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念願の妹が電脳だった件。  作者: ぐえんまる
第1.5章 真夏ノ家族
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08 せっかく妹がいるというのに


 最近、全てが完璧に上手く行っていて、俺自身も驚いている。

 

 延々とループした時間に閉じ込められたとしても、こんな毎日なら辛くないだろう。そう思えるくらい毎日が楽しい。


 と言っても俺は、この一週間ただ遊んでいたわけではない。

 いくら経済的に余裕があっても、二人で暮らすのは楽じゃなかった。まず先にぶつかる問題は……そう、(メシ)だ。


 最初は外食や弁当ばかりだったが、仁心の健康のためにもある程度――手抜き炒飯以上のものを作れるようになりたかった。だから、久しぶりに料理というものを勉強した。


 二人とも初心者でかなり手こずっていたが、あまりに楽しすぎてここは妹と一緒に料理をする世界線なんだな。と感動していた。

 

 でも、そんな平和な日常の中で、微かな違和感が――一面の青空に浮かぶ小さい雲のようなものが、いつも頭の中にあった。


 「何かを忘れているんじゃないか?」と、そう問われている気がしていた。


    * * *

 

 あれから一週間くらいはたっただろうか。

 

 俺は、買い出しのビニール袋を片手に自宅の近くを歩いていた。


 今朝、突然キーラから呼び出しがかかって、その帰りだった。なんでも、まだ月に一回くらいは検査を受けないといけないらしい。車で迎えに来てくれて、ダニエル邸に行くのは早かった。


 また白衣のおじさんにレントゲンみたいな機械に通され、注射で血を少し抜かれる。ワイン先生と呼ばれていたおじさんの蘊蓄(うんちく)に生返事してると、検査はすぐ終わった。


 その帰り、ふと仁心にパスタでも振る舞ってやろうと思い家の近くのスーパーに寄ったのである。

 そこまでは、何も問題なかった。

 

 近所の小さな公園に通りかかった時、ふと目に入ったのだが、四、五人の少年がベンチに集まって何やら騒いでいる。こういう時、目がいいととても助かる。


 どうやら、ゲーム機を持ち寄って遊んでいるみたいだ。


 一見、穏やかな日常の風景だが、俺は気づいてしまった。一人だけゲーム機を持ってない子がいることに。


 一番小さいその少年は、どうにかゲーム機を貸してもらおうと奮闘しているように見えた。


 いや、俺の考えすぎかもしれない。でも、彼はどこか見覚えがあるような気がして、少しの間目が離せなかったのである。


 すると、彼らの一人が突然立ち上がった。小学生にしては目つきの悪いというか、クールな感じだ。若き日のエドワード・ファーロングを彷彿とさせる。エディって呼ぼう。


 彼はなんと、ゲーム機をあの少年に渡したのである。


 俺は、少しほっとした。


 良いやつじゃないか、エディ。と思ったのである。


 他の少年が皆、彼の後に続くのを見るまでは。


 その中の一人は、ゲーム機を仕舞ったカバンごと彼に渡した。ゲームに飽きた少年達は、彼に荷物を監視させて鬼ごっこを始めたのである。

 

 彼は嫌な顔一つ見せなかった。


    * * *


「――よう、何やってるんだ?」


 一人ベンチに座っている少年の元へ歩くと、案の定、俺はその子を知っていた。2週間前、家の前で会った子供だ。


 相変わらず顔は女子だが、今日は男の子らしい服を着ている。


 そいつは馬鹿真面目に荷物を両手で抱えていたが、俺を見るなり顔を真っ青にして立ち上がり、ゆっくり後ずさり始めた。

 

「おいおい、そんなヒグマに遭遇したみたいな反応しなくても……」

「いやだ! 死にたくない!」

「あー……。大丈夫、妹はいないから安心してくれ」

「ほんとに……?」

 

 少年は泣きそうな顔で当たりを見渡す。

 仁心の事を酷く怖がっているらしい。まあ、あんな事をされたら無理もないか……。

 

「本当だって。あの時はごめんな。うちの妹もちょっとイタズラが過ぎた。……そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は春宮貴人。君は?」

