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REVERSE GIRL

作者: 飴本 鈍


 ■ ■ ■


 昨日、雨が降りました。残念ながら桜の花は全部散ってしまいました。

 今日、雨が降りました。残念ながら花びらは全部流れてしまいました。

 明日……。


 ■ ■ ■


 卯月朔良(うづきさくら)は目を覚ました。見えるのは部屋の隅に置いてある銀ラックに収められた、14インチのテレビ。

 黒いカーテンの隙間から日差しが差し込み、一つの線を浮かび上がらせ、部屋の床に敷かれた黒いカーペットを照らしている。どうやら、外は晴れているようだ。一週間ほど雨は降りっぱなしで、部屋の中はもちろん家中が湿気ているようだった。

 朔良の部屋はどうも女の子らしくなく、銀ラックの横には黒いエレキギターが置いてあり、ベッドの横においてある小さい棚にはMDコンポが置いてある。ただ、その横に積まれているCDはヘヴィメタルやロックが多い(しかも、洋楽ばっかりだ)。

 朔良は黒い掛け布団を押して、体を起こした。

「…………眠みぃ…………」

 布団に入って寝た時間が既に日を越していたので、まだ相当眠いようだ。朔良は二度寝を試みようと思ったが、先ほどから鳴り響いている目覚まし時計の音に邪魔をされてしまい、再び布団を被ることも出来なかった。今日は休日だというのに、目覚ましを解除するのを忘れてしまったようだ。

 朔良は起床を目覚まし時計に催促されて渋々ベッドから降りた。

 目を擦りながら、よたよたとドアの方へ向う。

 短めの髪をクシャリとして、ドアのノブを引いた。

 そこには廊下とはいえない短い廊下があり、すぐ前にはダイニングキッチンがある。

 朔良の家は賃貸で、アパートを借りてそこに住んでいる。そのアパートは建ってからそんなに建っていない新築のアパートで、部屋自体もリビング(8畳)と6畳間、ダイニングキッチン、風呂、トイレ(ただし、ユニットバス)と結構広く、充実している。それでいて家賃がかなり安く、四万円台で借りることが出来る。

 朔良の寝室は6畳間で、リビングは誰か来た時のための客間となっている。

 キッチンに置いてある小さめの冷蔵庫を開け、中身を確認する。

「あ……無ぇじゃん……」

 どうやら、昨日スーパーに行って買い物するのを忘れたらしく、冷蔵庫の中はもぬけの殻だった。唯一あったのは牛乳ぐらいで、他には何も無い。

「……」

 朔良は冷蔵庫のドアを閉め、再び寝室へと向った。

 クローゼットを開けると、プラスチック製の衣服入れがある。そこから朔良は服を取り出す……が、

 どれもこれも男物。黒いパーカーに黒に近い色のジーンズ。このくらいの服でも今日一日過ごせるほど、外の気温はありそうだ。部屋の中も暖かい。

 脱ぎ捨てたパジャマを畳むことなく、朔良は寝室を出る。ダイニングキッチンを通り越し、玄関へと向う。黒いスニーカーを履き、部屋のドアを開けた。

 そこには春の景色が広がる。家々の木は緑の葉をつけ、心地の良い風が頬を撫でた。アパートの入り口(門扉なし)には名前は分からないが綺麗な花が咲いている。スズメはさえずり、一週間降り続いた雨のせいか空気は清々しかった。

「こういう風な日が続けや良いんだけどな……」

 そう呟いて、アパートの入り口を抜ける。入り口には「白波荘(しらなみそう)」と書かれている。


 「白波荘」の前を通っている道はギリギリ車が対面して通れるほどに狭く、それでいて裏面状況が悪い(凸凹している)。歩く分には不自由は全く無い。

 朔良がその道を歩いていると、目の前に見たことのある人影を見つけた。

 ――あれ? あいつは。

 どこかで見たことある。

 その人影も朔良の存在に気付いたらしく、手を振った。

 朔良も何気なしに振り返した。

「朔良ちゃん」

 そう名前を呼ばれて、朔良の顔は少し熱くなった。

顔が赤くなっているような気がした。

「久しぶりじゃねぇか、紗希」

「ねぇ、卒業式以来だもんね」

 朔良が会ったのは同じ高校の同級生だった騎西紗希(きさいさき)。会うのは紗希も言っていたが卒業式以来、二年ぶりだった。

 紗希は小柄で朔良との身長差も20cmほどある(朔良の身長が高いというのもあるが)。一緒に歩いていると「姉妹」に見えるとか。少し幼い雰囲気があり、とても笑顔が可愛いと評判だったという(卯月朔良調べ)。

