【第四話】
馬車に乗り込んだ僕達は、街に向かって進み始めていたのだが……
「「…………」」
馬車の中はとても気まずい空気に包まれていた。
僕はそんなに自分から話しかけるタイプじゃないから相手が話題を振ってくれないと二人っきりとかになったらこうなるのも予想出来たんだけど……
まぁ、無理して話をする必要もないからこっちからは声掛けないんだけど。
僕は話すことを諦めて、チラッとシャルロットを見る
シャルロットは見た感じ僕と同じくらいか、もしくは少し下ぐらいの年齢だ。
肩で切り揃えられたプラチナブロンドの髪が綺麗な女の子だ。
瞳は薄紫色で、全体的に整った顔立ちをしていた。
「えっと……すごく気になってたんですけど、その……なんでずっと剣を持ったままなんでしょうか……?」
僕が話さなくてもいいと心の中で思っていると、急にそんなことを聞かれたので考えてたことが声に出てたのかと思い、一瞬びっくりした。
「あっ……そのー……信じてもらえるかわかんないんですけどこの剣、何故か僕の手から離れなくなってしまって」
いや、何言ってるんだろう。
こんな話僕が聞く側だったら鼻で笑い飛ばすところだけど、目の前の少女は僕の言ったことに最初は驚いてから何かを考え込んでいる。
「呪いの類なんでしょうか……? だとするとどんな呪い?」
「……僕が嘘ついてるとか考えないんですか?」
小さな声でそんなことを呟いていた。
すぐ目の前に座っていた僕はそれが聞こえていて、直ぐに信じて貰えたので、疑問に思って聞くとシャルロットは「え、嘘なんですか?」と聞き返してきた。
「いや、嘘じゃないんですけどね。普通そんな話信じられないじゃないですか」
「なんて言ったらいいか分からないんですけど、何となくルイス様は嘘を言っていない気がするんです。なんの根拠もないんですけど、それでも『本当のことなんだ』って思ってしまうんですよね。何故なんでしょう……」
そう言ってシャルロットは笑った。
僕と会ってまだ間も無いのに、こんな信じて貰えてることに驚いた。
「それで、何故手から離れないのか考えてみたのですが、どんな状況でその剣を握ったのかとか教えてもらえませんか? 私、魔法とかのお勉強もしてて、もしかしたらお力になれることがあるかも知れないので……」
「ありがとうございます」
知り合ってすぐの僕にここまでしてくれることが嬉しくて、自然と口からはお礼の言葉が出ていた。
そうして、僕は家の地下であったことを一度話してみた。
家の地下にこの剣が突き刺さっていたこと。剣を抜いたら穴から黒い煙が吹き出してきたこと。その後光ったかと思えばこの剣に鞘が着いていたこと。その鞘も抜けないこと。
僕にも分からないことだらけだったので、全てをシャルロットに話してみた。
「うーん……その黒い煙とか関係してそうですけど、よく分からないですね……お力になれず申し訳ございません」
結局、原因は分からずシャルロットは申し訳なさそうな顔でそう謝ってきた。
「気にしないでください。分からないことがあるのなんて人として当然なんで」
七年も一人で生きてきたせいだろうか。上手いフォローが思いつかずこんなことしか言えなかった。
それでもシャルロットには僕の言いたいことが伝わったのか、笑顔でお礼を言われた。
「もしかしたらお父様なら何か分かることがあるかも知れません。屋敷に着いたら私の方で聞いてみます」
「すいません。助かります」
今は少しでも情報が欲しい。
この剣が何なのか。どうして家の地下に刺さっていたのか。何故手から離れないのか。それが分かればこの剣を手放す方法も見つかるかもしれない。
「もし『身につけ続けなければいけない』のような呪いなら剣を腰に吊る下げて置くことも出来るんですが……」
シャルロットはボソッとそんなことを言った。
僕の腰には今元々持ってた鉄の片手剣が下げられている。
そして、もう一本剣を吊るせるところがあるので、そこにダメ元で吊るしてみると……
「あっ……」
何と剣を離すことが出来た。
え、やった! 凄い嬉しいんだけど!
