出会い
短く終わるお話の予定です。
良ければ見ていってください。
屋敷を囲む石垣の北北東。そこから街道沿いに進み、三件目の茶屋の裏の石垣には子供1人が何とか通り抜けられるだけの隙間があります。そこから藩を出て小川を下り、川沿いに進んだ先に続く雑木林を抜けると、背の高い猫草に覆われた、人知れず朽ち果てた古民家が佇んでおりました。
誰も住んでいないその古屋には、しばしば弥彦と云う少年が出入りし、一人遊びに興じているようでした。弥彦の丸っこい頭より三寸ほども高い猫草に囲まれた静かなこの場所は、面倒な習い事や厳しい父の指南を忘れ、一時の自由を感じさせてくれるのです。
ある日、弥彦が剣術の稽古を終え、手首にできた血豆や痣の痛みに呻きながらも古屋へ向かうと、誰もいないはずのその古屋に、土気色の古びた木綿の着物を身にまとった少女が、膝を抱えて寝転んでおりました。
弥彦は怒ります。普段から父に、女は学がなく、体を張って働くか産むしかできない無能者と教え込まれていましたので、自分の秘密の場所への侵入者を排除するべく、憤然と少女に近づき、寝転ぶ少女を見下ろしながら強気にこう言い放ちました。
「やいそこの女よ、この小屋はこの弥彦の縄張りだ。怪我をせぬうちに去れ。」
弥彦の言葉に少女は頭を挙げると、まるで天井の蜘蛛の巣を観察するように弥彦の顔を、その珍しい翡翠色の瞳でじっと見つめ始めました。
「」
少女の予想外の反応と妙な気恥ずかしさに弥彦はつい顔を逸らしてしまい、しまったと思い向き直ると、そこにはいつの間にか立ち上がっていた少女がもう鼻先の距離からこちらを覗いているのです。
弥彦は堪らずわっとうめき声をあげると、草原に見事な尻餅をついてしまいました。
不意の失態に首筋がかっと熱くなった弥彦は、負けじと立ち上がると今度はおぉと雄叫びを上げて少女を両の手で突き飛ばします、しかしなんということか、逆に弥彦のほうがぽんと弾かれ再び尻餅をついてしまいました。
さて最初の状況から逆の状況となり、少女を仰ぎ見た弥彦がまず驚いたのは少女の体躯でした。辺りの猫草よりも高く、その長い黒髪も相まってか弥彦の体をすっぽりと影で覆ってしまったのです。
「ええい、やるならやれ!」
先ほどの威勢はどこやら、怯えた弥彦は両の手で頭を庇うように体を丸め、少女の攻撃に備えておりましたが、少女はこちらを覗いてくるばかりで、一向に拳を振るう様子も言葉で罵ってくる様子もありません。大きな体に不釣り合いに小さな頭と目で弥彦をみるばかりです。それを不思議に思った弥彦は、怯ず怯ずとこんな事を訪ねて見ました。
「もしかしてお前は口がきけないのか?」
すると少女はこくんと頷き、弥彦に向かって手を差し伸べます。ずっと一人相撲をしていたようで、なんだかすっかり毒気を抜かれた弥彦は自分でも驚くほど素直にその手を取ることができました。