【第三三話】
「ありがとうございました」
時は進み、修行を開始してから一年が経過した。
一ヶ月から先は日々修行の内容が激化していくので、色々と考えている暇がなかったこともあり、いざ終わってみるとこの一年、とてつもなく濃い毎日を過ごしていたなぁと感慨深い気持ちになる。
今は毎朝行っていたイーリスとの模擬戦を終えたところであり、今回も僕の勝利で幕を閉じた。
初めはイーリスにも勝てなかったが、修行を積んでいくにつれて、段々と善戦出来るようになり、修行開始から二ヶ月程で完全に勝てるようになった。
数ヶ月前からキャメルさんが相手でも勝てるようになった。
「よし、アップは済んだな……それなら最後はこいつと戦ってもらう」
そう言ってキャメルさんが後ろを指さすと、木々をへし折り現れる一体の竜。
「……この竜と戦うんですか?」
その竜は漆黒の鱗に身を包み、燃えるような目で僕を睨みつけてくる。
その目を見ると、村が滅ぼされたあの日のことを思い出してしまった。
「こいつを倒すのに、私は一切の手を貸さない。竜程度一人で倒せなければ修行の意味があったとは言えないからな」
「わかった……僕が一人で倒す」
そう言いながら、僕はその場から一歩前に出て腰の剣を抜く。
ここに来た時には忘れてしまっていた剣、“狂った世界に安寧を”のその刀身を竜に向けて構え、心を落ち着ける。
僕の心の中に渦巻くのは、あの時の復讐心。
あの時、村を滅ぼしたのはこの竜ではないのだろう。
それでも……目の前に仇かもしれない相手がいれば、気持ちが抑えきれなくなるのも仕方ないと思うんだ。
だから……僕の八つ当たりで死んでくれ。
僕は、一瞬で竜の元まで近づき、剣を振るう。
竜はそれに反応できておらず、右前脚に大きく傷を負う。
「グオォォォォォォォ!」
痛みか、それとも傷をつけられたことに対する怒りか……。
竜は咆哮を上げ、噛みつこうとする。
「……見えてるよ」
しかし、僕はその噛みつきを躱し、更にもう一太刀入れる。
今度は先程とは逆の足を切りつけ、ダメージを与える。
その一撃で、竜は前足を両方失い、地に伏した。
しかし、その目は未だ戦うことを諦めておらず、むしろ初めよりも殺気の籠った目で僕を睨みつけていた。
竜はこのままでは不利だと悟ったのか、大きな羽をはばたかせ、空へと舞い上がる。
そのまま竜は、空からとてつもない熱量を持った火炎球を吐き出してきた。
「オーダー、いける?」
『勿論。余裕』
僕はその火炎球を避けようとせず、オーダーを上段に構えた。
そして、迫り来る火炎球に対し、剣を……
「はぁッ!」
振り下ろした。
すると、火炎球は真っ二つに分かれ、元々そこには無かったかのように霧散して消えた。
「どう?」
『だいじょぶ』
僕はある事をオーダーに確認し、その返事を聞いて、剣で切り上げた。
普通ならただ剣は空を切って終わり。
しかし、この剣は普通では無かった。
振った剣から深紅の斬撃が飛び、火炎球を斬られたことで呆然としていた竜の羽を切り落とした。
竜は片方の羽を失ったことで、飛び続けることが出来ず、叫び声をあげながら落下してきた。
今使ったこの技も、一年間の修行て身につけたものだ。
飛ぶ斬撃は、剣術の終着点とも言われ、生涯を剣に捧げたような人間でなければつかうことはできないとされている。
いや、むしろそれでも習得できない人がいるから相当に難易度は高い。
しかし、僕は文字通り血の滲むような努力の末、一年で習得することに成功した。
普通にやっていればどう足掻いても一年での習得など不可能。
だが、いくら怪我をしても吸血鬼の血によって再生され、半永久的に剣を振り続けられればそれは可能となる。
それに、この吸血鬼の里に、この技を使える者が二人もいたのは大きいかもしれない。
一人は村で僕が負けたイーリス。
もう一人は、僕に修行をつけると言った張本人であるキャメルさんだ。
更には、僕はオーダーの所有者となったことで、剣を扱う才能が爆発的に上がっているらしい。
そんな要因が重なり、僕は剣術の奥義を習得できた。
「本当に、イーリスやキャメルさん、オーダーには感謝してもしきれないな……」
竜は地面に墜落し、大きな振動を響かせた。
僕はそんな竜を更に追撃する。
これは、キャメルさんに「倒したと思っても油断するな。確実に息の根を止めたことを確認しろ」と、教えられたからだ。
「ふっ!」
未だ動けないでいる竜の首に、僕は剣を振り下ろした。
***
「よくやった。あの竜はそこそこ強い個体だったのだけど、お前さん一人でこうもあっさりと倒せるとはな……。もう少し苦戦すると思っとったが、予想以上に強くなったな」
僕が竜に止めをさし、キャメルさんたちのところに戻ると、開口一番にそう褒められた。
「色々と教えてもらったおかげですよ。修行をする前の僕だったら確実に殺されていたと思います」
「教えたと言ってもそう大したことは教えられていないと思うが……」
「独学で全て学んでいた僕からすれば、十分に多くのことを教えてもらいましたよ」
剣の振り方や、相手との駆け引き。
魔法についてなんかも……
「これで終わりなんですね……」
「ふっ、そんな悲しそうな顔をするものじゃないぞ。これが今生の別れとなる訳でもあるまい、また会える。それに……お前さんにとってはこれからが大切なんだぞ」
「はい……」
「予定よりも少しばかり早く修行が終わったとは言え、い龍が攻めてくるのか詳しくは分からない。お前さんはできる限り早く信頼出来る仲間を集め、来るべき時に備えなければならない」
信頼出来る仲間……
そう考えて最初に思い浮かんだのはシャルの顔だった。
しかし、僕は直ぐにその考えを切り捨てる。
僕はシャルたちを守るために強くなったのに、シャルを一番の危険に晒すなんて本末転倒もいいところだ。
「龍が現れるまでに最低でも二年は猶予があるんですよね?」
「そうだな……少しは前後するだろうがそのくらいはあると思っていいだろう」
「どこに龍が現れるのかとかは分かるんですか?」
「あぁ、この世界に四つの大陸が存在することは知っているだろう? そのうちの一つ、『アヴァリス』に現れるはずだ。昔、杖の古代武器所有者が割れた空を修復した時、塞ぐことの出来なかった穴があの大陸で封印されていたはずだ。その封印のおかげで、龍はそう簡単にこちらに来ることができないというわけだ」
「分かりました。それならアヴァリスには最後に向かい、そこで龍の出現を待ちます」
そうとなったら、一度フォーサイス家に顔を出した方がいいだろうか……?
いや……王都に向かってエリカたちに一言伝えて別の大陸を目指そう。
シャルとは僕が胸を張って「付き合っている」と言えるようになるまで極力会わないようにすると決めたはず。
一回でも会ってしまったらその決心が揺らいでしまう可能性がある。
エリカたちにも、直ぐに王都に戻ってくると言っておきながら、何の連絡もなしに一年も経ってしまった。
もしかしたらもう王都にいない可能性もあるけど、一度宿に行って、その後に二人の働いていたレストランにも行ってみて、それでも見つからないようなら各地を巡りつつ、二人を探して謝ろう。
今後の方針は決まった。
旅立ちの日はすぐそこまで迫っている……。
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