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駅での出来事

作者: よしお

残業をしていた。ふと時計をみると23時を回っていた。気がつけば事務所には誰もいなく、私の席の近くの蛍光灯しかついてなかった。

 

(また、最後の一人だ。)


定時で上がる社員が居る中、深夜残業をするのは流石に良くないと思ってはいる。上司にも注意をされていたのは確かだったし、後輩社員が私の残り癖を嫌がっているのも感じてはいた。ただ、それでも遅くなるのを改善しようとはしなかった。今時な言い方では、”仕事ができない”、と言われても仕方がない。


(他のメンバーは、本当に必要なことに気が付かないだけで、自分がいなければ、仕事が回らないんだ・・・)

 

内心では、こう思って、やり過ごしていた。

 

団塊世代が上司だった頃は、決して評価は悪くはなかった。遅くまで仕事をする=仕事熱心、と捉えてくれた、否、年功序列の考えで評価は適当だったのかもしれない。


(いい意味では、全員、平均的に昇進させる)

 

事務所は駅から歩いて20分以上かかるところにあった。いつもは、終電の一つ前の電車に間に合うように事務所を出て、”健康のための小走り”をして駅に向かうのが習慣だった。


走りながら、駅までの道中にある飲み屋街を通り過ぎると、以前、上司に連れまわされていた頃を思い出してしまう。彼らは、深夜まで私たちを飲みに連れまわして、年功序列がいかに理にかなったシステムなのか、を熱弁したりした。200回以上、聞かされたろう。そして、幾度、その理不尽な連れまわしの解放を願った事だろう。時代が変わり、その願いは叶って、解放された、のだが、自分の時代が来たわけではなかった。氷河期世代の年下が、私の上司となった。


面接の度に、


「いつも、遅いですよね。もし、仕事が多すぎたら後輩に振ってください。」、と諭されていた。


「すみません」


若い上司は困った顔をした。その顔は、私の自尊心を傷つけるのに十分だった。


駅のホームは、この時間は、たくさんの人で賑わっている。ほとんどの人間が酒席帰りだから、声のトーンが大きく、人数に対しても騒がしい。ただ、終電になると、もっと厄介な重症の酔っぱらいが増えるし、絶対に遅延するから、”一本前”は、それを避けるための小さな抵抗(対策)なのである。少し息が上がりながら、間に合ったことにほっとしつつ、喧騒のホームの端を歩いていた。”一本前”は、予定通りの時刻に、プワーン、警笛とともに、電車が滑り込んできた。


その刹那、左ひざが落ち、ホーム側へバランスを崩した。


(あっ、やべっ。)


私は、原因は知っているつもりだった。 ”飲み二ケーション”不足!自分の時間を大切にする若い世代には、確実に嫌われそうだから、というのは、言い訳だ。無理に合わせるのが面倒だったし、なにより、自分がされて嫌だった、団塊世代の手法である、終電がなくなるまで連れまわし、自論を押し付けて、タクシーで帰らせるという、自分がされて嫌だったことが、実行できなかっただけなのだ。そして、それ以外の方法で、後輩と人間的な交流ができてなかったのは、今の状況の根本であり、私の能力そのものだった。既に岐路が変更できないレールに乗ってしまっていて、戻れなかった。


重心は、確実に線路側だった。


「おいっ!何してんだ!お前!」、団塊世代の元上司のAが私の腕を引っ張った。


「あっ、Aさん」


「相変わらず、フラフラしてんなあ。」


「お前はさあ、俺が引退してから、全く連絡もよこさんで。」


「すみません、ちょっと最近、(仕事が)立てこんでまして。」


彼は、笑顔だった。


「おいっ、折角だし、少し付き合え。」


「はいっ」、言い訳のスキはない。(今ではパワハラだ(笑))


その日は、やはり、徹夜になった。彼は相変わらず、酒がめっぽう強くて、年功序列がいかに素晴らしいかを語っていた。そして、深夜、彼は一方的にタクシーで帰路についたのだった。ただ、今の不遇な自分にして、話の内容に焦点が向いた(気がした)。別れ際、困ったような顔は、やはり、私の自尊心を傷つけた。


