【第六話】
「ぅん……ん……?」
頬に触れる暖かく柔らかい感触で目が覚める。
うっすらと目を開けると、シャルロットが顔を赤くしながらも僕の頬に触れていた。
謎の感触の正体はシャルロットの手だったわけだ。
いや、わけだ。じゃないんだよな……
まず言わしてほしい。
どうなってんだ!!
あれ? だって僕多分寝てただけだよね?
それがなんで気づいたら赤い顔の女の子に頬触らてる状況になるの?
時々聞こえてくる「ふふふっ……」っていう笑い声が余計に怖い。
「ルイス様……今日は助けていただいてありがとうございました。とってもかっこよかったですよ……。なんてね、聞こえてるはずないのに」
「…………」
全然聞いちゃってるんですけど……!
え? 本当に何この状況。
ていうか僕が助けた時見てたのかよ! まぁ確かによく考えてみたらなんで馬車に乗っていたはずのシャルロットが戦闘中の話をアシュタルさんにできたのかって不思議ではあったけど、こんな状況で理由を知りたくなかった……。
あぁもう! 絶対ツッコミどころここじゃないのに! どうして僕は寝てるところ頬を触られてんだって話だろ!
「さて、一応満足はできたし、そろそろ起こさないと夕食に遅れてしまいそう」
そう言ってシャルロットは僕の頬から手を離し、肩を揺すった。
「ルイス様、ルイス様起きてください。もうすぐ夕食の時間ですよ。……早く起きないとちゅーしちゃいますよ」
「んん……お、おはようございます、シャルロット様……」
元々起きてたのに起きるフリをしないといけないという……
最後の方にちょっと意味のわからない言葉があった気がするけど、多分あれじゃないかな……あの、貴族の中での目覚めの儀式的な……。
お姫様を目覚めさせる方法は王子様のキスだと聞いたことがあったが、まさかの一般人を目覚めさせるのにお嬢様のキスとかある? あるわけないよなぁ……。
「……おはようございます、ルイス様。随分と寝起きがいいんですね?」
シャルロットが少し不満そうな顔をしたのを僕は見逃さなかったぞ。
ここまでされたらさすがに勘づくけど、僕ってシャルロットに好かれるような事したっけ?
僕はモンスターに襲われてたシャルロット達を助けただけで……いや、多分これが原因じゃないか?
えぇ……? 助けられただけで好意を持っちゃうとかちょろ過ぎない? 悪い人とかに騙されそうで心配だなぁ……。
「癖になってるので……」
スラムで生活していた時は、近づかれたら最後命が危なかったからね。
寝てても警戒は怠ってなかった。
誰かが近づいてくれば気配で気づけたはずなんだけど……久しぶりにまともな部屋とベッドで寝たことで熟睡してしまったようだ。
そうでなければ触られるまで起きれないなんてことならないと思うから……恐るべし、ベッド……。
「そうなんですか……改めて、もうすぐ夕食になるので一緒に食堂まで行きましょうか」
「あ、はい」
さっきまで顔を赤くしながら僕の頬を触っていたと思えないような態度でそう言ってきたので、僕は間の抜けた返事しか出来なかった。
***
「数時間程度の時間でしたがおくつろぎいただけましたか?」
食堂へ向かう途中、シャルロットにそう聞かれた。
「はい。部屋に案内されてからすぐに寝ちゃいましたね」
僕は正直にそう答えたが、今も尚いつから頬を触られてたのかという疑問に悩まされていた。
「それなら良かったです。ふふっ……もうすぐ食堂に着くので、寝癖を直した方がいいですよ」
「え、寝癖ついてます?」
「えぇ。後ろの方が特に……」
いつも寝癖なんてつかないから気にしてなかったけど、笑われるくらいだから相当酷いことになってるんだろう。
僕は言われた場所を手で触ってると、すごい勢いではねていた。恥ずかしいな……。
「……水の魔法が使えるので、手伝いましょうか?」
僕が寝癖を手で直そうとして手こずっているとシャルロットがそう提案してきた。
うぅむ……。僕は魔法が使えないからありがたい話ではあるけど、そこまでしてもらうのは恐れ多いというか……
かと言ってシャルロットと接してきてそんなことを気にするような子ではないことはわかっているんだが。
「えっと、じゃあ少しだけお願いします」
「はい! 任せてください。……では、後ろを向いてもらってもいいですか?」
「分かりました」
「それでは……【ミスト】」
僕が後ろを向くと、シャルロットは魔法名を唱え、魔法を発動させた。
この魔法はその名の通り、霧状の水でものを湿らせる魔法だ。
ここで少し魔法について説明しておくと、魔法とは術者の想像力と適正、魔力量によって無から有を生み出すものだ。
今シャルロットが使った【ミスト】は水魔法に属し、世間一般では生活魔法と言われる類いだ。
僕が魔法を使えないのは僕の想像力が乏しいわけでも魔力がない訳でもない。逆に魔力量は一般より多いらしい。
では何故魔法が使えないかと言うと、僕はどの属性にも適性を持たなかったのだ。
どうしてこんな作りになっているのか知らないが、魔法は魔力と想像力があってもその適性がなければ発動しない。
どうやら魔法を使う過程において、自身の持つ魔力を各属性に変換する能力を適性というらしい。
なんの適性も持たない人はそうそういないらしいが、僕がその一人だった。
だから僕が適性なしだとわかった時、両親はとても残念そうな顔をしていたのを今でも覚えている。
「んっ! と、届かない……!」
と、僕が色々と思い出していると、シャルロットは湿らせた僕の髪を整えようと背伸びしながら腕を伸ばしていたが、あと少しで届かないようでそんな声を出していた。
まぁ、身長がシャルロットの方が小さいからしょうがないと言えばしょうがない。
シャルロットは身長が140cmほどしかない。これからまだ伸びることも考えて、150行けばいいほうだろうか? それに対して僕の身長は170の後ろの方くらいなのでギリギリ届かなそうだ。
「あ、濡らして貰えたらあとは自分でできますよ」
僕がそういうと、「少ししゃがんでください」と言われ、断ろうとしたが、同じ言葉を繰り返されたので、仕方なく少ししゃがむと、手櫛で整えてくれた。
僕は昔からそうなんだけど、なんか髪の毛触られると眠くなるんだよね。
小さい時はよく寝る時に母さんが僕の髪を今みたいに手櫛で梳いてくれた。
くっ……なかなかやりますね……。でも! この程度で僕を寝かしつけられると思ったら大間違いですよ!
え? 寝かしつけようと思ってないだろって?
……嫌だなぁ。何を当たり前のこと言ってるんですか。
「はい、出来ましたよ」
「へっ!? あ、あぁ……ありがとうございます」
思ったより気持ちよくて、堕ちそうになったから一人で変なこと考えて気を紛らわしていた。
気がついたら終わっていて急に声をかけられたので驚いてへんな声が出てしまった。
「さぁ、行きましょうか」
そう言って歩き始めたシャルロットの後を僕は着いて行った。
それから少しだけ歩いて、大きな扉の前にたどり着いた。
「ここが食堂です。明日の朝も来ることになるので、一応覚えておいてください。私が起こしに行くので必要ないとは思いますけど……」
扉の前でシャルロットにそんなことを言われた。
最後に何か聞こえた気がするけど、気のせい……には出来ないですよね知ってました。
明日も起こしに来るらしいですよ。
まぁ、僕の方が起きるの早いと思いますけどね。
そうしてシャルロットは食堂の扉を開けた。