【第八話】
「ここがお風呂です。着替えはメイドに持ちに来させるのでどうぞごゆっくり」
シャルロットに案内されるまま、僕は風呂に到着した。
案内が終わるとそれだけ言ってシャルロットはどこかに行ってしまった。
「ごゆっくりって言われてもなぁ……」
僕はそう独りごちて中に入る。
脱衣所は一般家庭からすると大きく、小さめの銭湯程の大きさがあった。
僕は端の方で服を脱ぐと、シャルロットが言っていたカゴに脱いだものを入れていく。
上を全て脱ぎ終わり、さて下を、と思ったところでふと気がついた。
「あれ? この剣のどうすればいいんだろ?」
外したくとも外せない剣。
試しにと剣帯を外そうとするが、思っていた通り外せない。
元々持ってた方の剣は部屋に置いてあるので、今腰に下げているのはこの剣だけだ。
僕は剣を握り、剣帯から取り外して剣帯を外す。
今度はなんの抵抗もなく、外すことが出来た。
仕方が無いので、僕は剣を片手に持ったまま下も脱いだのだった。
「さて、それじゃあこの剣をどうするか……」
一応考えては見るが半ば諦め気味で、どう足掻いても外せないから非常識ではあるがこの剣も風呂に持っていくしかないのでは、と思っていた。
「あー……もう考えてもしょうがないか。諦めよ……」
数分間考えていたが、解決策など思い浮かばず諦めて風呂に入ることにした。
僕は風呂場の扉を開け、中に入る。
扉を開けた瞬間、中からは湯気と熱気が漏れだし、一歩踏み出すと独特の息苦しさがした。
僕はシャワーを先に浴びるべく、洗い場を目指す。
風呂場は天井が高く、床は一面タイルで埋められていた。
滑りやすいから気をつけようと思いながらも洗い場に歩いていく。
洗い場に着いた僕は蛇口を捻り、出てくる水が適温になったのを確認してからシャワーを頭から被る。
片手が剣で塞がれているので、僕は頭を振って水を飛ばしてから、すぐ近くにあった椅子に座って頭と体を洗っていく。
目の前には鏡があり、僕の姿が映っていた。
昔から色白で、いくら外にいても日に焼けることがなかったため、今も尚その白さが失われていない肌。
髪は白なのか銀色なのか分からない色で目元まで伸びており、後髪は肩より少しした程まである。
髪の色はもちろんのこと肌の色も相まって全体的に白い。
瞳は蒼く透き通っていた。
「髪、伸びてるなぁ……」
僕は髪が硬く、量も多いので伸びてくるとモサモサとしてしまう。
そのため頻繁に髪をすいていたのだが、最近は忘れてやっていなかった。
見た感じそろそろすいた方が良さそうだ。
僕はシャンプーを付けて頭を洗う。
量が多いのと、伸びていることがあって洗うのに時間がかかるのが欠点だ。
いっその事短髪にしてしまうのも楽でいいんじゃないかと思わなくもない。
時間をかけて髪の毛を洗い切ると、次に石鹸を使って体を洗う。
僕は昔から左手から洗う癖がある。
体を拭く時も必ず左手からだった。
そのままテキパキと体も洗って、ようやく湯船に浸かる。
温度を確認するように足の先からゆっくりと入れていき、両足が入ったところで腰を下ろして全身浸かる。
熱い風呂に入った時になる、あの痺れのようなものを感じながらも心が安らいでいくのがわかった。
「あぁぁ〜……きもちぃ……」
夕食前に寝たはずなのにこうも眠くなるのはどうしてなんだろうか。
ハッ! さては湯船に睡眠系の魔法を仕掛け溺れさせるという陰謀か!?
まずい! 今寝たら溺れて死ぬ……!
僕はありもしないようなことを考えながら眠さを耐える。
命の危機だと思っていればすぐに寝てしまうなんてこともないだろうし。
まぁ、陰謀だどうだは置いておいて、実際風呂で寝ると危ないし。
本当に溺れる可能性もあるわけだからね。
僕がしばらく眠気と格闘していると、僕が入ってきた風呂の入口に一人の影が見えた。
この風呂は、脱衣所から風呂場に入って真っ直ぐ行くとすぐにこの湯船にたどり着けるようになっている。
来るまでの途中に洗い場があるのでそこに寄ってからここに来る感じだ。
影はスカートらしきものを履いていることからシャルロットの言っていた僕の着替えを持ってきたメイドだと予想出来た。
そのうちいなくなるだろうと、すぐに意識は眠気の方に持っていかれた、が……
「ルイス様、湯加減はいかがですか?」
——ッ!
