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【第三四話】

遅くなりまして大変申し訳ございません!

「今日はゆっくり休んで明日出発すればいい」


 キャメルさんとの修行が終わり、いつ頃旅立とうかと考えていたところで、キャメルさんがそう言ってきた。


「それなら今日は一日休ませて貰いますね」


 僕は、お言葉に甘えて明日旅立つことに決めた。


 となると、今日は一日暇な訳だが……何をして過ごそうか。

 キャメルさんは休めと言っていたけど、少し素振りなんかするのもいいかもしれない。

 他には、この里でお世話になった人たちに別れの挨拶や感謝の言葉を伝えたり……。


「うん。今日はお世話になった人達のところに挨拶に行こう」


 となると最初に行くのはあそこしか無いな。


 僕は今日一日何をするのか決めて、早速目的地に向かって歩き始めた。



 ***



「こんにちは!」


 僕は目的の建物にたどり着き、ドアを開けながら挨拶をした。


「おぉ! ルイス坊か! 今日は随分と早いんだな!」


 ドアを開けて直ぐに受付があり、その向こうから大きな声が聞こえてきた。


「今日で修行が終わりなんだ。明日にはここを出ることになるからその前にお世話になった人達に挨拶をしに行こうと思って……真っ先にメシュ爺のところに来たんだよ」


「そうか! ついに終わったのか! お疲れ様だな!」


 そのまま「わっはっは」と笑いながら受付から出てきたのは、服がはちきれんばかりの筋肉を持ったおじいちゃんだった。

 このおじいちゃんの名前は、メシュアレキス。

 イーリスから「メシュ爺」と呼ばれていたので、僕もそう読んでいる。

 年齢は詳しく聞いたことは無いが、僕よりも桁が二つほど違うと言わた。


 なぜ僕がメシュ爺のところに最初に来たのかと言うと、メシュ爺はこの里で唯一の銭湯を経営しているからだ。

 僕はいつも修行終わりに、この銭湯に来て温泉に浸かって疲れを癒していた。

 この銭湯があったからこそ、辛い修行を乗り切れたと言っても過言ではないだろう。


 キャメルさんの家に戻れば、イーリスやキャメルさんが美味しいご飯を準備してくれていた。

 しかし! しかし、だ……言っちゃあ悪いが、温泉には劣るッ!

 いや、二人のご飯はとても美味しくて大好きだし、僕のために作って貰えたんだと思うと癒されもするんだけど、なんだろう……風呂の絶対的な安心感ってすごいよね。


 そんなわけで、僕の心の安寧を守ってくれたメシュ爺のところに真っ先に来たわけだ。


「よそ者である僕に、格安で温泉を提供してくれてありがとう。僕はここがなかったらこの一年間、頑張れなかったかもしれない。本当にありがとう」


「へへ、ルイス坊が気にするこたぁない! ワシもキャメルのババ……キャメルの嬢ちゃんが連れてきた人間に興味があったんだ。最初はただの興味本位だったが、段々とルイス坊を孫のように思えて来てなぁ、よそ者なんて思っとらんかったわい」