もう二度と右手使えないかと思ってたから離せただけでも嬉しい。
「あれ? もしかして本当に……?」
「そうかもしれないです! シャルロット様! ありがとうございます!」
あぁ!手が自由に使えるのって素晴らしい!
もっと早く試してみれば良かったのに、僕のバカ!
でも、そんな剣帯に吊るせば手が離せるかも……なんて考えもしなかったからなぁ。
シャルロットには感謝してもしきれないな。
「いえ……私もまさか本当に外せるとは思ってもいなかったので……少しでもルイス様のお力に慣れたのなら良かったです」
そう言ってシャルロットは微笑んだ。
シャルロット様マジ天使。
こんなに優しくされたら男なんてコロッと惚れちまうんですよ。まぁ、僕は惚れないですけど。
そんなこんなで話していると、馬車が止まった。
僕は付いていた窓から外を見ると、そこは既に道ではなく見慣れた街の景色だった。
「お嬢様、ルイス殿、お屋敷に到着致しました」
「ご苦労さま。今日はゆっくりと休んでね」
ドアがノックされ、外から騎士の声が聞こえた。
その声にシャルロットは労いの言葉を返す。
外の騎士は「ハッ!」と返事をしてからゆっくりとドアを開けた。
「うわ……」
そして、僕の目に飛び込んできたのはありえないくらい豪邸だった。
そして驚いた僕を置いてシャルロットは先に馬車を下りる。
僕も慌てて後を追うと、外ではシャルロットが待っていて、僕が降りようとすると同時に……
「フォーサイス家へ、ようこそおいでくださいました」
と言って騎士たちと一緒に頭を下げた。
さすがは公爵家。
村にあった一番大きな家(村長宅)よりも、十倍ほどの大きさの屋敷に住んでるんだな……。なんてそんな感想くらいしか出てこず、僕はただ呆然と立ち尽くした。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
僕が呆然としていたのも束の間、屋敷の扉が開き中からメイド服を見に纏った女性が出てきてそう言った。
「あら、ばあや。ただいま、お出迎えありがとう」
「行きよりも人数が増えているようですが、そちらの方は……?」
女性に気がついたシャルロットが返事をすると、女性は一礼したあと今度は僕の方をチラッと見てそう言った。
「この方は私たちが帰ってくる途中モンスターに襲われているところを助けていただいた、ルイス・イングラム様よ。何かお礼がしたくてここまで来てもらったの」
「まぁ、そうだったのですか! これは大変失礼致しました。私、この屋敷でメイド長を務めさせて頂いております、マリエと申します。お嬢様達を助けていただき、誠にありがとうございます」
女性、マリエさんはシャルロットから僕のことを聞くと、感謝の言葉と共に深く頭を下げてきた。
「あ、頭をあげてください! 助けれたのもたまたまの事だったので。そんなに感謝されると恐縮です……」
僕はついこの間まで貧困街、いわゆるスラムで生活していたような男だ。
いきなりこんなにたくさんの人に感謝されるのは、慣れていないせいか怖くすらある。
それも自分には、大した正義感もなくただ寝覚めが悪いから、という理由で助けただけの人達にここまで感謝されると罪悪感すらも湧いてきた。
「お父様にもこのことを報告したいから案内して貰えるかしら?」
マリエさんが頭をあげるのとシャルロットがそんなことを聞いていた。
もしかして僕もついて行かないと行けないんだろうか?
正直もうおなかいっぱいな感じなんだけど……
「旦那様は現在執務室にいらっしゃいます」
「ルイス様、これからお父様のところに行きますので、着いてきてください」
そう言って僕も屋敷の中に案内された。
最初はお礼だけ貰ったらさっさと帰ろうと思ってたのに、これじゃあすぐには帰れなさそうじゃないか?
そうして僕はシャルロットについて行き、めちゃめちゃ広い屋敷の中を進んで、ひとつの部屋の前にたどり着いたのだった。