【第六八話】
遅くなりました(定期)
朝、目が覚めるとベッドには僕しかいなかった。
ゆっくりと体を起こし、窓の方を見ると、相変わらずまだ日が昇っているのかわからないような薄暗さだった。
こんな朝早くからマリアンナちゃんはどこに行ったのか疑問に思ったが、貴族だし朝が早いのかもしれないと、偏見まみれの納得の仕方をして、日課の素振りなどをするためにオーダーを下げて部屋を出た。
***
「フッ! ハァッ! ……よし、今日の分も終わりっと」
最近はもうこの特訓メニューも簡単になりかけているし、何かしら今よりもきついメニューを考えるべきだな。
簡単なことを繰り返していてもこれ以上強くなれないだろうし。
屋敷に戻りながらそんなことを考えていると、玄関の近くの花壇で花に水やりをしているマリアンナちゃんを見つけた。
「何してるんだ?」
「あ、おはようございます。私はこの花たちにお水をあげていたんですけど、ルイスお兄様はこんな時間から何を?」
「庭を借りて素振りをやってたんだ」
何してるんだって、見ればそんなものわかるだろって質問に嫌な顔一つせずに答えてくれて、本当にいい子だな!
「そうだったんですね! お疲れ様です。汗をかいているようならシャワーを浴びますか?」
「あ、適当に水でもかぶれば問題ないよ。朝から準備させるのも迷惑だろうし」
「でもそれだと風邪をひいてしまいませんか?」
「そのくらいで風邪をひくような軟弱な体ではないつもりだから大丈夫だよ。それで、どっかに井戸とかあれば教えてほしいんだけど」
こういう時魔法が使えれば楽なんだろうけど……ないものねだりしても仕方ないってわかってはいるんだがどうしてもなぁ……。
「水でいいのでしたらこの場で出せますけど」
「あー、魔法で?」
「はい! 私、水属性に適性があるのでこういう花壇への水やりとかをよくやっているんです」
「じゃあお願いしようかな。適当に上から水かけてくれる?」
「任せてください! 行きますよ」
マリアンナちゃんが何かの呪文を唱え終わると、僕の上に頭より二回りほど大きな水の玉が現れた。
その水の玉が破裂すると、僕の上に水が降り注いできた。
「うおっ!」
思っていたより勢いがあったので、思わず声が出てしまったが、まずは程よく冷たくて気持ちよかった。
「ご、ごめんなさい! 勢いが強かったかもしれないです!」
「いや、大丈夫だよ。気持ちよかった、ありがとね」
僕は濡れた髪を絞りながらそう答えた。
「……ごめん、タオルとか持ってきてもらってもいいですか?」
計画性の無さがこういうところで出てくるんだよなぁ。
濡れるってわかっていたんだから最初からタオルくらい持ってきておくべきだった。
貴族のご令嬢にタオルを持ってきてもらうって不敬罪とかで処刑されたりとかしないよな……?
「ふふ、確かにそんなに濡れていたら家に入れないですもんね。少し待っていてください、すぐ持ってきます」
「申し訳ない……」
その後すぐにタオルを持ってきてくれて、濡れた部分を拭いた。
服に関しては防水性だったので着替える必要もなく済んだ。
本当にキャメルさんたちさまさまだ。
「もうすぐ朝食になるらしいので、食べ終わったら昨夜言っていた地下に行きますか?」
「そうだね。……あまり無理させたくはないんだけどお願いできるかな?」
「ルイスお兄様も一緒に来ていただけるのなら我慢できます!」
「そっか、ありがとね」
僕の髪を拭き終わると、僕たちは一緒に食堂へと向かった。
***
「ご馳走様でした。美味しかったです」
朝食はベーコンエッグとパン、コーンスープというザ・朝食みたいな内容だった。
パンは今まで食べたことがないようなふわふわもちもちで、その他もおいしかった。
「それでは行きますか?」
食休みに紅茶を飲んで、今日の予定を男爵に伝えた後、僕たち話していた通り地下へ行くことにした。
昨日、男爵がやっていた解錠の魔法はマリアンナちゃんも使えるということなので、今日は男爵はおらず、僕とマリアンナちゃんの二人だけだ。
「本当に大丈夫?」
「はい、まだ大丈夫です……」
そう言うマリアンナちゃんの声は震えていた。
僕はそんなマリアンナちゃんの頭を一撫でしてから、気を引き締めた。
「何があっても絶対に守るから」
「あっ……」
僕のその言葉で少し安心したのか、マリアンナちゃんは覚悟を決めたように解錠の呪文を唱え始めた。
呪文を唱え終わると昨日と同じように一つずつ鍵が外れていき、最後には自動で扉が開いた。
部屋の中央にはこれまた昨日と変わらず神杖が鎮座していた。
「――ッ!」
神杖を見て、マリアンナちゃんが息をのむ。
僕は何あってもいいようにマリアンナちゃんより一歩前に出た。
「何か変わったこととかはある?」
「声が聞こえます……」
マリアンナちゃんはそう言って杖に近づいていく。
僕がそれを止めようとすると、オーダーから止めるなと言われ、僕は何が起こってもいいようにさらに集中した。
「話しかけてきていいるのはあなた……?」
マリアンナちゃんがそう言って神杖に手を伸ばすと、僕の時とは違い弾かれることもなく触れることができた。
その瞬間……
「きゃっ!」
杖が刺さっていた根元から黒い霧が噴き出し、杖に吸収されていった。
「…………」
一瞬危ないと思ったが、オーダーを抜いた時の現象と酷似していたのでそのまま見守ることにした。
少しすると霧はすべて杖に吸収され、そこには杖を手に持ったマリアンナちゃんが立っていた。
やはり古代武器だったか……。
僕の時と同じなら杖の声が聞こえているはずで、所有者になった理由を知らない限り、文字通り手放すことができないはず。
「……えっと、ルイスお兄様、何が起こっているのでしょうか……?」
「その杖から話は聞いているかもしれないけど、僕の持っているこの剣や、マリアンナ様のその杖は『古代武器』と呼ばれるものです。僕が男爵領に来たのは、古代武器の所有者を探しいていたからです」
それから僕はマリアンナちゃんに古代武器のことを説明した。
竜とは違う、龍という存在がいることや、二年以内に龍がやってきてたくさんの人が危険にさらされること。
「そんなことが……」
その話を聞いて、マリアンナちゃんは何かを考えこんだ後、僕の方を見て尋ねた。
「ルイスお兄様はどうするのですか?」
「僕は戦うよ」
竜でも龍でも、これ以上傷つく人は見たくない。
僕が龍と戦える力を手に入れたのなら、戦うべきだと思う。
「所有者に選ばれたからと絶対に戦わなければならないわけじゃない。マリアンナ様が戦闘なんて無理っていうのなら僕はもうこれ以上何も言わない」
「杖がなくとも龍に勝てるのですか?」
「さぁ? 戦ったことがないからわからないけど、でも今のままだと勝てないだろうね……だから、今よりももっと強くなるよ」
なんといっても初めて戦う相手だ。少しでも勝率が上がるのならマリアンナちゃんにも来てほしい。
しかし、マリアンナちゃんは男爵令嬢。そんな凶悪な敵と戦ってくださいと言われて、「はい、分かりました」とはならないだろう。
「まぁ、僕個人の気持ちで言うなら、僕はマリアンナ様についてきてほしいけどね」
「……私だけでは決められませんね。一回上に戻ってお爺様に話してみましょう」
「了解」
次回は明日更新します。
これから更新頻度をあげて行ければと思っているので、良ければ評価や感想のほどよろしくお願いします。




