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ちっぽけな世界  作者: senko
8/20

8話 経験ってやつは、良くも悪くも 



 家の鍵を無くして、徹夜明けにもかかわらず、気分は悪くない。それどころか近年では考えられないくらいにいい気分だった。


 昨晩、彼、環蒼太くんと出会って、家に入れてもらって一緒に夜通しゲームをした。そのあとスマホも貸してもらって管理会社に電話して鍵も開けてもらった。


 不思議な時間を過ごして、一段落した今でも楽しかった、という感情が心からなくなることはない。


「楽しかったな…」


 つい無意識にそんな言葉がこぼれるくらいには高揚していた。今しがた開けてもらったばかりの自宅のドアを開けて、十数時間ぶりに自分の部屋に入る。そこには昨日と何も変わらない、ひたすらに陰鬱な空間があるだけ。


さっきまで熱くなっていた頭が急速に冷えていくのを感じる。


(まただ…)


 昼だというのにカーテンを閉め切って、薄暗い。どこかいるだけで息苦しくなるようなそんな部屋だ。さっきまでの楽しかった気持ちはもうほとんど残っていない。さっきまで楽しかった分、いつもよりも感情の落差が大きくて、すこしこたえた。


(とりあえずシャワー浴びよう)


 ずっと環くんの部屋にいたから特に体が冷えているわけではないけど、私はいつもよりも少し高い温度でシャワーを浴びる。熱い。でも今の私にはこのくらいの温度が丁度よかった。


 いつものことだ。ちょっと楽しいことがあったり、悲しいことがあったりしても自分の部屋に帰ると全部スーッと消えていく。


 私も普通の女の子みたいに楽しかったら笑顔になるし、悲しかったら涙を流すことだってある。でもその感情が他の子みたいに続かない。どんなに大きく感情が振れても、すぐに減衰し、収束して0になる。


 それを羨ましいって思う人もいるかもしれない。感情が揺れるのなんて面倒なだけだって、常に冷静沈着でいたいんだって思ってる人の気持ちも理解はできる。でも、そうじゃない、そうじゃないんだ。


 私は変わりたいんだ。このままの自分じゃ嫌なんだ。もっと感情の揺れるような出会いをしたい。私の根幹を変えてくれるような何かに出会いたい。


 誰かが何かを変えてくれるのを待っている自分には嫌気が差す。甘ったれた考えだとも思う。でも心の奥底ではそう思っている。


 それでも、ここまでダラダラと繰り返し述べてきた「変わりたい」という感情でさえも気づいたら消えてなくなってしまっているのだ。


「はぁー、今日はなんか疲れたな。でもまたこれでいつも通りの私だ、ははっ…」


 乾いた笑いが漏れる。少し時間がかかってしまったけど、これでいつもの感情の機微が小さく、不愛想な私に戻れる。期待しちゃだめだ、自分にも、他人にも。


 私はこれまでに幾度となく味わってきた『諦め』の経験から、心の中に一つの矛盾した考えを持つに至っていた。


『変わりたい』と『変わってはいけない』


 さっきも言った通り、私は心底『変わりたい』と思っている。


 それと同時に、『変わってはいけない』とも思っている。


 一見して矛盾しているように見えて、私の中ではこれらは両立している。厳密にいえば、後者は少し表現に正確さを欠いている。より正確には『急激に変わってはいけない』だ。


 人は変わりたいと思ったとき、どうしても結果を急いて急激に変わろうと自身に100%以上の負荷をかけてしまう。


 その結果、耐えられなくなった身体と精神が悲鳴を上げてしばらくの間、再起不能になってしまう。


 急激な負荷はこのように心身をズタボロにするだけではなく、最終的には『自信』を損なわせる。


 一度『自信』を失った人間はもう何もできない。前に進めない。そこから再出発するには想像を絶する労力と時間が必要となる。


 私は身に染みてそのことを理解している。だからこそ『変わりたい』と『変わってはいけない』は矛盾なく両立されなくてはいけないのだと私は思っている。


 少しずつ、少しずつでいい。ほんの0.1%、極小の歩幅で『変わる』。それが私にできる唯一のことだ。


 と、まあ長々と恥ずかしげもなく自分の掲げる一切隙のない理論を再確認し、自己肯定も済んだところで、ようやく私の意識は現実の環くんのところに戻ってきていた。


「そういえば、シャワー浴びたらまた環くんの家に行くって言っちゃったんだった。」


 今更、またゲームをやる気分でもないし、でも行くといったのに約束を破るのも失礼になる。それに、昨日のお礼もちゃんと言えてない。


 今後付き合いがないにしても、部屋が隣なんだからどうやったって挨拶くらいはする機会はある。そうなったときに変な嫌な奴だと環くんには思われたくない。


「んー、どうしたらいいのかな、」


 また負の思考が忍び寄ってくる。


「もしかして楽しかったのって私だけで、環くんにとっては迷惑だった…?」


 昨晩、盛り上がって楽しんでたのは私だけで、実は環くんは迷惑だと思ってた可能性だって十分ある。常識で考えたらそうだ。


 真夜中に初対面の女に面倒くさい絡み方をされて、親切で家に上げたら、一晩中ゲームの相手をさせられたと捉えることもできる。


 私は大変なことをしてしまったのかもしれない。となれば、今の私がとる行動は一つだった。


「よし、謝罪にいこう」












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