどの問題ではなかった。警察からしてみれば、手段が何であれ捕まえて訊くのが一番手っ取り早く正確だということが分かっていたし、地域住民からしてみても、手段などというのは犯人が捕まらない一因に過ぎず、本当に重要なのはネコ殺しがいるというその事実だったのだ。ただでさえ世間はまだ、数年前の神戸の連続殺人を引きずっていたし、同じ北関東では栃木のリンチ殺人からまだ数か月しか経っていなかったのだから。

 全校集会の前に、教員だけで集会が行われた。


”——ですから、生徒たちに不安を与えないように、細心の注意を払って——”校長の話で、教師たちは絶対に猫殺しの話には触れず、聞かれてもはぐらかすようにということになった。


”幸いにして、学校はもうすぐ夏期休業にはいります。よって明日の全校集会を終業式替わりとし、それ以降は登校しないようにできます。”


”夏期講習はどうしますか?”


”一般の補習については、中止します。榊原先生、内藤先生、申し訳ありません”


 榊原先生がとんでもない、とつぶやくように早口で言い、内藤先生も頭を下げた。


”ただ、成績優秀者向けの高校対策の補習と、成績が不振の生徒に対する補習は、他行の校舎を借りる形でやろうと考えています。候補としては――”


 その後、時間をかけて教師たちによって日程の調整がなされ、夏期講習の一部は開催する運びとなった。教師もまた、理科の補習授業を受け持つことになり、対象生徒の名前が挙げられた紙を渡された。いつか自分に色素のことをしつこく聞いてきた生徒の名前もあった。


”不安にならないようにって、言ったってねえ”

 と、隣の席の先生が言った。特にどこかを向いて話していたわけではないが、自分に向けてだとわかった。

”もうみんな不安だと思うんですけどね。気を付けたって。ねえ、そう思いませんか?”


”そうかもしれませんね”


”逆に図太いやつはずっと図太いですよ。つまり、なんだ、僕たちは犯人を捜すべきなんじゃないかってことなんですよ。こんな対症療法的な手段でなく、ね”


 教師には彼がどこまで本気かはわからなかった。実は本当にそう言っているのかもしれないし、すべて冗談なのかもしれなかった。ただ一つ言えることは、その意見自体はわからないでもない、ということだった。こんな風に手をこまねいて、話さないで蓋をしてしまうのが正解というのは、《《ひどく不自然に思えてならないだろう》》から。


 けれどもこれは、そこのところも含めた冗談であるには違いなく、彼も本当に犯人探しなどやる気はない。”と、いうのは冗談ですけれどね。でも相澤先生、誰が犯人かなんとなく見当は付きませんか?”

 それは確かにそうだ。そうだ……そういってしまうことも、おそらく問題なのかもしれない。教師は考えもしなかったが、犯人らしい人間というのがいるのは、確かに事実だった。

 校長はあえて言わなかったが、猫殺しがこの学校の人間であることはほぼ間違いない。


 なぜなら裏山は普通に上るには急斜面が多く、学校側を除けば、真反対にある小さな祠への道以外、入り口のないフェンスでぐるりと囲まれている。祠の道は、山に入ってすぐ終わり、そこから猫の死骸まで辿り着くには、多大な労力がいる。それに、そこまで行くのに、もっといい場所はいくらでもあるのだ。反対に校舎側の入り口は、南京錠がつけられているが、男子生徒二人が簡単に入れたように、すでに壊れていて、有名無実と化している。フェンス際は焼却炉と避難口ぐらいしかないところだが、校門からも裏門からも少し遠いところにあるので、十数回外の人間が通うのは無理という話なのだ。


 なので猫殺しは学校にいた。それに候補もいた。そういうことは、校長も理解していただろう。翌日の全校集会では、「警察の方もいま全力で捜査しています。ご心配はいりません」という話をした後、「くれぐれも犯人探しなどしないよう。誰がやったとか、だれだれさんがあやしいだとか、そういう話もいけない」と付け加えたほどだった。


 候補の話はそれでも密やかに行われた。全校集会の中でさえ、生徒たちはひそひそと互いに話し合っていた。三年の不良――彼らはこの集会には現れなかった。もっとも、両親が外出させないために全校集会を欠席した生徒もいたのだが。不良たち、奇妙な言動をする子、特に川瀬夏子の名前があちこちであがるのを教師は聞いた。


 とうの夏子は、生徒たちのちょうど真ん中あたりにいた。周りより一回り背が高く、妙に座る姿勢がよかった。きょろきょろと辺りを見回していたが、特定の誰かに目を合わせることはない。気にしているのかいないのか、その身振りからはいまいちわからない。


 とはいえ、だからといって、夏子が疑われているとはいえ、彼女が糾弾されるなどという事態にはならず、全校集会のあと、警察が裏山のフェンスの方へ歩いていくのを横目に、全員が帰宅した。

”川瀬夏子なんじゃないですかね”


 教師の隣の席の先生は、帰り道を歩きながらそう教師に話した。

”私はそう思うんですよ。だって彼女、よく教室から消えるでしょう。お弁当を持って、あのフェンスのあたりで食べてることもよくあるらしいですよ。それに不良っていうのは、確かに猫を殺したっておかしくないような連中もいますけどね。あんな妙な殺し方はしないですよ。あれは……そう、魔術的。魔術的な殺し方じゃないですか”


”じゃあ川瀬夏子は魔法使いですかって? いや、僕だってそんなことをいうつもりはありません。ただ、そういうものに興味がありそうなのは、どちらかと言えば彼女の方じゃありませんか?”

”わかりません”と教師はいった。”でも尋常でないことが起きたなら、あとはもうなんだってありえるんじゃないんですか”


 教師はそれを本当に思っていったわけじゃなかった。ただこの話を打ち切りたいだけだった。犯人が誰かは教師にとって気にすべきことじゃなかった。問題はこれから起こることなのだから。


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