16話 苦しい時に手を差し伸べる人ではなく、苦しい時に一緒に苦しめる人でありたい
「留年…!」
「そう、Ryunen」
いや、そんな~Ryusei~みたいに言われても…。こいつほんとに俺に対して遠慮しなくなったな。こんな深刻そうな場面でまでボケてくるとは。
それか、もしかしたらショックのあまり強がってボケているのかもしれない。そう思うとちょっとかわいそうになってきた。強く生きるんだぞ…。
それに、俺は日向がさっき言い放った留年宣言に意外と驚いていないのだ。なぜなら、俺自身全然、大学には行っていないし、単位も取れていない状態で、留年というワードは幾度となく脳裏をよぎった経験があるからだ。それも結構なリアリティで。
まあ、どんな形であるにしろ情報が少ない。もう少し詳しく日向から話を聞いてみる必要があるだろう。
「それで、留年ってどういうことなんだ?どうして今この瞬間に気づいたんだ?」
「いやーそれはね、深ーい事情があってね…」
「いいから、簡潔に」
「…はい。」
少し強く言い過ぎただろうか、しゅんとしてしまった。一応謝っとこう。それと今後は気を付けよう。つい日向に対してだけ口調が強くなってしまうのを直さないと。
「ごめんな、ちょっと強く言い過ぎた…。その事情を聞かせてくれるか?」
「うん!えっと、今って2月の初めだから期末試験の時期でしょ?それで、私の学科も丁度今が期末試験なんだけど…。」
「ああ、確かにそんな時期か」
簡単に相槌を挟む。
「で、今日2月4日が私の受けてる線形回路論って授業の試験日で。それをまあ環くんもご存知の通り、私は大さぼりをかましてやったわけですよ…」
「なるほど、」
「それに加えましてですね…私は普段からまともに授業に出席しておりませんで、他の科目もそれはもう見事にぼとぼと落としまくってるわけです…。」
「はあ、」
なぜか段々と日向の話し方が不思議な敬語に変化していく。俺は気の抜けた返事をして続きを待つ。
「それでですね、私のこの明晰な頭脳でこうぴぴぴっと計算したところ…。本日失った単位を考慮すると、2年生への進級要件を満たさないことがついさきほど判明した、とそんなわけです…!」
「なるほど、非常にわかりやすい説明だった。」
「えへへっ」
こいつは一体何を喜んでいるんだろうか…。
それにしても、まあある意味で俺は驚いていた。俺と日向は似ていると思ってはいたが、ここまで境遇も性格も似ているとは。こいつも大学に行っていなかったのか。
まあ、でも言われてみたらそんなに驚くことでもないか。実際、日向と初めて出会ったのは深夜のことだったし、夜通しゲームをしても普通に楽しそうにやっていたし、昼夜逆転生活を送っているのは明らかだ。
そんな人間がまともに大学に通えている訳がない。そのことは俺自身が身に染みて理解している。
それにしても、よくもまあこれほど自分によく似た人間が隣に住んでいて、一年間も気づかなかったものだ。
なんとも不思議な縁だなぁ~。なんてお気楽に考えていると、ふとピキッと固いものに亀裂が入ったかのような、そんな違和感が俺を襲った。
ん?まてよ?なんだこの強烈な違和感は?
すごく、すごく嫌な予感がする…。
この違和感の正体はなんだ?なにか手掛かりがあるとしたらさっきの日向との会話か?あの会話の中になにか引っかかる点はあったか?
俺は必死になってさっきの会話を思い出す。
『……Ryunen』いやこれじゃない。
『今って……期末試験の……』これでもないな。
『私の受けてる線形回路論の……』ん?線形回路論?
どこかで聞いたことのあるような名前だ。どこだ、どこで聞いたんだ?…思い、出した。そうだ、線形回路論って俺の受けてる授業だ。受けてるっていっても、全然出席はしてないけど。そうかそれで違和感があったのか。
なるほど、スッキリ!とはならなかった。そうは問屋が卸さない。まあ、一度冷静になろう。焦ったってなにもいいことはない。俺は一度大きく深呼吸をして胸をなでおろす。
?と首をかしげて不思議そうに俺を見ている日向の姿が目に入ったが今は放置だ。
少し冷静さを取り戻した俺は思考を再開する。まず、俺と日向は同じ線形回路論を受けていたということが分かった。日向は同じ学科だったのか、知らなかった。まあ男子ばかりの学科だし、それに俺も日向も全然出席してなかったんだから面識がないのも頷ける。それはまあいい。
そして、重要なことは今日がその線形回路論の期末試験だったということだ。自分の記憶の中を探ると、確かに今日だった気もする。ということはだ、俺はここ数日ずっと日向と一緒に過ごしていたのだから、そこから導き出される結論は一つ。
俺も線形回路論落とした…。
日向と仲良く大さぼりをかましてしまっていた…。
そして、そしてだ、俺の推理はここでは終わらない。否。俺の明晰な頭脳がここで終わるのを許してくれなかった。もうフルスロットルで計算をし続けている。
何度も何度も間違いはないか、見逃していることはないかと検証に次ぐ検証が俺の脳内で行われる。
そして、導き出されたのは至極単純明快な2文字。俺の人生を狂わすほどの力を持ったそのたった2文字の単語はまさにパワーワード…、いやPower Wordか…。日向よ、さっきはRyuseiだなんてバカにしてごめん。
そこまでの長い思考を終えた俺は、ギュインと日向の方に向き直り、一切の乱れのない正座の姿勢を取る。そして直後、天に届くかのごとく高く高く右手を挙げた。
きっとその瞬間にすべてを悟ったのだろう。日向はまるで女神が人々を慈しむかのような微笑みを浮かべてこう言った。
「…どうぞ」
「私事で誠に申し訳ないのですが、ご報告がございます。」
「言ってごらんなさい。」
「ええー、私、環蒼太20歳、本日2月4日をもって、…留年しました!」
言い終わった俺の姿を見る日向は、今までに見たことのないような良い笑顔をしていた。つられて俺もつい微笑みを浮かべてしまう。そんな俺に向かって彼女は
「いらっしゃい」
とそう言った。




