パラライザー”麻痺” 6
猫が殺されたのは、のちのちの新聞の見解によれば、四月半ばから七月、つまり今月にかけてのことだった。
猫たちは森林のアカマツのなかでもひときわ大きい一本の根元に、取り込んだ洗濯物のように無造作に積まれていた。アカマツはフェンスからはやや奥まった斜面に生えていたので、ふつうには見つけることはできなかった。
多くの偶然がなければ、発見はもっと遅れていたに違いなかった。見つけた子たちはどちらも駅前の学習塾に通っていたふつうの男性生徒で、受験勉強と学校の勉強に挟まれてしまって、期末試験がはじまるまえに、ブルーな憂鬱に巻き込まれてしまった。
彼らはどちらともなく学習塾をサボることを提案し、完全下校時刻まで校舎にいた。お金はなかったし、万が一買い物中の家族と鉢合わせるようなことがないようにだった。そして塾が終わっているはずの時刻まで裏山を探索することに決めたのだった。夏枯中学校のすぐ裏には学校所有の山があり、フェンス一枚で敷地と繋がっていた。
裏山にはアカマツが多く生えていて、低木はカシワなどがある。松ヤニと土の匂いがして、地面を踏みしめると、湿り気のある腐葉土からじわじわと水が染み出していた。彼らはとりとめないことを話した。二人ともポルノグラフィティが好きで、アイドルソングもよく聴いていた。漫画は最近になって少年誌から青年誌に乗り換えた。小説はあまり読まなかった。
「それで長い棒が背中から突き刺さって、内臓が飛び出るの」
二人の男子生徒のうち、実松という名前の方がおどかすように言った。もう一人の、山王という名前の方は、グロテスクなものが苦手で、実松の言っている内容をいやそうな顔をして聞いていた。「お前そんなんばっか読んでんなぁ、親とかなんにも言わんの」
二人は暗くなりつつある山の中を歩いていた。後ろを歩く山王の視線を感じながら、実松は言った。
「言わない。ロリコンぽくなければなんにも」
「宮崎勤?」
「酒に鬼のほうもあるべ」
山王はあっちはロリコンじゃないんじゃないの、と返そうとしたが、胸糞が悪くなってしまい、何も返すことができなかった。「はあ」ため息に似たものが口から漏れ出た。歩いてしばらく経っていた。裏山はさほど深くなかったし、もうずっと人が入らないようにされて来ていたが、登ることが全く想定されていないわけでもなかった。背後で立ち止まった気配に気づいた実松は、山王を振り返ろうとして、鼻の先に腐敗した鉄のような匂いを感じ取った。「……なんの匂いだ?」
「え?」山王が言った。
「あっちのほうからする」
そう言って足早に視界から消えた実松を追って、遅れて山王もその匂いを感じ取った。しかし山王の方は、匂いから不気味なものを感じ取り、足がすくんでいた。
この辺りは、アカマツの木に囲まれていて、高低差がわかりづらかった。フェンスから歩いていると、ちょうど足が疲れてくるあたりで、傾斜の感覚もつかみづらく、まして暗くなりつつある今は、ほとんどなにも見えないと言っても過言ではない。なので山王には、ふっと実松が消えたように感じた。実松の姿が消え、ぞっとするような恐怖が背中を襲った。すぐ実松が、大きな叫び声をあげなければ、暗闇にそのまま飲み込まれてしまいそうだった。実松が叫び声をあげ、山王は彼に近づいた。このときには彼が傾斜から滑り落ちたことには気づいていなかったが、それ自体が異常な事態ではないということはわかっていた。なので安堵が勝っていたのだ。
けれど実松がずっとわめいているので、山王も徐々に状況が分かってきた。実松が言っていることは最初何も理解できなかった。呂律の廻らない口で同じ単語を繰り返していたから。
「えこ、えこ、えこ、えこ」
――えこ?
と山王は思い、実松が指をさす方向を見た。
そこに猫の死体が積んであったのだ。
猫は全部で十三匹いた。すべてが毛皮を逆立たせていて、すべてが背骨から爆発したように体が裏返っていた。暗いうえに損壊が激しかったので、はじめそれが猫であることもわからなかった。しかし、一番上に積まれた死骸が、目玉を飛び出させながらも、特徴的な耳の形がまだ残っていたので、それが猫であるとわかった。
山王は友人が縋りつく声も気に留めず、その場から逃げ出した。実松は腰が抜けて、山王が匿名で呼んだ警察がくるまで、土の上でうずくまって泣いていた。左手で山カズラのつるを掴んでいた。
感想、批評いただけると幸いです