「ナツキ……」


 彼は小さくそれだけ答えた。まだ少し警戒しているようだった。


「今日は……なにしに来たんですか?」

「いや、困ってるように見えたから助けに来てやったんだよ」

「――こ、困ってない……」

「そうか? 見るからに仲間外れにされてたけどな。やり返したいなら俺に任せろ。そのゲームを貸してくれれば奴等のポケ○ンを全て秘伝要員にして――」

「絶対やめろ!!」

「つれないなあ。冗談だよ。でも何か俺に出来ることがあれば言ってくれ。……借りは返したいんだ」


「うーん……」と、少年は少し考えた。


「それなら、妹さんをここに連れてきてくれますか?」

「ん? なんで?」

「あいつら……僕の言うことを信じないんだよ! 僕が嘘つきだとか言って!」

「お前、もしかして……あの事を話したのか?」

「……え? うん」

「なんて言ったんだ?」

「それは……その、タ○ミネーターみたいな殺人ロボットがいるって」

「……なるほど」


 そういえばこいつ……クソガキなんだった。

 

「でも後悔してます。転校してそうそう嘘つき呼ばわりされる事になったので……」

「あー、そうだろうな」


「え、あの……ちょっと――」


 俺は踵を返して家へ向かった。

 

「貴方は……! か弱い少年を見捨てるんですか?」

「ばーか、そんな話誰も信じやしーねよ。それに、お前は俺達のプライバシーを脅かしたことになる」

「ぷらいばしー?」

「都合のいい時だけガキになるんじゃねえ」


    * * *

 

「――なんて事があってさー」

 

 俺はその後5分ほどで家に帰って、起こったことを全部仁心に話した。


 いい笑い話だと思ったんだが……。


 全くそんな事は無く、俺が話す間、仁心の表情はどんどん曇っていった。


「それで、何もせずに帰ったんですか? お兄ちゃん……」

「え? ああ……」

「……お兄ちゃん、それは余りにも酷いと思います」

「……」


 何か言おうとしたが、声が出なかった。

 言葉を失う。とは正にこういう事だ。


 とてつもない悲壮感と絶望。どちらも、兄である俺に対するものだった。

 

 仁心の言いたいことは理解できた。半分くらいは俺達のせいなんだから、筋を通すべきだと。


 たしかに、全くもってその通りである。


「――あ、ごめんなさい……変なことを言って」


 しかし、仁心は俺の機嫌を損ねたと思って慌てている。

 

 こんなにも健気で最高の妹を悲しませていいのか?


 俺は、自分と仁心を最優先に考えていたつもりだった……だが実際は、仁心をロボット呼ばわりされて我を忘れたわけだ。

 昔の俺がここにいたら殴られていてもおかしくないだろう。


 最近の楽しい生活に飲まれて、完全に忘れていた。「妹がいる」ということの意味を。時に倣い、時に教え、切磋琢磨して高め合う。

 俺が望んだのは生活はそう……輝かしいものだったはずだ。

 

 今の俺は、仁心に自分を誇れない。


 完璧な兄になる必要があるのだ。

 妹に呆れられるようでは決して駄目なのである。


「ごめん、仁心」


 完全に目が冷めた俺は仁心に心から礼を行って、今度は二人でその公園に行くことにした。


    * * *


 仁心はあまりの可愛さで目立たないように、無地の白いTシャツとジーンズを着せ、キャップとサングラスを装備させた。なんというか、ビジュアルは完全に外国人で逆に目立つかもしれないが、顔を晒すよりはまだマシだろう。

 

 公園に着いた時は、ナツキ君はまだ真面目に荷物を監視してるかな。なんて事を考えていたが、甘かった――


「――あぁ? やんのかゴラァ!」


 公園の入口に着くと、突如響いた怒号に俺達は一瞬固まった。

 

 小さな公園の中央で、制服姿で、おそらく中三くらいの少年が、もう一人の少年の胸ぐらを掴んでいる。


 中学生の方は初めて見るが、背後に三人程の取り巻きを連れている。もう一人の子は、よく見るとさっきエディと名付けた少年だ。


 エディの後ろにも、さっきいた子供たちが怯えていた。

 

「まさか、こんな漫画みたいな光景に出くわすとはな……」


 状況はわからないが、なんとか止めなければと思って、俺は二人の間に割って入ったのである。


「まあまあ、喧嘩は良くないぞーおまえらー」


「あ? 誰お前」

「誰ですか?」


 殺意に満ちた顔で睨み合っていた二人は同時に俺の方を向いた。え、怖……。


「俺はそこにいるとナツキ君の友達なんだ」


 急に指を差されたナツキは目を点にしていたが、他の仲間に「そうなのか?」と聞かれ、渋々頷く。


「というわけで、お前らの喧嘩を止めるのはナツキ君の為になり、その友達の俺のためでもあるわけだなー。なんで喧嘩してるか知らないが、ここは現代人として冷静に話し合いで――」


