7話 なんか色々どうでも良くなるときってあるよね
少し日が傾いてきて、ようやく日向の家の鍵が管理会社を通じて手に入った。俺たちは夜にまた一緒にゲームをする約束をして、日向は一旦家に帰っていった。まあ、帰ったと言っても隣なんだが。一人になって静かになった部屋の中で俺は一人黄昏れる。
慌ただしい1日だったなぁ。こんなにも誰かと一緒に楽しい時間を過ごしたのは一体いつ振りだろうか。悪くなかった。
そう言えば、日向は家でシャワーを浴びて着替えたらまた俺の家に来るとか言っていたな。会ったばかりの男の家にそうほいほいと上がりこんで抵抗はないのだろうか。態度も随分と軟化したし、初めて見たときの今にも消えてしまいそうな様子とは大違いだな。とりあえず、部屋を少し片付けておくか…
ベッドに腰掛けながら、周囲に散らばった服や、スーパーの袋を片付けていく。片付けるといっても俺の部屋はそれほど汚いわけではない。男子大学生の下宿がどれほど片付いているかなんて知らないが、一般的に見ても比較的きれいな方なのだと思う。しかし、完全に整理整頓されているかといわれたらまったくもってそんなことはない。
こういっては、少し大げさな表現かもしれないが、この部屋はまさに俺の内面を如実に表しているのだろうと思う。完全な汚部屋かと言われればそうではないし、かといって完璧に掃除が行き届いているとは言えない。中途半端。
たかが部屋のことで何を言ってるんだと、普通の人ならそう考えるのだろう。それでも俺にとってはこの狭いワンルームの在り方一つでさえ、大嫌いな自分の内面を映し出す鏡のように見えてしまうのだ。考えすぎなのはわかっているし、世の中の普通の人だってきっとな部屋の中の様子なんて自分と大差ないんだろうということは知っている。
(それでも、それでも俺は…。)
またいつもの自分のパターンだ。感情が長く続かない。さっきまであんなに楽しかったのに、日向と遊んでいた時間は本当に楽しかったのに。正の感情であれ、負の感情であれ、どちらにしても俺の感情は長くは続かないのだ。
ひたすらに平坦で、どこまで行っても起伏のない、およそ感情といってよいのかすらもわからない代物。よく言えば理性的で、悪く言えば人間味がない。
さっきあんなに楽しかった気持ちも数分もたたないうちに霧散し、今こうやって内省している中で自分のことを嫌いだ、なんて思う負の感情でさえ一晩寝れば消えてなくなるのだ。
聞く人が聞けば、感情の揺らぎが少ないことは悪いことではないと言うのかもしれない。確かに、常に安定した自分でいられることや、ぶれることなく着実に前に進めることはメリットと捉えられなくもない。
しかし、そういうことをいう奴らは何もわかってはいない。
感情の揺らぎが少なくて良い?
ーーそれはあんたが既に今後、揺らぐ必要のないほどの境地に達したから言えることだろう
常に安定した自分でいられる?
ーーそれはあんたが既に自分のなりたい自分になっているから言えることだろう
ぶれることなく着実に前に進める?
ーーそれはあんたが既に進むべき道や、やりたいことに向かっていけているから言えることだろう
俺は今の自分のままじゃ嫌なんだ。変わりたいんだ。そのために感情を大きく揺さぶる何かに出会いたいんだ。
そう思ってはいても、この感情さえも自身の抱える大きくて重い何かに、徐々に平坦にならされていく。これまでに積み重ねてきた数々の諦めや妥協たちが俺に優しく囁きかけてくるのだ。
今回も無理だ。人はそう簡単に変われない。無理しなくてもいい、できることから少しずつやればいい。
一見して理性的で、いかにも正しそうで、思慮深そうで。その実、ただ今の自分を正当化するためだけに生み出された言葉たちに俺はまたいつものように飲み込まれていくのだった。
「ああ、そういえば日向が来るんだっけか…」
片付けの手もいつの間にか止まっていて、いつもの負の思考によってまた無機質な感情を取り戻した俺はさっきまでの楽しかった気持ちはどこへやったのか、そのままベッドに倒れ込んだ。再びゲームをするような気分でもない。
(日向が戻ってきたら何て言えばいいんだろう?ごめんゲームする気分でもなくなったからまた今度にしよう、か?でも、それはそれで「今度」があるのが面倒だな…)
そんなどうしようもない思考をしながら、最後にたどり着く結論はいつも同じだ。
「なんか色々どうでもいいな」
閉じたくもないまぶたを閉じ、見たくもない夢を見て、迎えたくもない明日を迎えるために、俺は今日もまた眠りにつく。