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001―1 はじめての憑依 ~チュートリアル的な説明を添えて~

 献金という名の賄賂、下の者から搾取した金で官位を買う。

 後漢王朝の政治は乱れに乱れ、そのしわ寄せは住民の生活を圧迫していた。

 住民の怨嗟の声に呼応するように、太平道の教祖張角による黄巾の乱が勃発。

 数千万人の死者を出した乱世の幕が開ける。


『蒼天已に死す!』


 中華全土を駆け巡った1つの言葉が漢王朝400年の歴史に終止符を打とうとしていた。


 自らを「大賢良師」と称し、蒼天――漢王朝に代わり天下を平定させるため教主張角は鉅鹿の地で立ち上がる。党員たちは黄巾を身につけ、各地で反乱を起こした。中華全土を巻き込んだ農民反乱に動揺する漢王朝は、すぐさま皇后の外戚である何進(かしん)を大将軍に任命し、事態の収拾をはかる。

 そして、各地に派遣された官軍と黄巾党員の永きに渡る戦いは、群雄たちの野心を刺激していった。


――西暦184年、中華全土を天下泰平へと導くため各地で群雄たちが声を上げた……。


―― 184年1月 春 ――


孔伷(こうちゅう)様、ご命令を――」


 ……ここは? 独特の臭いがする薄暗い事務所っぽい場所、目の前にはショボい事務机、その先には段差が一つあり下の段から扉までは六畳くらいのスペースがある。そして俺は事務机の前で正座している。


『孔伷様』と、どうやら俺に対してやや甲高い声で話かけている人物は、能面のような表情をした中性的な男(?)で、両手を前に出して重ねている。服装は黒に近い濃紺色の中国の民族衣装、足元まである裾のしわの入り方を見ると、かなりの内股なのがわかった。


「えーと誰?」


 孔伷って誰、お前も誰、俺は誰の3つの意味での呟き。ややしゃがれた声は自分の声とも違う気がする。


「……漢文官英(かんぶんかんえい)にございます」


 おう、漢文って言うのか。フーアーユーの謎はさくっと解決。


 ちなみに孔伷って誰よの謎もほぼ同時に解決している。なぜなら目の前の漢文を名乗る人物に重なるように頭の中にゲーム画面が出てきて、そこに孔伷らしき奴が小窓から手を振っているのだ。


――孔伷公緒(こうちゅうこうしょ)、34歳。俺より年下のはずなのにアラサーというよりアラフィフな見た目……。


 金色縁に弁柄色の“弁――鹿の皮などで作られた帽子――”をかぶり、眉間の距離を長めにとったところにポジショニングしている濃いぃ眉、くりっとした小さな黒い瞳、穴の自己主張の強い立派な鼻、鼻下から顎まで繋がったヤギヒゲを生やした団十郎色の漢服を着たおっさんの顔。


 たしか後漢予州刺史、日本でいうと軍権のある県知事的な役職のお偉いさん。


 正史では人物批評や清談高論が得意で、息を吹きかければ枯れ木に花を咲かせると言われた仙人みたいな人らしい。実際には花に息を吹きかけると枯れる可能性があるほど口臭が気になる。――独特な臭いの発生源、それが三国志マイナー武将の1人孔伷()だった。


【ステータス】

 所在:(しょう)

 身分:君主

 年齢:34歳

 名声:324


 武力:32

 知力:81

 政治:53

 魅力:44


 兵士:20000

 訓練:60

 士気:44

 勇名:820

 経験:16000


 陣形:箕形(きけい) 生者(せいじゃ) 方円(ほうえん)


 特殊能力:火計 収拾 激励


 小窓に意識をやると、いわゆるステータス画面と孔伷のプロフィールが表示されていく。


――ちょっと自分が何を言ってるか分からない。


 俺は誰なのかという謎が一番知りたいが、うっすらと思い当たる事を認めたくないので他の事から把握していきたい。


「孔伷様、ご命令を――」


 漢文が発言すると、意識を引っ張られたのか画面が変わる。上半分の左に小窓、中央に何かしらの地図、右に恐らく所持金、所持米、所持兵士の数が並んでいる。


 下半分に【内政】【人事】【外交】【軍事】【計略】【情報】といかにもなコマンドがある。


 命令ってのはこのコマンドから選べってことか、うん分からん!


 能面マンは微動だにしない。そろそろ認めない現実を認めていこうか――

 

 俺に残っている記憶を手繰る。


 こうなる前は、アラサーのサラリーマンだったはず。両親に先立たれ、家族や友人に恵まれない天涯孤独の俺は、暇潰しに【三国時代を舞台に、群雄たちを操って、中華大陸の統一を目指す、シミュレーションゲームの5作目】に当たるゲームを始めた。


 『スタート!』ボタンからのブラックアウト、で、今さっき漢文に話しかけられて意識がしっかりする。以上。


――は?


 は? だろ、どう考えても。突拍子もないこの現実は、転移や転生モノの多いラノベではマイナーでもない謎ジャンル『逆行憑依』だぞ。


 夢なら早めに覚めてほしいが、孔伷()から発する独特の臭いがリアルだと主張している。ここ、歯を磨く文化あるよね?