 俺の言葉はそこで途切れ、代わりに「――ブベァ!!」という情けない悲鳴を上げた。


 一体何が起こったか、自分の頭と共に地面に衝突するバスケットボールを目にして、やっと分かった。


 中学生グループの誰かが、俺の顔面に完璧なシュートを決めたのである。


 同時に、彼らの中に盛大な笑いが起こる。


「いってぇ……」

 

 俺はやっとの事で立ち上がり、このクソガキ共をどう叱ってやろうかと一瞬考えた。


 しかし、これは喧嘩である。

 考える。なんて時間はない。


 すぐさまリーダー格の少年が舐めた笑みを浮かべ、俺の顔面に追い打ちの右フックを食らわせた。


――はずだった。


    * * *


 俺がビビって目を閉じた時、甲高い警告音と、綺麗な女性の機械音声が脳内に響いた。


――自動安全装置起動。危機回避能力(セーフティ・レベル)(シックス)に変更しました。


 恐る恐る目を開けると、俺の前には仁心が立っている。


 仁心はその右手で奴の拳を掴んでいた。


「大丈夫ですか……? お兄ちゃん」

「ああ……。ありがとう仁心」


「――おい、離せよ! おい!」


 奴は必死に逃れようとしているが、仁心はかなり強く掴んでいるようでびくともしない。

 

「そうですね。どうして喧嘩をしていたのか正直に話してくれたら私も放してあげます」


 サングラスでその表情はよく見えないが、仁心は、なんだか別人のようだった。


「このガキ共がリングを横取りしやがったんだよ!」


 彼は公園の端にある小さなバスケットリングを指差した。


 仁心はその目を見据えて、呆れたようにため息を吐く。


「嘘、ついてますね」

「――ぐあぁぁぁあ……!!」


 右手にさらに力を加えたようで、彼は痛みに顔を歪ませる。


「仁心、もういいから放してあげて」

「……はい、お兄ちゃんがそう言うなら」


 俺が仁心を宥めて、彼はやっと解放されたのである。


 すると、仁心は地面に転がるボールを追いかけて走って行ってしまった。


 戻って来た仁心は、ボールを両手に持って、少年に礼儀正しくお辞儀をする。

  

「本当にごめんなさい……私の兄が傷つけられると思ったもので」

 

 また雰囲気が変わった……? というか、いつもの仁心に戻ったという感じだ。

 

 少年も混乱している様子だったが、すぐに我に返ってボールを受け取り、そそくさと逃げていった。


     * * *


「仁心、さっきのは何だったんだ?」


 これでやっと一件落着。ただ、少し目立ち過ぎたと思って俺は仁心を引っ張って帰ろうとしていた。


「ああ、あれは安全装置です。トリセツにありませんでしたか?」


「あー、確かにそんなようなのがあった気が……」


 俺は記憶を手繰り寄せた。


【安全装置】

 仁心自身や仁心の身近な人物が危険に晒された時、仁心の意識に関わらず自動的に発動する。状況に応じてセーフティ・レベルが1から10に設定される。平常時のレベルは0である。


―レベル1 : 防犯ブザーが鳴る

―レベル2 : 自動的にキーラに位置情報が送信される

  ・

  ・

  ・

―レベル6 : 脳のクロック数を上昇させることで、動体視力を向上させる。


 確か、身体能力を向上させるのはエネルギー消費が激しいため、かなり危険を感じた時しか発動しない筈だ……。


「何を言ってるんですか! お兄ちゃんのピンチなんですから当たり前です!」


 しかし、仁心はこんな事を言ってくれている。


「それよりお兄ちゃん、ちょっと待っててもらえますか?」

「え、今度は何だ?」


 またもや走って行く仁心について行くと、彼女はナツキ君の目の前で立ち止まり、深々と頭を下げたのである。


 俺はそれを見て安堵すると共に、軽く溜息をついた。

 

 俺は本当に、仁心に相応しい兄になんてなれるのだろうか。

 

面白い!可愛い!と思っていただけましたら、ブクマ、評価、感想などで応援よろしくお願いします。


ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます!


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