まおう、そうぐうする
本日、2話目です
「親分! どうやら楽しんでる場合じゃなさそうですぜ!」
「なにぃ?」
あともう少しで牙が突き刺さるというところで男の手が止まり、わたくしの牙が宙を噛みました。
く、もう少しでしたのに! でも男の血は美味しくないですから吸わなくてよかったのかも。
そんなことを考えていたら横からとんでもない衝撃が襲ってきました。
瞬きをしてる間にわたくしは馬車から、さらには宙へと放り上げられます。それはわたくしと同じように捕まってた女の子たちも同様で。
「え、な、なんですの⁉︎ べしぃ⁉︎」
わたくしは完全にパニックでした。
さらに縛られているわけですし、いや、そもそも縛られていなくても華麗に着地できるかと言われたらそんな事はできないと思いますわ。運動神経とか皆無ですので! そんなわけでわたくしは馬車から放り出されて宙を舞った後に顔から地面に突っ込み顔中が泥だらけです。
そんな地面から顔を上げたわたくしの横には突然の襲撃には慣れているのか他の方に親分と呼ばれていた男がスマートに着地し、腰のごっつい剣を抜いていらっしゃいました。
あの剣、なんだかノコギリみたいで斬られたら痛そうなんですけど……
「親分、これは」
「ああ、正義の味方気取りが来たらしいな。周りに散らした奴ら集めろ。やべえぞ」
周りに散らした奴ら? 道理で人攫いにしては人数が少ないなぁとは感じていたけど、なるほど。周りを警戒するために周囲に潜ませていたわけですね。
それにしても、正義の味方気取り?
わたくしもその言葉が気になって周りを見渡すように視線を動かします。
目に入ったのは土を抉ったかのような巨大な穴、それにより巻き起こる土煙、そしてその先に立つ親分さんの持つゴツい剣よりさらにデカい剣を振り下ろしたままの姿勢で固まる男の姿でした。
「よし、人攫い発見! 依頼通りだ」
地面にめり込ませていた巨大な剣を片手で容易く引き抜いた男が笑いながら告げてきます。
「いや、やりすぎでしょ? 直撃してたら乗ってる人とか死んでるわよ普通」
そんな男の後ろからはやたらと露出の多い服を着込んだ赤い髪の女性が姿を現し、男に向かって呆れたよう口調で述べてます。
確かに、あんなものが直撃したら死んでしまいますよ! まあ、光属性みたいですし、わたくしは多分死なないでしょうけど。
「死んだらそいつに正義の心がなかったってだけのことだよな」
なんでしょう、あの男の発言が狂信者の戯言にしか聞こえないんですけど……
「まあ、見たところ絶対に人攫いみたいだし、悪人に慈悲はないけどな!」
男の視線が地面に放り出されているわたくしや少女を巡り、そして武器を構える人攫いさん達へと定まります。
「ゴミは殺す」
え、凄い殺気が身体から溢れてるんですがわたくし達も纏めて殺す気ではないですよね⁉︎ さすがに無防備な状態なら死んじゃうかもしれないですわ!
「あー、じゃあたしは捕まってる人達を解放しとくからね? 巻き込まないでね」
「勇者爆裂殺戮刃でいくから安心しろ」
「うん、やめて。ただの人攫いに勇者技出さないで。人攫いのルートも調べないといけないんだからさ? あとそれ使ったら捕まってる人も死ぬからね?」
「む、わかった。なるべく抑えるようにする」
「そうして頂戴」
露出の多い女性が深いため息を吐き出した後に小さく何かを呟く。すると女性の姿がまるで霞んでいくように消えていきます。
あ、あれエリザベスちゃんが使ってた姿隠しの魔法ですわ。でもよく見たらぼんやりと見えますし、気配もだだ漏れみたいですが他の人達は姿が見えなくなっただけで慌ててますわね。あの魔法エリザベスちゃんのより完成度低くありません?
でもあの男の方、絶対勇者ですよね? どれくらい強いかはわかりませんけど勇者ですわよね? 勇者技とか言ってましたし。
あんな狂人みたいな発言している人が勇者で大丈夫なのかしら? やばそうな気配しかしませんわ。勇者ってもっと清廉潔白で爽やかなイメージだったんですけど……
「へ、いくら勇者と言えどこっちには人数と人質がいるんだぜ」
わお、親分さん。悪役してますわね。
悪い顔で笑いながら手を上げるとそれを合図にするかのように周りから次々に人相の悪そうな連中が武器を片手に姿を現してきます。
人攫いって儲かるんでしょうか? ざっと見渡した感じ三十人はいまわね。そのうちの何人かは女の子の首に武器を当てて人質にしてらっしゃいます。
そんな連中が勇者を包囲するような布陣を敷いています。
いくら勇者が強くても人を切るのは躊躇うだろうまと心理的に攻める気なんでしょうか?
勇者はしばらくの間、周りを見渡すようにし、やがて諦めたかのように肩を竦めると、
「よし、ゴミは死ね! 勇者爆裂殺戮刃!」
瞬時にギラギラとした瞳へと変わり大剣を構えました。
「「ちょっとまてぇぇぇぇ!」」
いきなり女性とのやり取りなど忘れたかのように勇者? がいい笑顔を浮かべながら手にしている大剣に凄い量の魔力を込め始めたのを見て人攫いの親分さんとわたくしは同時に叫びました。
この勇者頭がおかしいんじゃないんですの⁉︎
人質がいるんですのよ⁉︎
そしてそんな叫びを無視してわたくしの視界を閃光が覆い尽くしました。