3話 人前でだけは良識ある大人になれる
秋も終わって、本格的な冬が始まろうとしている。草木は葉を落とし、吹く風は刺さるように冷たい。外はすっかり真っ暗で人影はなく、街灯の明かりが道を薄暗く照らしているだけだ。
「寒い… 上着持ってきた方がよかったか」
俺は身震いしながらも、歩みを進める。
年中、鬱屈として晴れる日のない俺の心もこの瞬間だけは少しばかり軽い。俺はこの季節の、この時間帯が嫌いではない。
春や夏は俺には眩しすぎて、嫌でも自分の今の姿や矮小さばかりに心が向いてしまう。秋はどこか物悲しい。
それに比べて冬の夜は、その凍てつく寒さと澄んだ空気が、自分を傷つけると同時に、どこか赦してくれているような気がする。
こんな痛々しい一人語りをしているうちに家に近づく。
「早く帰って、買ったゲームやるかって、……ん?」
なにかがそこにいた。家の前に誰かがいる。正確には俺の隣の部屋の玄関の前で女性がうずくまっていた。
いつもだったら絶対にそんなことはしない。面倒事には首を突っ込みたくないし、他人の問題に干渉しているほどの余裕もない。華麗にスルー、そう決まっている。
でもなぜだろう、この女性を見ていると心のずっと深いところが揺れる。恋か?一目惚れか?いや違う。そんな綺麗で高尚なものじゃない。
たぶん、似ているのだ。自分に。知りたい。共感したい。わかりたい。わかってほしい。そんな感情が渦巻く。久しく他人とかかわらずに生きてきた俺の心が正常な動作を再開していくようだった。
「大丈夫…ですか?」
緊張して、酷く上擦った声になってしまった。女性はゆっくり顔を上げてこっちを見て、一瞬迷っているような表情をした後に言った。
「いえ、大丈夫です。お気に…なさらず。」
すべてを諦めたような、今すぐにも消えてしまいそうな声だった。そして、また顔を俯けて黙り込む。
年齢は俺と同じくらいだろうか。整った顔立ちをしているが、それを帳消しにするほどに顔に生気がない。
こんな顔を俺は見慣れていた。鏡に映る自分の顔と瓜二つだった。ますます放ってはおけない。それに真冬の夜中にこんなところにいたら凍死してしまう。
「大丈夫じゃないですよ。こんなところにいたら凍えますよ。この部屋の方ですか?」
「はい、202号室は私の部屋ですが、ご心配おかけして申し訳ありません。でも大丈夫ですので。」
今度ははっきりとした受け答えだ。女性は、大丈夫と言い張るが、その顔はまるで大丈夫なようには見えない。強情なやつだ。なんかイライラしてきた。
どうしてやったものだろうか?