何事!?
僕はバッと扉の方に目を向けると、少しだけ扉が空いており、その隙間からシャルロットが顔を覗かせそんなことを言ってきていた。
突然の出来事に頭が追い付かず、混乱しているとシャルロットが風呂の中まで入ってきた。
しかもその姿はタオルを巻いただけという……
「ちょっ! なんで入ってきてるんですか!?」
「え? ルイス様のお背中をお流ししようかと思ったのですが……もう洗い終わってしまったのですね」
ですね。じゃないでしょ!
まずいまずい、相手は公爵家のお嬢様で、こっちはただの一般人。
こんな所を誰かに見られたら僕の命が危うい……!
「えーっと、僕はそろそろ出ようかと思ってたので……」
僕は腰にタオルを巻きつつ立ち上がる。
そのまま湯船を出て、出口へと向かおうとするが……
「待ってください。まだ入ってから少ししか経ってないですよ? もっとゆっくりと浸かって疲れを癒しては?」
と、シャルロットがそう言いながら僕の腕を抱きしめてきた。
タオル越しとはいえ、逆に言うならタオルしか間に挟まないその柔らかな感触に心を動かされそうになったが、やはり自分の命の方が大切だと思いとどまった。
「シャルロット様? 出会ったばかりの男にこのようなことはするべきではないと思うのですが……?」
「ふふっ、確かに体裁は悪いかもしれませんね」
「ですよね! じゃあ——」
「ですが、それも周りにバレなければいい話です」
……何を言ってるんだこの子は。
バレなきゃいいとかそういう訳にはいかないんだよなぁ……
バレた時点で僕の人生終わっちゃうし。
「そもそもこのお風呂に人は来ませんし」
僕がどうにかしてシャルロットから逃げ出そうと考えていると、当の本人はそんなことをあっけらかんと言ってきた。
「あっ、なら大丈夫か……とはならないんですよ!?」
バレるバレない以前にこういう事実がある事自体が問題なのだ。
現時点でも大分アウトなのに一緒に風呂に入ったとか本当にシャレにならない。
「私は……私はルイス様に助けていただいたあの時から、ずっとルイス様のことだけを考えていました」
「……いきなり何を?」
「一目惚れでした。死んでしまうかもしれない状況下であんなにかっこよく助けられて、好きにならない訳ないじゃないですか!」
逆ギレしたようにそう言ってくるシャルロット。
目にはうっすらと涙を浮かべていた。
夕飯前のアレで分かってはいたけど、こうやって正面から思いをぶつけられると恥ずかしい。
あまり好意を持たれることに慣れていないせいで、こういう時どうしていいか分からない。
「馬車でここに来る時も、ルイス様は私に気を使って色々と話しかけてくださいました。そのお心遣いが嬉しくて、戦闘中とそれ以外とのルイス様のギャップがたまらなく愛おしいんです」
「えっと……」
こんなにも自分の気持ちを伝えてくれるシャルロットに、僕は言葉を返すことが出来ない。
シャルロットは外見は言うまでもなく美人だし、性格も優しい素敵な女の子だと思う。
それでも、僕達は互いのことを知らなさ過ぎる。
「ルイス様は明日王都に行ってしまうのでしょう? 私はそこについて行くことが出来ませんから……ですから今伝えておかないと、一生後悔するような気がして……」
「シャルロット様。一度湯船に浸かりましょうか……。このままですと風邪を引いてしまうかもしれませんし」
シャルロットだけでなく僕も湯冷めしてしまう。
これだけの気持ちを伝えられて、ふざけた返事は出来ない。
ちゃんと僕の気持ちを伝えるためには落ち着いて話せる状況でなければいけない。
シャルロットが僕の提案を受け入れてくれたので、僕はそのまま湯船に戻る。
シャルロットは体や頭を洗ってから来るだろう。
シャルロットが来るまでに僕は答えを決めておかないと……
あの子の告白を受け入れるのか、それとも断るのか。
僕は七年間、村を襲った竜への復讐だけを目標に生きてきた。
今日村に戻って、幸せになれって言われてシャルロットに告白されて……
色々なことが起こりすぎた。
新しく剣の問題も出てきたし、母さんたちの願いも叶えたい。
かと言ってシャルロットのことも無下にはできない。
一体僕はどうしたらいいんだろうか……
ちょっとキリが悪かったですかね。