「あれ? どこか行くの?」

「ああ、ちょっと買いもんだ。近くのスーパーにな。紗希は?」

「え? これから、おばあちゃんの家に行くところ。あ、ねぇねぇ」

 紗希は上着のポケットから小さな紙を取り出した。

「『しろなみそう』って知ってる?」

「あ?」

 朔良が小さな紙を覗き込むと「明宿町臨天あかすくちょうりんてん2−12白波荘二〇二号室」と書いてある。

「『しらなみそう』な。オレの住んでるアパートだ」

「え? そうなの? あ、でもこれから買い物でしょ? ……あ、一緒に行くよ」

「あ? そうか? じゃあ、着いて来いよ」

 朔良は紗希を引き連れて再びスーパーへと歩き始めた。

 紗希の歩くスピードに合わせて、朔良は歩く。

 朔良の歩くスピードに遅れずに、紗希は歩く。

「朔良ちゃん、変わってないよね」

 紗希は突然、朔良にそう言った。

「何が?」

「その男の子っぽいところ」

「ああ、これはオレの性分。昔っからこんな感じだ」

「何で?」

「あ?」

「何で、男の子っぽくしてるの?」

 このとき、朔良は少し嘘をついた。昔っからこんな格好をしているわけではなく、高校に入ったときにボーイッシュになったのだ。その理由は、

「ねぇ、何で?」

 この、

「なんでなんで?」

 騎西紗希に、

「しつけぇな、何だって良いじゃねぇかよ」

 原因がある。


 朔良が入学した日、その日に既に自分がどのクラスかが掲示によって発表された。生徒は一度自分のクラスへ行き、荷物を置いてから体育館へ行き、入学式に参加することになっていた。

 朔良はD組、出席番号二十二番(男子と女子合わせて四十人、男子が二十一人、女子が十九人のクラスで五十音順。男子女子の出席番号は通し番号)だった。紗希も同じクラスで出席番号二十七番だった。

 朔良が教室へと向い、中に入ろうとしたところで紗希とぶつかった。朔良にぶつかった紗希はよたつき、尻餅をついてしまった。

「あ、ごめん。大丈夫?」

 朔良は紗希に近づき、手を差し伸べた。

「あ、うん。大丈夫。私の方こそごめんね」

 紗希は「前方不注意だぜぃ……えへへ」と言いながら、その紗希の言ったことに笑う朔良の手に掴まり立ち上がった。

 そのとき、朔良は紗希を素直に「可愛い」と思った。そして、いままでに感じたことの無いような感覚が体を駆け巡ったのだった。その日から、紗希と話していると、妙に顔が赤くなっていることに気づいた。朔良は「まさか」と思ったが、その「まさか」だったのだ。

 朔良は紗希に恋をした。

 いけない恋だった。

 あっちゃいけない恋だった。

 しかし、朔良の紗希への思いは止まらないし、戻らなかった。

(紗希を彼女にしたい)

 と思うようになったのだった。

 そして、朔良は夏休みを経て、ボーイッシュ……いや、男の子っぽくなったのだ。

 しかし、そのときの紗希の反応が朔良を益々変な方向へ走らせてしまったのだ。

「カッコいい」

 それがダメだった。それが原因だった。朔良が男の子のような雰囲気から抜け出せなくなったのは。その一言があったからだった。

 だが、朔良は押しが弱いというか、決定力・決断力が無いというか、紗希に告白したい、紗希を彼女にしたいという思いはあっても、なかなか実行に移せず、2年生、3年生となり、いつの間にか卒業してしまったのだ。


