09 あれ? なんだか妹の様子が……。
本当に長らくお待たせしました。
ずっと書きたいと思ってたんですが……いや、言い訳はしません。
今後ともどうかよろしくお願いします。
貴人がダニエル邸で寝ている間に常磐家が近所に引っ越して来たのは、全くの偶然であった。
常磐夏木、阿下葉第一小学校一年生。
彼は始まったばかりの新天地での生活に心を躍らせていた。
ゴシック風ドレスを着た不思議な女の子に話しかけてしまうまでは……。
その事件以降、彼はこの町に対して必要以上に警戒を抱くようになった。事故とはいえ、純真無垢な期待感に水を差されたのであれば当然であろう。
さらに男子小学生の世界は彼の想像以上に冷酷だった。この町の子供達は、事実とは言え、あれほど非常識な出来事をそのまま鵜呑みにしない程度にはませていたというわけだ。
またそれらとは別に彼は、小学生ならば誰もが垂涎の思いである人気ゲーム機を、多くの子供達が当たり前に買ってもらえているという事実を目の当たりにし、絶望していた。
このように、彼の新生活の幕開けは総じて幸先の良い物とは言えなかった。
しかしなんの因果か、これから春宮家と常磐家はさらに関わりを持つことになるようである――
* * *
――くそう、迂闊だった……。
ナツキ君の家は近所だろうとは思っていたが、まさか俺の家のすぐ裏だったとは。
あの後、ナツキ君と仁心は急速に意気投合し、なぜか俺達が家まで送っていくという流れになったのである。
ナツキ君の家はそこまで大きくはないが、ちょうど俺の家に面する側に縁側と裏庭のある、国民的アニメなんかに出てきそうな良い家だった。
ナツキ君が玄関のチャイムを鳴らすと、がちゃりと重い音と共に扉が開いて出てきたのは……黒髪ショートヘアの小さな女の子だった。と言っても、ナツキ君よりは少し大きい。おそらく姉だろう。
「ナツキ! 今度はなにやらかしたの?」
その女の子は腰に手を当てて、眉を寄せてこちらを……いや、ナツキ君の方を睨んでいる。
この状況で俺たちより疑われるとは、信用が無さすぎないか?
「ち、ちがうもん……公園で遊んでただけだし……」
おそらく姉であろう少女は、ナツキ君の言葉を華麗にスルーし、あんたも誤りなさいと言わんばかりにナツキ君の頭を押し下げようとした。
「すみませんお兄さん。この度は弟がご迷惑を――」
流石に可哀想になってきたので、助けてあげることにする。
「――いや迷惑かけたのはむしろこっちというか……。ついさっきうちの妹とナツキ君が仲良くなったみたいで、家まで送るついでに挨拶でもと思っただけなんだ」
「え? ……そうなの?」
「ほら、言ったでしょ!」
「それは……その、悪かったわね」
彼女はバツの悪そうに目を逸らした。
その様子を仁心は何か神妙な面持ちで見ている。いったい何を考えているんだ?
「そうそう君たち、いまお母さんはうちにいるかな? あるいは父さんでもいいけど」
すると、ナツキ君がそそくさと中に入り、暫くして母親らしき女性が出てきた。
金髪にジャージというラフな格好だけど、綺麗な人だ。
「――ああ、お裏の! わざわざご苦労さまですー。前に何度かご挨拶に伺ったんですけどね……あ、ウチは常磐って言います。どうぞよろしくねぇ」
明るくて優しそうな話し方だった。見た目も驚くほど若い。身も蓋も無い言い方をすれば、俺如きなど一瞬で消してしまえそうな光のオーラを感じる。
「はい、こちらこそ。春宮です。あ、すみません。色々あって家を開けていたもので……」
「いいのよいいのよ。立ち話も何だし、ささ、入って。ほら、妹ちゃんも」
* * *
「私は常磐夏芽。気軽に夏芽さんってよんでね。あ、ごめん麦茶しかないけど、大丈夫?」
という感じで、少しの間、世間話をする事になった。完全に想定してなかったが、夏芽さん陽気な雰囲気に飲まれて断れなかった。
それに、ここで二人で暮らす以上、近所付き合いはしておくべきだろう。
なんでも、常磐家は夏芽さん、夏木くん、千夏ちゃんの三人家族らしい。
リビングはやはりまだ家具も少なく、生活感はまるでなかったが、父親らしき男性を入れた四人の写真がきちんと飾ってあった。
「ああ、それね、旦那が亡くなってからもう六年くらいかな。その頃ナツキは小さすぎて殆ど覚えてないみたいだけどねー。ま、あんまり気にしないで」
と言い、肩をポンと叩かれたのだが、気にするなって逆に難しくないか?
