14話 桃園の誓い~生まれし日、時は違えども~
カー、カー、カー、とうるさいほどに響くカラスの声で目が覚める。
ひどく頭が痛い。吐き気もする。気持ち悪い…。
ああ、そうか昨日、日向とお酒を飲んだんだった。これが2日酔いってやつか。ずっしりと重い体を引きずりながらなんとか台所まで行き大量の水を一気に飲み干す。
体の中にアルコールが残っていて、水で薄めないと気持ちが悪い。少しだけ気分がましになった俺は、自分の部屋を見回す。時刻は午後5時16分。夕焼けの赤が部屋に差し込んできて少しまぶしい。
よく見ると、いやよく見なくてもわかっていたが、部屋の端っこには俺と同様に死んだように眠る日向の姿があった。よく考えたら、こいつよく男の部屋でこんなに無防備に寝てられるな…。襲われても文句言えないぞ…。
とか思いつつも、そんな度胸もなければ、二日酔いで最高に体調も悪い俺は、日向の近くの机にコップいっぱいの水を置くと、自分のベッドにもぐりこむ。
ああ、気持ち悪い。もう絶対にあんな風に飲んだりしない。と固く誓って、再び俺の意識は闇に飲み込まれていった。
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「ん、んー。寒いっ」
寒い。あまりの寒さに目が覚めた私は、ふあーっと、大きくあくびをして起き上がろうとする。しかし、体が重い。それに少し頭も痛い。
一瞬、不思議に思った私だったが、ああ、昨日お酒を飲んだんだった。と1人で納得して、なんとか身体を起こすことに成功する。
いまだフワフワとした意識の中、とりあえず目の前にあった水を飲んで一息つく。窓の外は真っ暗で、時計の針はすでに午後9時を回っている。
「ふう。」
少し働くようになった頭を使って状況を整理する。えーと、昨日確か環くんとゲームして、その後お酒を飲んで…。とそこまで思い出してから、その後に自分がやったことが頭の中を駆け巡り、一瞬にして私は羞恥でいっぱいになった。
「私は、なんてことを…!」
よく見たら、壁際のベッドでは環くんがすやすやと眠っている。当たり前だ、ここは彼の部屋なのだから。それに、さっきの水を用意してくれたのもきっと環くんだろう。
出会ったばかりの男の子の家に泊まってしまった。いや、そんなことはどうでもいい。どうでもよくはないけど!でも、些細な問題だ。何よりやばいのは昨日のお酒を飲んだ時の痴態だ。
誰だよ、日向お姉ちゃんって!謎すぎる…。酔って暴れるとか、騒ぐとかならまだわかる。でも、なんだお姉ちゃん化って!特殊か!
「うぅ…!恥ずかしすぎる…」
そう言ってバタバタとその場で私が羞恥に悶えていたら、その音がうるさかったのか環くんが目を覚ました。
「ん…、ああ、日向、起きてたのか」
「う、うん。ついさっきね、水、ありがとっ…」
「ああ、」
まだ完全には覚醒しきっていない様子の環くんだが、徐々に意識がはっきりとしてきたようだ。私の方を見てしばらく停止したと思ったら、急にベッドの上で頭を抱えて悶え始めた。
「う、うわあぁぁぁ!俺はなんて恥ずかしいことを!もう死にたい…!ああああぁぁぁ!」
きっと幼児化していた自分を思い出したのだろう。私のお姉ちゃん化も大概だが、環くんの幼児化もそれはもう酷かった。彼の中の黒歴史が容易に更新されたのは想像に難くない。
自分よりも混乱している人を見ると冷静になれるというのは本当らしい。すこし冷静さを取り戻した私は相変わらず、悶え苦しんでいる環くんに声をかけた。
「環くん、環くん、ちょっと落ち着いて、ね?」
「俺は幼児じゃない…。俺は20歳、俺は大人…」
ぶつぶつ言っていて何も聞こえていないようだったから、私は恥を偲んで言った。
「たまきくーん?お姉ちゃんのお話し聞けるかな~?」
「や、やめろ、思い出させないでくれ!俺は幼児じゃないんだっ!」
いつも私に意地悪してくる環くんが困っている姿を見て、いたずら心に火がついてしまった私は続けて話しかける。
「たまきくんは、わるい子だからお姉ちゃんのお話し聞けないのかなあ~?」
「もう、やめてくれ…!そ、それに日向!お前だってなんだよお姉ちゃん化って、特殊か!人のこと言えないだろ!」
「…くっ!た、確かに。で、でも環くんには言われたくないですぅ~。幼児化って、普段からそういう願望でもあるんじゃないですか~?」
見るに堪えない、舌戦が始まってしまう。
「こいつ、言ってはならないことを…!日向の方こそ、普段の自分が精神年齢低いから反動でお姉ちゃん化するんじゃないのかな~?」
「そ、そんなことないもん!精神年齢低くないしっ!」
「そうやってすぐにムキになって言い返してくるところがな~、いや~わかんないかな~」
「こ、こいつ!私が黙って聞いてるのをいいことに好き放題言って…!」
いや黙って聞いてはいなかったが。頭に血が上っていたこの時の私にはそんなことどうでもよかった。
その後、あまりにも低レベルな言い争いは数十分にも及んで続いた。しかしお互いの傷口をえぐるような泥沼の戦いに心身ともに疲れ果てた私たち2人は長い戦いの末についに和解へと至った。聖戦はここに終わりを迎えた…。
「はあ、はぁ…。疲れた…。つらい…。もうやめにしよう、ごめん、俺が悪かった、謝る。」
「はぁ…、はぁ…。うん、そうだね、やめよう。私もごめんなさい、言い過ぎました…。」
ボロボロになった私たちはもう二度と今回のことで無為な争いをしないという不戦条約を結ぶことにした。
「以後、今回の問題に触れることは一切禁止とする。そして、どうしても言及する必要があるときは昨晩の事件を総称して『レクイエム』と呼ぶこととする。これでいいか?」
「異議なし!」
こうして長きにわたる戦いに終止符が打たれた。『レクイエム』によってお互いのあまりにも大きな弱みを握った私たちの間には、謎の連帯感と絆が生まれつつあった。
一蓮托生、言い換えれば、死なばもろとも、とも言えるが。
死ぬときは一緒だよ、環くん?メンヘラみたいで怖いな私…。
この人にだったらもう何でも話せるんじゃないか、そんな気すらしていた。