 メシュ爺……。

 ずっと思っていたが、この里の人? 吸血鬼たち? ってすごい心が広い。

 修行をしている過程で、剣を弾かれてしまい、家の屋根に刺さってしまったことがあった。

 その時は「やらかした……終わった」とか思ったんだけど、家の持ち主は、屋根に刺さった剣を見て、大爆笑し、笑わせてもらったからと許してくれた。

 これがもし人間の街で起こったとすると、とてつもない大事になっていたことだろう。


 いきなり現れた人間である僕に、こんなにも優しくしてくれるし……。

 メシュ爺の言葉を聞いて、僕は少し目頭が熱くなってしまい、僕は袖で目元を拭って「ありがとう!」と言った。


「おう! それよりも今日も入っていくんだろう? いつでも入れるからゆっくりしていきな!」


 メシュ爺にそう言われ、僕は温泉に入った。

 こんな時間から風呂に入る人もおらず、温泉は僕の貸切状態だった。

 僕はそれから数十分、温泉でゆっくりしていた。



 ***



 メシュ爺の銭湯を後にし、次にやってきたのは一軒の家。

 僕が呼び鈴を鳴らすと、「はーい!」と言いながら走ってくる音が聞こえた。


「なんでしょうか? ……って、ルイス君じゃない。どうしたの?」


「こんにちは、今日は挨拶に来たんです。僕の修行が終わったので、明日この里を出ることになりまして……フィリスちゃんにもお世話になったのでそのお礼にと」


「あら、もう行っちゃうのね。それなら、さぁ、上がってちょうだい」


「お邪魔します」


 僕がやってきたこの家は、フィリスという少女の家だ。

 フィリスちゃんは、僕がキャメルさんと森などで修行していた時に水やタオルを持ってきてくれた女の子だ。

 僕の自惚れでなければ、フィリスちゃんには懐かれていたと思うから、お別れの挨拶はした方がいいと思ってここに来た。


「あー! おにーちゃんだぁ!」


「こんにちは、フィリスちゃん」


「こんにちはー!」


「ちゃんと挨拶出来て偉いね」


 フィリスママの後を着いていくと、フィリスちゃんが本を読んでいた。

 僕の存在に気づいてから、直ぐにこちらに駆け寄ってきてガシッと抱きついてくる。

 挨拶をすればしっかりと返してくる。

 僕はそんなフィリスちゃんを褒めつつ頭を撫でてあげた。


「きょうはどうしたのー?」


「えっとね、明日、僕がこの里から出て行っちゃうからフィリスちゃんにバイバイを言おうと思って来たんだ」


「えっ……おにーちゃんどこかいっちゃうの?」


「うん、ごめんね?」


「ふぇぇ……やだぁ! おにーちゃんいっちゃやだぁ!!」


 フィリスちゃんは泣きながらイヤイヤする。

 抱きつく力も強くなってきた。


「本当にごめんね、僕もフィリスちゃんと離れ離れになっちゃうのは悲しいけど、それでもやらないといけないことがあるんだ」


「あたしとおしごと、どっちがだいじなの!」


「ん!?」


 フィリスちゃん!?

 そんな言葉一体どこで覚えてきたんですかね!?


「も、もちろんフィリスちゃんの方が大事だよ? でも、僕がやらないとたくさんの人達が傷ついちゃうんだ」


「そんなのうそ! どうせあたしのことなんて、あそびだったんでしょ!」


「ちょっと待とうか、さっきからそういう言葉はどこから学んでくるの?」


「はなしをそらさないで! あたし、ほんきでおこってるんだからね!」


 えぇ……?

 これは僕はどうしたらいいんだろう?


 助けを求めて、フィリスママの方を見ると、フィリスママはニヤニヤとしながら僕達の方を見ていた。

 僕が横目で見つめ続けると、やっと見られていることに気づいたのか、ゆっくりと近づいてきた。


「フィリス、ルイス君はママの事が好きなのよ? あなたとの関係は遊びに決まってるじゃない」


 お、おいぃぃぃ!!

 なんで話をややこしくしてるの?

 ていうかあなた旦那さんいるでしょ!?


「むぅ……さいきんパパとけんたいきぎみだからって、おにーちゃんのことゆうわくしないでよ!」


「あら、よく倦怠期だなんて難しい言葉知ってるわね」


「エミルちゃんがいってたの。ふうふとかこいびとが仲悪くなっちゃうことをけんたいきっていうって」


 ということは今までのやり取りもエミルちゃん仕込みということか……

 というか、ママさんもちょっとは否定しよう?

 なんで倦怠期って言葉を知ってたことに感心してるんだよ……そこは「倦怠期なわけないでしょ? ママとパパはラブラブなのよ?」とかって返してくれればいいのに!


「フィリスももう十分に大人の女というわけね?」


「そうだよ! あたしはもうじゅうぶんおとななの! だからちゃんとレディーとしてあつかってくれなきゃこまっちゃう!」


「ふふ、レディーだなんて……その割には随分と胸が小さいようだけど?」


「ママだっておおきいんだから、あたしもこれからおおきくなるもん!」


 いや……普通に言い合いが始まってるんだけど。

 ママさんも、自分の娘と胸のサイズで競わないで欲しい。

 そんな胸を張られると目のやり場に困ってしまうんだが……。


「ママがフィリスくらいの頃にはもう大きかったけどね」


「う、うわぁぁん! おにーちゃん! ママがいじわるしてくるぅ!」


 そこで、ママさんの容赦のない一言によってフィリスちゃんがついに泣き出してしまった。

 あれ? 最初は僕が里を出てっちゃうからって泣いてたんじゃなかったっけ?