取り残された私は、そのまま、早朝、出勤した。そして、誰も、私が同じネクタイだということに気がつかなかった。流石に眠いので、19時過ぎくらいに席を立ったが、誰も、何も言わなかった。


「お先に失礼します。」


いい慣れてない言葉を発し、足音を立てずにロッカーに向かった。 外に出ると、雨が降っていた。昨日から天気予報など知らないから、傘などない。そのまま、”健康のための小走り”で、駅まで駆けた。息が上がりながら、駅に上がると、誰もいなかった。この時間のホームは、あまり知らない。


(定時あたりだと人が多かった気がするけれど、この時間はこんなに人がいないもんなんだな。)


昨日、Aさんに声を掛けられたあたりで、電車を待つことにした。


(そういや、Aさんって、昨日なんでここにいたんだろうな。)


(そういう、人への興味が無いところが駄目だって、言われてたかな。)


次の電車がなかなか来ない。ん?掲示板も何もついてない。なんか変だな。故障?人身事故?しかし、放送がありそうなもんだ。待っている間、昨日のことを思い出していた。Aさん、70を超えてたはずだけれど、相変わらずだったなあ。彼は部長まで行って、年功序列をしっかり果たしていた。


「私は、今まで頑張ってきたつもりですが、年下に使われてとてもみじめですよ。」


それは、昨日も言えなかった。

 

「私も、年功序列がいいです。モチベーションが落ちたら意味がないです。マネジメントは上下関係じゃなくて、役割分担なんです。そこの理解が無い状態で、年功序列が悪とされた。つまり、マネジメント能力が高いものが昇格すべき、という考えが主流になりました。そして、私のようなマネジメント能力がない、コツコツタイプは、遅くまで会社に残って、下仕事をすることしかなくなり、昇進ができない。そして、年下上司には、残るなと言われます。なんだか、悔しいです。」


それも、言えなかった。


「あれだけ、あなたに説教されても、これじゃ意味がないですね。」


それも、言えなかった。


「まもなく、*番線に、電車がまいります」


放送がかかったとき、飲み屋での記憶がよみがえった。


「ちがうだろ。」


Aさんは急に真顔になった。


「お前は本当に馬鹿だ。俺の意見に反対したことが無いのがそもそも駄目だ。お前はだから駄目なんだよ、だからしつこくいってるだろ。これだけ言われて頭に来ないのか?途中から、俺の話も聞きゃしなかったじゃないか。怒るぞ。」


彼は、本当に怒っていたのかもしれない。


「そういう、お前をどうやったら奮起させることができるか、俺なりに考えてるんだ。」


「殻に閉じこもった人間に対して、俺のやり方は、ストレスを与える、しか思いつかない。」


「結局、本人が奮起し、殻を破るしかないんだ。」


「俺はお前が嫌がっているのをとっくに知っている。」


「だから、終電を逃すまで俺はお前を連れまわす。」


「お前は、いつか、もう嫌です。勘弁してください、と、ちゃんと伝えるべきなんだよ」


「おい、わかるか?」


(・・・・)。


そんなこと言ってたんだっけ。今まで思い出さなかった。これは、いつのセリフだったか。


プワーン、警笛とともに、電車が滑り込んできた。


その刹那、左ひざが落ち、ホーム側へバランスを崩した


(あっ、やべっ。)


デジャブ?(昨日とお、な、、じ、、)


誰かが腕をつかんだような気がして、重心は、線路側ではなく、なんとかホーム側に戻っていた。いつの間に、人だかりがたくさんあって、転んだ私に対して、誰かが「大丈夫ですか」、などと聞いてきた。



私は、何故か涙をこぼしていた。


茫然自失。


電車に乗り込んだ。何故かその電車は、”一本前”だった。


(終わり)

 

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[一言] 良い話ですね。
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