「――それより、うちのナツキと遊んでくれたみたいでほんと助かるわ」
「えっと、俺は何もしてないです。というか……ナツキ君から何か聞きましたか?」
「ん? ああ、そうね。妹さんの件はちょっと聞いたわ。まあ、どうせ最初にちょっかいかけたのはナツキでしょ?」
夏芽さんはテーブル越しに仁心に笑いかけた。
流石は母だ。全てお見通しである。
「本当にごめんなさいね。ナツキにはちゃんと言っといたからさ。それと、お名前聞いていいかな?」
「は……春宮仁心です。……あの、全然気にしてないので、その……私にも非があったというか」
仁心はそもそも身内以外と話すのな初めてなわけだ。少したどたどしいが、かなり頑張ってると思う。
しかし、仁心と話す夏芽さんの目の輝きを見るに、やはり仁心が一緒でなければ家に上げてもらえなかっただろうな。とは思った。
「まあとりあえず、これで一件落着ね。それより仁心ちゃん、凄い美人さんね。本当にお人形さんみたい」
「はい……ありがとうございます」
仁心の声色が心なしか暗くなった気がした。
まさか、「人形みたい」という言葉が褒め言葉にならないどころか、地雷だったりするのか?
夏芽さんも少しそれを察したのか、話題を変えようとしたのだろう。
「――そうそう、春宮さんのご両親にも挨拶したいわね。今日はいらっしゃらないの?」
空気がさらに重くなった。
いや、別に隠したかったわけじゃないし、そもそも隠す理由なんてないんだが……。
ただ、自分から言い出す勇気が無かっただけた。夏芽さんの奇跡的なタイミングと、これまでの会話が無ければ、適当に誤魔化してただろう。
流石にこの人に嘘はつけないなと思って、最低限――両親の事故の話と、二人で暮らしてると言うことは話すことにした。
「……そ、そうだったのね。ごめんなさい私……何も知らなくて」
「いいんですよ。夏芽さんも話してくれたし。それと……実は仁心は義理の妹で、この街に来たばかりなんです。一緒に遊べる子がいたらいいなって思ってた所で――」
「――ええ! ぜひ仲良くしましょ! それに困った事があったら何でも言ってくださいね」
「あ、ありがとうございます。本当に助かります」
俺の言葉が終わる前に俺の手を取った夏芽さんの目は潤んでいて、もう少しで涙が溢れそうだった。
実は、夏芽さんの金髪を見て少し警戒したんだが、むしろ凄く優しい人なのかもしれない。
「――こらーー!! ナツキ! 靴下脱ぎっぱにしないの!」
しかし、突然の大声にしんみりとした雰囲気は一変する。
「ちょっと置いてただけだし!」
「言い訳しない!」
「ちぇ……はいはい」
「それにまた私のプリン食べたでしょ――って、待ちなさい!」
笑いながら逃げる夏木君を夏芽ちゃんが追いかけ回すという、見てるだけで心が癒される光景が繰り広げられていた。
まあ、夏木君はあっという間に捕まり、結局は泣きそうな顔で謝る事になったのだが……。
その様子を俺以上に目を輝かせて見ていたのは、他でもない仁心だった。
そう言えば、こういうの好きだって言ってたよな……。
* * *
そんなこんなで、俺たちは常磐家を後にした。
我ながらパーフェクトコニュニケーションだったのではないだろうか。
初対面でも気圧されずに話せたのも、仁心が一緒にいたおかげだ。一人の時とは精神的な負荷が全く違う。
「――お兄ちゃん……。ちょっと私、なんか変なんです」
そして、自宅に着くなり口を開く仁心。
「ん? どうしたんだ?」
「その、ナツキ君と……その、お姉ちゃんの二人を見てると、なんと言うか……今まで経験した事の無い感情が湧いてくるんです。言語化が難しいんですが、敢えてするなら……ずっと見ていたいなぁって感じで」
「ふむふむ。なるほどなるほど。それはもしかして、できる事ならその感情を悟られたくないのではないかい?」
「そうです! 見てるだけで満足だし……何より私から伝えてしまうと引かれてしまうんじゃないかって」
「壁になりたい?」
「はい! できるなら壁とか観葉植物になって永遠に見守れたら――って何を言ってるんでしょうか私……」
「心配しなくていい。仁心、俺もお前の気持ちは良くわかるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、まあ、人として普通の反応だな。そう言った感情を表す丁度良い言葉がある」
「……な、なんですか?」
「それはなぁ――」
――『尊い』――……だ!!!!
「――っ……!!!」
その瞬間、仁心は一瞬固まった後、ふっと口角を緩めた。
誰が何と言おうとその時、仁心の背後に無限の宇宙が出現していた。真理に到達した時の顔だった。
「尊い……そう、まさにそんな感じですね。尊い……素晴らしい響きです。教えてくれてありがとうございます」
仁心はこの言葉自体が気に入ったようで何度も繰り返していた。
しかし、仁心はまだまだ肝心な事を理解していないようだ。
そんな仁心を眺める俺の方が尊みでどうにかなりそうなのであって……。
誰がなんと言おうと、仁心以上に尊い存在など有り得ないという事がな……!!
■常磐家の軽い紹介
・常磐夏芽
金髪の美人で優しいお母さん。27才。
六年前に旦那さんが病気で亡くなって、一人で姉弟を育てている。
・常磐千夏
姉。阿下葉小学校の四年生。
いつも弟の夏木の世話を焼いている。
たまに弟を着せ替え人形にして遊んでいる。
実は弟が大好き。
・常磐夏木
弟。阿下葉小学校の一年生。
反抗期真っ只中の生意気なガキ。
姉に喧嘩をふっかけて負けてばかりいる。
自分がどれだけ幸せなのか気づいていない。
ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます!
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