 なんて思いながら、僕はフィリスちゃんの頭を撫でていたのだった。


 結局あれから一時間ほど、フィリスちゃんとママさんの言い合いは続き、最終的にはママさんはパパさんと仲良くする、フィリスちゃんは僕とおままごとをして遊ぶことで解決した。


 なんで解決策に僕が出されてんの? とも思ったりしたけど、原因を作ったのは僕のようなものだし……僕のせいなのか分からなくなってきたけど。


 それからフィリスちゃんとのおままごとが始まった。

 フィリスちゃんが奥さんで、僕が旦那さん。

 僕が仕事から帰ってきたところから始まる。


「ただいま」


「おにー……あなたー、おかえりなさい! つかれたでしょう? ごはんできてますよ。あ、それともさきにおふろがいいかしら? それとも……あ・た・し?」


「う、うーん……それじゃあご飯にしようかな……?」


 反応しちゃいけない。確実に地雷だと思う。僕はこんな見え透いた罠には引っかからないぞ……。


「そう、ざんねんね。まぁいいわ、それならじゅんびするからせきについてまっててね」


「あ、あぁ……ありがとう」


「ところであなた、そのふくについてるおんなのにおいはだれの?」


「えっ……?」


 なにそれ聞いてない。

 女の匂いってなに?


「ねぇ、あなた? あたしいがいのおんなとみっちゃくしたでしょ?」


「いや……そ、そんなことするはずないじゃないか」


「うそよっ!」


 フィリスちゃんの声と同時に、僕の顔の横を何かが高速で通り過ぎていき、ダァン! と壁に突き刺さった。

 うっすらと額に汗を浮かべつつ音のした方を見ると、壁には包丁が突き刺さっていた。


「あの……フィリスちゃん……?」


「どうして? あたしはあなたのことをこんなにもあいしているのに……どうしてあなたはべつのおんなのことばかりみるの?」


「いや、あの……」


「どうしてどうしてどうしてどうして……どうして?」


 ゆらりゆらりとフィリスちゃんが近づいてくる。

 その手には包丁が握られている。


「ふ、フィリスちゃん? おちついて?」


「そんな、あたしのことをみてくれない『め』なんて……いらないッ!」


 フィリスちゃんは子供とは思えない速度で肉薄し、僕にその包丁を突き出す。

 身長差があるものの、フィリスちゃんがジャンプしていることもあり、僕の目に包丁が刺さりそうになる。

 僕はその突きを何とか避け、突き出された包丁を奪い取る。

 そのまま、体を浮かせているフィリスちゃんを受け止め、床に下ろす。


「フィリスちゃん! こんな物人に向けたら危ないでしょ!」


 床に下ろしてから、包丁なんて危険物を振り回したことを叱った。

 僕だったから良かった、という訳では無いけど僕は避けられたからよかったが、もしこれが他の人だったら大怪我を負わせてしまっていたかもしれない。


「だっ、だって!」


「だってじゃありません!」


「うぅぅぅぅ!!」


 僕が叱ると、フィリスちゃんは目一杯涙を溜めて、こちらを睨みつけてくる。


「フィリスちゃん、おいで」


 僕が、あぐらをかいてそこにフィリスちゃんを呼ぶと、ゆっくりと近づいてきた。


「ほら、ここ座って」


 ポンポンとあぐらの上を叩くとそこに座る。

 僕はそんなフィリスちゃんの頭を撫でながら優しく言い聞かせる。


「フィリスちゃんは、さっき少しおままごとで本気になりすぎちゃったのかもしれないけど、やっぱり包丁とか刃物は危ないからさ、僕も当たれば普通に死んじゃうし、それは他の人も同じなんだよ。だからああいう危ないものは振り回したり人に向けたりしちゃいけないよ」


「……うん」


「もしこれが、相手が友達で、怪我をさせちゃったら嫌われちゃうかもしれない。フィリスちゃんもそんなのは嫌だよね?」


「……うん、やだ」


「じゃあもうああいうことはやらないよね?」


「うん。おにーちゃん、あぶないことしてごめんなさい」


 僕の言ったことに納得出来たのか、フィリスちゃんは素直に謝ってきた。

 僕はそんなフィリスちゃんをギュッと抱きしめて


「ちゃんと謝れたからいいよ。今度から気をつけようね」


 と言った。


 あれから程なくして、遊び疲れたのか泣き疲れたのかフィリスちゃんが眠ってしまったので、抱っこしてベッドまで運び、しっかり寝かせてから部屋を出た。

 フィリスちゃんも眠ったことだし、そろそろ時間もいい感じだったので帰ろうと思い、フィリスママを探していると、ちょうど部屋に向かってくるフィリスママが見えた。


「あら、ルイス君もう帰っちゃうの?」


「はい。随分と長くお邪魔してしまったので……それにフィリスちゃんも眠ってしまいましたし」


「そう……わかったわ。またいつでもいらっしゃい、フィリスも喜ぶだろうし」


「そうですね、落ち着いたらまた来ます。ママさんも、フィリスちゃんをあんまりいじめちゃダメですよ?」


「うふふ、善処はするわ」


 そう言って玄関まで送ってくれた。

 僕は玄関から出て、フィリスママにお礼を言ってからキャメルさんの元に向かう。

 空はもうオレンジ色に染まり始めていた。

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