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【第九話】

 湯船に浸かって待っていると、洗い終わったのかシャルロットがこちらに向かってきていた。


「となり、失礼しますね……」


 シャルロットはそう言って僕の隣に腰をおろした。

 こっちに来る時にチラッと見てしまったが、シャルロットはタオルが濡れて下の肌がうっすらと透けてしまっていた。

 僕は極力シャルロットの方を見ないようにしながら先程の話の続きをする。


「えっと……シャルロット様の気持ちは嬉しいです。でも、僕はシャルロット様のことをほとんど知らない。僕と同じようにシャルロット様も僕のことはほとんど知らないはず。そういうのも一緒に居れば解決する話ではあると思うんですけど、僕はこの剣のことを調べに王都に行かなければならない。それに、僕は平民でシャルロット様は貴族です。もしも僕がシャルロット様と一緒になってしまったら、シャルロット様の外聞が悪くなってしまう」


 決してシャルロットの事は嫌いではないが、シャルロットのためでもあるということをわかって欲しい。

 それで僕だけが悪く言われるなら我慢できるが、僕のせいでシャルロットが傷つくことは許せない。


「……愛に身分など関係ないと思いませんか? 他人にどう言われようと、本人同士が愛し合っていれば関係ないじゃないですか……」


 シャルロットはそう言うが、世の中そんなに甘くはない。

 本人たちの意志など関係なしに周りはそれを壊しに来る。


 僕の村でもそうだった。

 農作物の収穫量が少なく、税が納められない年があった。

 僕が六歳くらいの事だったか。

 その時は、国から派遣された人に、村の女性が三人連れられてったことがあった。

 その女性の一人は次の年に結婚を控えていたにもかかわらず、“税が収められなかった”という理由で連れていかれた。


 身分が全てのこの国で、シャルロットが真に幸せになるには、僕のような身分の低いものではなく、シャルロット本人と釣り合うだけの身分の人を選ぶ他ない。

 少し前に貴族制度を廃止しようとする動きもあったが、それも権力者によって潰された。


「シャルロット様には、僕よりももっといい人が現れます。僕と違って、身分の高い。シャルロット様のことを悲しませないような人が。だから——」


「そんな人は現れません! 例えルイス様が居なくなってしまっても、私はルイス様以外の男性を愛することはありません!」


 僕の言葉を遮り、シャルロットは叫ぶ。

 驚いて見れば、シャルロットは唇を噛み締め、目からは大粒の涙が零れていた。


「あ……」


 僕はそんなシャルロットを見て、それでもどうすることも出来なくて……

 今、この子にかけてあげるべき言葉はなんだろう。

 僕はどうすればいいんだろう。


「ルイス様とは出会ってまだ間もないです、けど! この短い時間で、私はルイス様の強さに、優しさに触れて……どうしようもないほどに好きになってしまったんです! 今すぐじゃなくていいですから、ルイス様がやりたいことをやってからでいいです。ですから、私と付き合って貰えませんか……?」


