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大願/呪詛 1

 どれほど前の出来事だっただろうか。


 少年は真夜中の山奥で四方を絶え間なく見回していた。冷え切った大気の中から時折聞こえるのは、鬱蒼とした木々が風に吹かれてざわめく音ばかり。獣の鳴き声の一つもあってよさそうなものだが、先刻からそのようなものはまるで聞こえてこなかった。


 彼は赤いコートを着ていた。そんな装いをするのだから、季節は冬か、それとも晩秋かという具合だろうが、ひょっとすると夜に強く冷え込む北方の地の春や夏だったかもしれない。


 少年の傍らには男がもう一人。眼鏡をかけた痩躯の男の名は照二てるじといった。次男坊だから『二』という字をつけられたのだという話を聞かされたことがあった。


 深い茂みの奥で何かが蠢いた。少年はその方向を見る。雲の合間から差し込んだ薄い月の光がわずかにその正体を捉えた。


 猿だ。単なる野生の猿ではないのは、その昏い眼光を見れば明らかだった。生ある者共の理から外れた『あやかし』――照二からはそう教えられている。


「太刀を抜いておきなさい」


 照二に言われるまま腰に結わえ付けた太刀に手をかけ抜刀する。妖とはいえど、真剣で何かを斬ろうとするのはこれが初。正眼に構えた両手の震えは寒さでかじかんでいるのではなく、生物らしきものを斬ってしまうことへの恐怖ゆえだった。


 猿は動くことなくその相貌を二人の方に向けていたが、ほどなくして茂みから駆け出し、少年へ飛びかかる。現れたその体躯は少年の背丈の半分程度だった。大仰な名など付けられてはいないであろう下等な妖。ならば一太刀で決着をつける。そうでなければ『妖斬り』など務まらないのだ。


 宙に浮いた猿を目前まで引きつけ、一歩踏み込み袈裟に一振り。それだけで十分だった。

 猿は躰を両断されて少年の左右を通り過ぎ、黒い霧を発して闇へ溶けていった。


「そうそう、新しい名前が必要だ。不埒な連中に君の名前をいいように扱われることがあっては、この先は危うい。言霊というものがあるからね」


 緊張が解け太刀をだらりと降ろした少年に、照二は今しがたこの場で起きたことなど何もなかったかのように話しかけた。

 少年をつま先から頭までじっくりと眺めた照二は少し息を吐いて、


「――『紅色べにいろ』というのはどうかな」




「あの、起きてください」


 不機嫌そうな声に、彼は目を開ける。椅子に座ったまま眠っていたようだ。


 彼の眼前には声の主であろう若い女、そして日没の空の下、数多の勤め人がアスファルトの上で靴音を鳴らし、家路を急ぐ光景が広がっていた。


「あなたが『紅色』ですか? 本当に赤い恰好をしてるんですね」


 微睡からさめた彼――『紅色』は自分がどこにいるのかを思い出す。新宿だ。


 夕刻に新宿のカフェの前で依頼主の女性と落ち合う。今回はそういう手筈なのだ。

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