 しかもリアルといってもゲームの三国志、つまり俺が多少は知ってる正史も三国志演義の知識も全く役に立ちそうにない。


 そもそもゲームだからこそ、孔伷とかいわゆるマイナーな文官が君主として領地を仕切っていられるのだと思う。


 ……うーん、それにしてもよりによって孔伷か、ゲーム序盤で吹けば吹き飛ぶ泡沫君主の1人――


「孔伷様、ご命令を――」


 だいたいさ、すげえ軽々しく『孔伷様』って格下文官が呼んできてるんだけど、これは普通に怒っていいはずだ。だって“伷”は(いみな)といって、この時代の人たちからすると非常に大事な部分だ。格下が気軽に呼べば首ちょんぱされてもおかしくないのに、なのに小窓の中の孔伷さんは知らぬ顔。


 細かいことはいいんだろう……さすがゲーム!


 ならば、こちらもNPC疑惑のある能面マンを無視して、孔伷()がいる領地の情報と隣接領地の情報を――


【ステータス】


 都市:譙

 太守:孔伷

 農業:241

 商業:518

 治水:75

 防御:303

 民忠:70


 人口:144200

 武将:1

 在野:0

 兵士:20000

 予備:0


 内政担当:0

 軍事担当:0

 人事担当:0

 計略担当:0

 外交担当:0


 画面の地図で見ると、首都の洛陽から見て南東に位置するこの領地は、許昌(きょしょう)陳留(ちんりゅう)汝南(じょなん)を黄巾軍、濮陽(ぼくよう)喬玄(きょうげん)一族、徐州(じょしゅう)を人柄の良さそうな陶謙(とうけん)爺さん、寿春(じゅしゅん)を気の弱そうな劉繇(りゅうよう)が統治している戦いなしでは逃げ場ゼロの場所。


「わーい……絶望的」


 しかも兵士は2万人、武将は孔伷()だけ。


 もしも各地の群雄たちが領土を広げたいなら、真っ先に候補に挙がるポジショニング。


「孔伷様、ご命令を――」


 もう! コイツぐいぐい急かしてくるぅ!


 ……仕方ない、ゆっくり考えたいし適当に命令出すとしよう。


「わかった、命令だな。えーと」


 リアル机上には『命令書』と墨で書かれた竹の巻物が3つだけ置かれている。


「……3つ、これだけ?」


「はい、我ら日常業務がございますゆえ……」


 ゆえって、トップの命令がたったの3回ッ!?


 これもしかして……ゲーム特有のその月の行動回数が決められているやつ? ゲーム知識なら名声値が影響する。


――孔伷の名声324だとうッ!?


 孔伷の名声、少なッ!! あ、孔伷さんが少しだけ面目なさそうな顔になってる。もっと反省しろッ!


「おいおい、君主の命令は絶対だろ?」


「――我ら日常業務がございますゆえ」


 日常業務って言えば許されるとでも? しつこく日常業務を聞きほじると、農業、商業、治水工事に城の防御を固めるなど激務でした、生言ってすみません。


「ふーむ」


 もしゃりとした髭触りを確かめつつ、とりあえずやるなら【内政】か……。


 【開発】……金100で領民に農業、商業、治水工事、城の改修をさせよう


 【巡察】……領地を見て回って民心を安定させよう


 【取引】……商人と米の取引をしよう


 【略奪】……領民から金と米を巻き上げよう


 譙には商人がいないから【取引】はできない、【開発】もなぜかできない。残る選択肢は【巡察】【略奪】か、さらっと怖い命令あるな! そもそも説明書きは誰が書いてるのか……。


 ん? もしかして金と米が2万超えてるのって……、おい孔伷さん、目を合わせてくれよ。――お前、さてはやってんな?


 【人事】は【捜索】【登用】と武将スカウト系のみ使える。


 【捜索】……領地で隠れた人材をさがそう


 【登用】……仕官している武将を金500でスカウトしよう

      在野(無職)に金は払わない


 【褒美】……金100で忠誠の低い武将の心を買おう


 【アイテム】……【授与】【没収】で武将の心を上下させよう


 【修行】……忠誠100の武将を1年間、放浪に旅に出そう


 【酒宴】……酒を飲んで疲れた気力を回復させよう


 【任命】……【参謀】【太守】【将軍】【追放】で武将たちを翻弄しよう


 【担当】……【内政】【軍事】【人事】【計略】【外交】の担当官を決めよう


 ……ちょいちょい適当だな。まあ配下がいないと選べない項目が多い。あとは【軍事】【計略】【外交】の中も細かいな、とりあえずパスッ!


「孔伷様、ご命令を――」


「あーうっさい! そんなすぐに命令とかないわ!」


 このしゃがれた声だとイメージ違うな、孔伷さん風の話し方を模索しておこう。とりあえず命令は明日までに考えておく。


「……承知しました。で仕事に戻ります」


 やっと引き下がってくれたか。


「――はあ」


 どうしようこれ。1人になった俺は、冷たい板張りの上に敷かれた薄い(むしろ)に痺れた足を投げ出した。

感想お待ちしとります!

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