「シャルロット様……」


 僕はどうするべきなんだろう……

 いや、()()()()()んだろう……

 村がなくなってからずっと一人で生きてきた。

 久しぶりにこんなに人と接して、人間の温かさを思い出して。

 シャルロットは強さに、優しさに触れたと言っていたけど、それは僕も同じで、シャルロットと出会って僕は多くのものを思い出した。

 可愛いだけじゃなくて、人のことを一番に考えられる優しい子だってことは、馬車の中で知っていた。

 好きか嫌いかで聞かれれば、間違いなく好きと言えるだろう。

 これから一緒に過ごしていれば、この子のもっといい所を見つけることができると確信すらしている。


「僕は……」


 答えようとして、隣を見ればシャルロットは顔を真っ赤にして、フラフラとしていた。


「シャルロット様? ……シャルロット様!!」


 僕が名前を呼ぶも、返事が返ってこない。

 僕は急いで、シャルロットを抱き上げ、風呂を出る。

 どうやらのぼせてしまった様だった。

 脱衣場の時計を見れば、もう二時間近く経過していた。

 知らないうちに随分と時間が経ってたんだな……


 僕は長椅子にシャルロットを寝かせ、上からもう一枚タオルを被せて、脱衣場の扉を開けてメイドを呼ぶ。

 こういう時に魔法が使えたらすぐにでも対処できたのだろうが、僕は適性が無いため魔法が使えない。


 すぐに来てくれたメイドさんに事情を話し、シャルロットに冷風をかけてもらう。

 脱衣場にメイドさんが来た時に、「何故お嬢様が!?」とか言っていたから本当のことを言ったのに、半信半疑だった。

 少したって、シャルロットが目を覚まし、説明してくれるまで、メイドさんは怪しげに僕のことを見ていたのだった。



 ***



「あー……疲れた……」


 あれからシャルロットはメイドさんたちに部屋に連れていかれ、僕は体を拭いて、カゴに入れられてい服に着替えてから、部屋に戻った。

 今はベッドに横になっている状態だ。


「どうしよう……」


 思い出すのは泣いているシャルロットの顔。

 僕のことを本当に好いてくれているのは伝わった。

 僕も男だ。女の子にそこまで言われてしまったら、どうにかしたいと思うものだろう。

 身分差は僕がどうにかすればいい話だ。

 この国は大きな功績を立てた者は、貴族になれるといった法があったはず。

 何年かかるか分からないが、僕がシャルロットに釣り合うだけの男になればいい。

 まぁ、それまでシャルロットが待っていてくれるならの話だけどね。


 伝えることはできなかったが、もう夜も遅い。

 シャルロットもあんなことがあって疲れているだろうし、伝えるのは明日の朝にするべきか……


 そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。

 僕も疲れていたのか、目を閉じればすぐに意識が遠のいて行ったのだった。



 ***



「う……ん……?」


 少し空いたカーテンの隙間から差し込む太陽の光で、僕は目を覚ました。


「ふぁ……朝か」


 時計で時刻を確認するとまだ五時半だった。

 僕は一回伸びをしてから起き上がる。

 ずっと腰に剣を下げたままだったので、若干体に疲れが残っているがどうしようもないことなので諦める。


「まだちょっと早いけど……ま、いっか」


 僕は毎日朝六時から素振りをしていた。

 今日はいつもより早く目が覚めてしまったが、かと言ってやることも無いのでもう素振りを開始することにした。


 太陽が登りきっていないせいかまだ少し肌寒いので、僕は上着を羽織って部屋を出る。

 腰には抜けない剣ともう一本、街で買った安物の鉄剣を吊る下げている。

 今までは鉄剣をつかって素振りしていたが、重さのある抜けない剣を今回は使ってみようかと思う。


「こいつも、抜ければ戦えるのになぁ……」


 そんな愚痴が零れてしまったが、当然剣は抜けるはずもなく、僕は落胆しながら外へ向かった。



 ***



「っと……ここら辺でいいかな」


 迷路のような屋敷を出て、少し開けた庭のような場所にやって来た。

 早速僕は、剣を握り素振りを開始したのだった。


「ふっ!」


 正面に構えた剣を大きく振りかぶり、つま先の前まで振り下ろす。

 最初は筋力を鍛えるためにやっていたことだが、段々と剣の軌道が真っ直ぐとしたものに変わっていくのが分かり、それも意識しながらやるようになった。

 僕はこの素振りを毎日百回やる。


「……ふっ! ……ふっ! ……ふっ!」


 二〇、二一、二二、と心の中で数えながらひたすらに剣を振る。

 心を乱さず、常に力を拮抗させて振るのが重要だ。

 どうしたらもっと上手く剣を振れるようになるか……それだけを考えながら一回一回丁寧に、全力で振る。


「……ふっ! ……ふっ! ……「ルイス様?」……ふぁっ!?」


 そうして五十をすぎた頃、突然後ろから声をかけられ、驚いて変な声が出てしまった。


「えっ!? なに!?」


 僕がバッと振り返ると、そこにはピンク色の可愛いパジャマを着たシャルロットが立っていた。


「えっと……邪魔してしまいましたか……?」


 シャルロットは僕が驚いたことで、素振りの邪魔をしたんじゃないかと不安になったのか、泣きそうな顔でそんなことを言ってきた。


「いえっ! 邪魔なんて全然思ってないですよ! それより、シャルロット様はどうしてここに?」


「驚かせてしまってすいません。私は、朝起きてカーテンを開けたらルイス様が剣を振っていたので、つい来てしまいました……」


 そうか……

 まぁ、確かに庭で剣振ってる人がいたら見に来たりするよね。すると思うよ。するんじゃないかな? 多分。


「えっと、寒くないですか?」


 なんて返事したらいいのか分からなくなったので、そんなことを聞いてみる。


「少し冷えてきましたね……」


「あ、それなら、僕ので良ければこれ……どうぞ」


 僕は素振りを始める前に、「どうせ汗かくだろうし……」と思って脱いでいた上着をシャルロットに渡す。


「あ、ありがとうございます……」


 そんな上着をシャルロットは顔を赤くしながら受け取り、数秒、緊張したように上着を見つめたあとに袖を通した。


「温かいです……」


 そして、シャルロットはとびきりの笑顔でそう言ってきた。


「ッ! ……そ、それなら良かったです」


 僕はそんなシャルロットを見て、ドクンッと心臓が飛び跳ねた。

 昨夜自分の気持ちを認識してしまったことで、シャルロットのふとした仕草でドキドキしてしまう。

 っというか、今こそ昨日の返事をする時じゃないのか?

 思い立ったが吉日という言葉があるように、気がついたならすぐに行動するべきだ、が。


「あっ……えっと……」


 いざ口にしようとすると、なかなか言い出せない。

 僕ってこんなにチキンだったっけ?


 急にどもり始めた僕を見て、シャルロットは不思議そうな顔をしていたが、何かに気づいたのか顔を赤くしながら……


「あの、ルイス様……昨夜のお風呂での返事……聞かせて頂けますか……?」


 と、そう聞いてきた。

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