まおう、まほうをかける
「し、死にますわ!」
いや、実際には死なないかもしれないけど痛いことには変わりはありませんわ!
人質をとっていたらしい人攫いさんは人質が勇者にはきかないと判断したのか、既に人質を解放して逃げ出していらっしゃいました。凄く賢明な判断です! 出来たらわたくしも連れて行ってほしかったですが!
そんなわけでわたくしは誰も見ていないと信じて、わたくしを縛り付けているロープをナイフくらいの切れ味にした爪で切り裂き、服が汚れるのも気にせず地面を転がるようにして地面を砕きながら迫る閃光を回避します。
それは親分さんも同じだったようで、でもあちらはわたくしとは違い縛られているわけでもないので飛んで軽やかに回避していましたが。
転がりながら地面を砕いて行った閃光の行方を見ると、わたくしと同じように捕まり、吹き飛ばされた拍子に身動きがとれなくなっていた少女達へと向かっていました。
あの勇者、なにも考えてないですわ!
一応、いや、仮にも魔王であるわたくしですけどさすがに無関係な人がミンチになったりするのは見たくありませんし。
ほら、わたくしの精神衛生上ね? あとそんなスプラッタはわたくしが苦手なのです!
「間に合うかわかりませんけど、リジェネレート!」
わたくしの唯一使える神聖魔法。その中でも発動している間、死んでいなければ身体の負傷が治り続ける魔法を閃光の進路上に転がっている少女達へと掛けておきます。
人攫いさん達? いやいや、彼らは自業自得です。運が良ければ生き残れますよ。
『キャァァァァァ!』
『ギィヤォァァァァァァ……』
甲高い悲鳴を上げたのは少女達。汚い悲鳴は人攫いさん達。
少女達は一度消し飛ばされかけてからの超速再生による激痛の悲鳴。人攫いさん達はというと超速再生が間に合わず消し飛びながらの悲鳴でした。
人攫いさん達は日頃の行いが良くなかったのでしょう。
「あ、あのバカ! あたしを巻き込みやがって!」
わたくしが転がった横に滲み出るようにして姿を現したのは露出狂の女性でした。
どうやら閃光を掠めたみたいで体のあちこちから煙が上がってるし、ついでに唯でさえかなりの露出度を誇っていた服が既に痴女と間違えられてもいいくらいの服装へと変わってらっしゃいます。ほとんど裸ですわ。
「これだから勇者協会お抱えの勇者は嫌いなんだ。全く周りを見やしない!」
なんですのその嫌な協会⁉︎ 魔王であるわたくしには死活問題になりそうな協会なんですが!
そんな痴女な女性の視線が地面に転がって見上げているわたくしの視線とバッチリ合いました。
「あらお嬢さんも攫われた口かしら? 」
「え、ええ、そんな感じですわ」
攫われたのは事実なわけですけど実際は大した脅威じゃなさそうでしたが、今は別の意味での脅威にさらされているわけですが……
「なら安心しなさいな。一応あの戦闘狂は勇者だから人攫いくらい難なく蹴散らすから必ず助かるわ」
「あ、ありがとうございます」
見る人を安心させるような笑みというんでしょうか。人攫いではなく殺戮勇者が近くにいるという危機的状況なんですけどわたくしは少し安心しました。
安心はしたけど状況は変わりないんですけど……
「ぐっ⁉︎ この勇者風情が!」
「雑魚は死ねぇぇぇ!」
ああ、親分さんが勇者に一方的に斬りつけられいるわ! 親分さんはどう見ても悪役顔なんですけど何故でしょう? 攻撃している勇者側のほうがすっごい悪役臭がしますわ!
ついでに余波が凄い事になってます。
勇者が剣を振り回すたびに周りの景色が変わっていっていますし。
なんならわたくしの掛けた魔法、リジェネレートがなかったら女の子達は死んでるんじゃないかしら?
「あのバカ、頭に血が昇って周りが見えてないし!」
余波の閃光は周りと言ってもかなり離れているはずのわたくし達の方へも飛んできています。わたくしは無事でも痴女のお姉さんなら吹き飛びそうなくらいの威力です。
今横を通り過ぎた閃光なんてわたくしも反応できなかったですし。
わたくしは多分食らっても死なないけど痴女のお姉さんはそうでもないみたいですわね。顔が真っ青になってます。それでも正体を知らないわたくしを庇うようにして立ってくれているんだから悪い人ではなさそうです。
いい人だし、死んで欲しくないから神聖魔法、ハイカウンターを掛けておきましょう。
この魔法は食らった攻撃を倍で返すことができる魔法なのです。
ここだけ聞けばかなり有用な魔法なんですけど、この魔法、効果時間がとんでもなく短い! その時間僅か二秒! 二秒経てばハイカウンターの効果は無くなりまた掛け直さなければいけないというなんとも使い勝手の悪い魔法なのです。
あ、そうこうしているうちに二秒経ちましたね。
はい、ハイカウンターっと。
「しぃぃねぇぇぇ!」
「おのれぇぇぇぇ!」
もう勇者が完全に悪役ですよ!
勇者が振り切った大剣から放たれた閃光がついに親分さんを捉え、親分さんは光に飲み込まれていきました。
そしてその閃光は親分さんを飲み込み、威力を全く減衰する様子も見せずにわたくし達の方へと向かってきます。
「い、痛いのいやぁぁぁ!」
「あのバカ勇者! 絶対化けて出てやる!」
痴女さんが勇ましいというか呪いそうな声音で叫んでまますわね。
わたくしも痛いのがいやなので叫びながらもハイカウンターをわたくしを庇うように立つ痴女さんへと再び掛けます。
掛け終わると同時に痴女さんへと閃光は直撃し、ハイカウンターの効果により即座に更なる巨大な閃光と化して弾き返しました。
『へ?』
間抜けな声を出したのは悪魔にしか見えない勇者なのか痴女さんか、もしくは両方なのかはわかりません。
そんな思考をしている間にも大剣を振り下ろした状態のまま硬直していた勇者へと倍加した閃光は突き進み、何の障害もなかったかのように容易く勇者を飲み込み、親分さん同様に塵も残さずに消し去ってしまいました。
あ、やばいですわ。勇者消す気なかったのに消し飛ばしちゃいましたわ……