 そして、今。

二人は再会した。

 紗希にしてみれば、朔良が自分に恋をしていることなんか知らない……はず。


 朔良は買い物をしながらふと、「チャンスかもしれない」と思った。

 買い物をしているときもずっと笑顔で、二人の話は盛り上がった(スーパーの中なので、それなりに弁えて話をしているけど)。

 野菜やら豆腐やらを買い終えて(朝ごはんを作るだけなのに、ここまで買い物しなくても良いのでは?)、朔良と紗希はスーパーを後にした。


 ■ ■ ■


「ここだ、『白波荘』」

 朔良と紗希は「白波荘」の入り口に立っていた。

「新しいね」

「建ってそんなに経ってないって聞いたな。あ、イワクツキってのも聞いたぜ?」

「イワクツキ?」

「なんか、結構ヤバいアパートらしいけどな。3部屋ほど使用禁止になってるらしいぜ」

「おばあちゃん大丈夫かな?」

 心配そうな顔をする紗希。その紗希の肩を抱いて自分のほうに寄せる朔良。そして、朔良はにっこり笑って。

「大丈夫だ。心配はいらねぇよ。紗希のおばあさんの住んでる部屋の隣は、近所でも評判のいいおじさんだ。すげぇ親切なんだってよ。明宿町の紳士つってな」

「ホント?」

「ホントだって。明宿町の紳士に任せとけば安心だって」

 良かった……と言って、紗希の顔には笑顔が戻った。

「じゃあ、おばあさんの部屋行ってこいよ」

「うん。あ、朔良ちゃん」

「何だ?」

「朔良ちゃんの部屋はどこなの?」

「オレは一〇二号室だ」

「行っていい?」

 紗希のその言葉に、半分の戸惑いと半分の喜びがあったが、断わる理由はどこにも無い。

「お? ああ、良いけど」

「じゃあ、あとで行くね」

「ああ、分かった」

 そう行って、紗希は二階への階段を上っていった。朔良は自分の部屋に戻っていった。


 朔良は先ほどスーパーで買ってきた材料で料理を作り、そして遅めの朝食を()った。使った食器を流し台に置き、洗面所(ユニットバス内にある)へと向った。

 歯を磨いて、口を(すす)いで、顔を洗って、髪をセットして(って休日なのに)、ダイニングキッチンへと戻り、コーヒーを入れて寛いだ。

 寛いだという割には、朔良はそわそわしていた。紗希が部屋に来るという嬉しさでそわそわしていた。

 それから、20分ほどしてドアがノックされた(新築のクセにこの部屋のインターホンは壊れている)。朔良は立ち上がり、玄関へと向った。

 ドアを開けると、そこには紗希がいた。

「やっほー」

「おう、上がれよ」

「お邪魔しまーす」

 朔良は紗希を上がらせると、ダイニングキッチンに置いてある椅子に座らせた。

「コーヒー、紅茶、緑茶、ココア何がいい?」

「ココアー」

 ああ、可愛いなぁもう。朔良の心の中にいる小さな朔良は狂喜乱舞(きょうきらんぶ)していた。

 紗希のココアを入れ、朔良はコーヒーを入れた。

「砂糖とか入れないの?」

 紗希に聞かれて、

「ああ、オレはブラックが好きなんだ」

「カッコいいー」

 ふと、朔良の中で5年前のことが再び(よみがえ)ってきた。

 紗希を彼女にしたいという気持ちはずっと変わらなかった。

 携帯の着信音が聞こえた。

「あ、ごめん電話だ」

「あ、いいよ」

 紗希は立ち上がり、玄関へと向い外へ出た。

 それから5分しないうちに紗希は戻ってきた。

 紗希は玄関で立っている。上がる様子はない。

「ごめんね、朔良ちゃん。彼氏から電話来ちゃって、すぐ行かなきゃなんだ」

 彼氏。

 その言葉を聞いて、朔良の思考は一斉にストップした。

 朔良の中に衝撃が走った。

「彼氏……いるんだ……」

「うん、一年前に出来たんだ」

「そっか、いいな」

「朔良ちゃんも出来るよ」

「オレはできねぇよ。こんなだからよ」

 すんなり会話できる自分が憎らしかった。もっと悔しがれよと朔良は思った。

 紗希は「ごめんね、また来るからね」といい、部屋を後にした。

 テーブルに残されたココアとコーヒー。

 突然にして虚しさに包まれた。

 朔良はココアとコーヒーを放置したまま、寝室へと向った。

 そして、ベッドへと倒れこんだ。

 不思議と涙は出なかった。

 出したくても出なかった。

 全然前に進まなかった自分と、突然の衝撃で涙は出なかった。


 それからしばらくしないうちに、朔良からは男の子っぽい雰囲気は消え、高校入学前の雰囲気に戻っていた。

 髪を伸ばし、スカートを履いた自分。

 なんだか変な感じはするが、朔良は全く違う道を歩みだしたような、そんな気分がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 主人公はボーイッシュな女の子──というか、それを越えて女の子に恋をする女の子。始めはただ無粋なだけかとも思えましたが、読み進むにしたがって見た目に似合わず、純粋で…
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